新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

仲道郁代 レクチャーコンサート「ショパン」

2013年09月08日 | 本・新聞小説

「九州市民大学」のチケット2枚が妹から回ってきました。講師はピアニスト仲道郁代氏、演題は「ショパン その人生と悲しみの旋律をひもといて」です。美しいタイトルが仲道さんの雰囲気とピッタリです。
ショパンというと私はなぜか青色をイメージしてしまいますが、仲道さんのドレスもシルクの陰影が美しい青色でした。
人気を反映してアクロスコンサートホールは2階までびっしりでしたが、運よく指の動きまで見える席をゲットしました。

ポーランド生まれのショパンの生い立ちから始まり、曲の技術的な説明ではピアノを弾きながら、ソフトで、メリハリのあるとてもわかり易い解説でした。
パワーポイントを操作しながら、楽譜、子供時代に書いた父親への手書きのカード、カリカチュア風の絵が映されて、その才能はピアノばかりではなかったことが証明されました。
ポーランド独立蜂起の版画、ジョルジュ・サンドの写真、親友ドラクロワが描いた肖像画も映しだされました。

①ポーランドの民族音楽、②一時期は失われてしまった祖国ポーランドへの思い、③パリでの、貴族や文化人との華やかなサロン生活、というキーワードをなくしては、ショパンの曲は語れないとのことでした。
それぞれのレクチャーごとにそれに合った曲が演奏され、①ではポロネーズ、マズルカ、②では革命、③ではノクターン、ワルツなどが演奏されました。
最初の作曲が7歳。まだ楽譜が書けなかっということで、父親が書いたものだそうですが、その演奏もありみんな溜息でした。
楽譜に隠れている音符のマジックで、メロディに深みと厚みと美しさが出てくるのを、曲の一つ一つに納得しながら聴くことができたのは貴重なことでした。

ショパンの人間像も作品も研究し尽くした仲道さん自身が、ショパンの手紙の朗読された時には、やはりとても胸を打つものがありました。
普通にはないとてもユニークなコンサートで、2時間ばかり音楽校生になったつもりでとても充実感がありました。

Photo数年前に、平野啓一郎『葬送』(全4巻)を読みました。

ショパンのパリのサロン生活の華やかな面と暗い部分、恋人ジョルジュサンドとの生活と別れ、思わしくない体調、親友ドラクロワとの交流、当時の画壇事情、ブルジョワジーの抬頭、2月革命の混乱、イギリスへの逃避・・・を描いたものです。

結構難解で霧がかかったみたいでしたが、今度のレクチャーでその霧が晴れた感じです。それほど、整然とまとめられた解説がわかり易かったということです。
仲道さんは「弾く」能力ばかりでなく、「教える」能力も相当なものであることがわかりました。

表紙の写真は、ピアノの前に座ったショパンの肖像画の一部でドラクロワが描いたものです。その左には腕を組んだジュルジュサンドが立っていたそうですが、今は切り離されて別々になっています。
あれほどショパンに尽くしたジョルジュもショパンを見限って離れて行ってしまいました。サンドとの別れで、絵も同じように切り離されて別々に・・・。

ショパンのスポンサーであった貴族たちも革命のあと離れていき生活は困窮し、胸の病も悪化して39歳で亡くなりました。
若き日にポーランドを出て二度と帰ることはなかった祖国を、ショパンは生涯忘れたことはありませんでした。遺言に従って心臓は祖国ポーランドへ、遺体はパリに埋められています。

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