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輪廻転生が無いこと

2019年12月19日 | 質問に答えて
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

輪廻転生が無いことについて質問をされましたので、お答えします。

私たちが生きているこの世界をよく観察すると、私たちの考えている外の世界が秩序づけられて存在しています。数多くの種の動物や植物があります。

これらは、あまりにも素晴らしく完成されたデザインによって目的にかなうように作られています。鳥が羽ばたいて飛ぶのも、昆虫が飛ぶのも、花が咲いて実を付けるのも、人間の知性を超える知恵深い構造をしています。

私たちは世界が偶然ではなく、創られて存在したと知っています。全宇宙を無から有にあらしめたその方を、私たちは天主と呼んでいます。

この天主は、私たちを含めてすべてを無から創造しました。つまり、この天主は、私たちが永遠の命の至福を得るために、この地上での短い生活をするように人間を創造しました。

元来は、短い地上の生活の後に天上での生活に移されるはずでした。しかし、人間が死ぬようになったのは原罪のせいです。

人間は、この地上での生活の終わりに死を迎えることになりました。死とは肉体と霊魂との分離です。

霊魂は、この肉体を離れた後には、最後の審判の時に肉体ともう一度合体するまで、分離したままです。固有の霊魂には、固有の肉体があり、この体がなければ霊魂はこの地上の命には戻れません。言い換えると、輪廻転生はありません。

天主による世界の創造、創造の目的、人間だけが持っている理性による行動、天主が人間となって贖いの業を成し遂げたこと、などを考えると輪廻転生はあり得ません。

●人間は、ただ一回きり、この世で生活します。今、この人生を、良く、正しく送らなければなりません。失敗はできません。もしも、何度もチャンスがあるのなら、天主の聖寵の貴重さ、人間の自由の大切さが、どうでもよくなります。次があるのですから。

●人間の赤ちゃんをみると、生まれた時は何の記憶もありません。言葉から少しずつ、全て学んでいかなければなりません。「前世」の記憶の話しをする人は、確かめることが出来る証拠もなく話しています。現在に至るまで前世に生きていたと証明することが出来るような証拠をもって主張する人は一人も存在していません。
(In 1952 Virginia Tighe was put under hypnosis; she claimed to be the reincarnation of one Bridey Murphy, a woman who had lived in Cork, Ireland. Her story was turned into a best-selling book, but Virginia Tighe was exposed as a fraud decades ago. To this day, not a single verifiable example exists of a person being regressed to a former life.)

●別の人に生まれ変わるというような輪廻転生があるとすると、天主による永遠の命への救いという究極の目的がありえなくなります。

●別の動物に生まれ変わるというような輪廻転生は、不可能です。何故なら、動物と人間ではあまりにも違いすぎるからです。

●輪廻転生の考えは、肉体を罰や牢獄であるかのように軽蔑しています。

●肉体は、個人の霊魂によって形成されます。人間の霊魂は二つと同じものがないかけがえの無い存在です。肉体が車のシャーシで、霊魂がエンジン、どれでもよく交換可能というわけではありません。

●輪廻転生は、カースト制度の差別と深いつながりがあります。例えばヒンズー教では、身分の低いカーストに生まれた人々は、前世の罪のせいなので、彼らを助けてはならないとされます。いま残酷に惨めに死ねば来世において高いカーストに生まれ変わるだろう、と。天主から愛されている人間が、憐れみを受けずに、人間として取り扱われないことになります。非道なことです。

これを書くのに次のサイトを参考にしました。
Why not Reincarnation?

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)



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