新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

新刊 「霧のなかの赤いランプ」

2008年06月10日 | 本・新聞小説

0003_3 さる7日、八田昻(はったたかし)氏の「霧のなかの赤いランプ無法松・俊作の一生―の出版記念会が地元北九州で催されました。

八田氏は、「無法松の一生」で有名な郷土が誇る作家 ・岩下俊作の三男で、『文学に一生をかけた父の生涯はもとより、家族の歴史としても書き残しておかねば・・・』と評伝小説としてまとめあげられました。

出版記念会では、北橋市長や作家の佐木隆三氏などそうそうたる文化人から新進作家へ祝辞と温かいエールが送られました。八田氏とは幼少時代からの親友であったことから、夫も、俊作氏との懐かしい思い出を胸に出席しました。

この美しいタイトルは、父・俊作氏の詩「霧の中の赤いランプ」からとられていました。本文中にこの詩がでてきます。闇と霧の中に遠ざかっていく追憶のなかに、温かく輝くランプ。それは若くして亡くなった母の慈愛の光で、そのランプが俊作氏の生涯のバックボーンになったと書いてあります。ここに、父・俊作氏と筆者の心がぴったりと寄り添ったのを見た私は思わず胸が詰まりました。遊学のために家を離れてからは、父親との接点をなくしていた著者と父親との魂の遭遇だったのかもしれません。明治・大正・昭和の文壇の様子や各作家のエピソード、戦時中の作家活動、北九州の時代背景なども興味深いものです。

取り扱い書店は、福岡の丸善と紀伊国屋、北九州のクエスト小倉とクエスト黒崎です。

下記は西日本新聞(2008.6.1)「本と批評」より抜粋したものです。

『生涯を支えた生母への思慕』

 映画「無法松の一生」の原作といった方が、通りがいいだろう。小説「富島松五郎伝」。その作者、岩下俊作(1906-80)の生涯を評伝小説にまとめた。筆者は俊作の三男。「激動の時代に文学にかけた父の一生を、家族の歴史としても書き残しておきたかった」という。

 書き進むにつれ俊作の日記が北九州の実家の残されていた。その癖の強い片仮名交じりの文章を一カ月かけて丹念に読み、青・壮年期の父の心の動きを知ったことが執筆のきっかけとなった。

 いくつかの発見があった。「富島ー」がロスタンの戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」に着想を得ていたというのもその一つ。小倉工業学校(現小倉工高)在籍時の日記に、映画化された「シラノー」に接していたことが興奮気味に記されていた。’38年、八幡製鉄所の職工となっていた俊作は、盟友・火野葦平が「糞尿譚」で芥川賞を受賞したことに触発され、初の小説「富島ー」を執筆。「シラノ」と同じく主人公に悲恋の純愛を貫かせたこの作品は、直木賞候補作となった。

 評伝は祖父初次郎のことから書き起こす。漁師の家に生まれ、一旗揚げようと台湾、北海道へ渡るが、夢破れて小倉に戻り人力車の営業で財を成す。その二男秀吉(俊作)は幼くして母と死別。継母に育てられる。本をむさぼり読んだ少年期、「絶望的ナ苦悩」を抱えながら詩作に熱中する青年期。

 「書き進むにつれ、わからなかった俊作像がぼんやり現われてきた。祖父が身を固めろ迫ると『無抵抗ノ抵抗』と家出をしている。親思いの俊作にはそれが精いっぱいの反発だった」

 北九州の地で創作を競い合った葦平、劉寒吉ら同人誌「九州文学」の同世代の仲間たちとの活動史も熱くつづられる。

 晩年、俊作は詩「霧の中の赤いランプ」発表し若くして逝った生母を追慕した。評伝は俊作が時折見せた寂しい気配について触れ、生母への思慕が俊作の生涯のバックボーンだったと推測して結ぶ。血縁を超え、人間俊作への関心と共感が強く筆者をとらえたのだろう。その反動か「兄の感想は『おまえは冷たい』」。筆者は元NHK記者。68歳北九州市在住。    (編集委員 横尾和彦)  (北九州市文学協会・1500円)

読売新聞(2007.10.25)「時評」より

 岩下も、小説「富島松五郎伝」が「無法松」として有名になることで、神格化された作家の一人である。そのことが、逆に、岩下を苦しめることにもなった。八田が描くのは、そうした神格化に抗し、作家としての方途を模索して苦悩する父親の姿である。あるいは、作家活動を続けながらも、「会社員として一人前の仕事だけはしなければならない」とする生き方である。そして、そのような生き方の背後にある生活と、それに伴う悲喜こもごもの挿話である。

 家族の立場なのだから、父親に「香を焚いて」も、少しも不自然ではないのだが、連載を通じて印象に残るのは、脱神格化された岩下俊作の原像である。その原像が放つ人間臭さゆえに、これはやはり小説と呼ぶべきかもしれない。                         (松本常彦 九州大学大学院比較社会文化研究院教授)

読売新聞(2008.6.6)「時評」より

 『霧のなかの赤いランプ』は著者が父親の岩下俊作についてまとめたもの。有名な作家の評伝が小説と化すのは、そこに記された「家庭内の苦しみ」や「家族の歴史」とそれを掘り起こしていく作業を通して、読者が「家庭」や「家族」という自分の根っこと向き合わざるを得ないからである。                                                (松本常彦 九州大学大学院比較社会文化研究院教授)

●毎日新聞(2008.6.26)朝刊より

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