新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

もうひとつの「麒麟」

2020年11月09日 | 本・新聞小説
中国で「麒麟」は乱世には人里離れた林にひそみ聖天子の世に出現するといわれておりで、人びとは太平の夢を託して麒麟が来るの待ち続けました。その「麒麟」を出現させるべく心血を注ぐのが『麒麟がくる』の光秀です。

「もうひとつの麒麟」の話は20数年前に読んだ『翔べ麒麟』の話。再読しました。



著者・辻原登が正倉院宝物「金銀平文琴」の裏に描かれた双竜を見たことが物語を生むきっかけになりました。
琴には「季春」と銘が書かれていること、双竜がどうしても麒麟にしか見えないこと、その中国琴のみが正倉院目録に無いこと、それがなぜ正倉院御物に含まれているか・・・から壮大な物語を編み出します。
冒頭の地図「長安城坊図」が人物の行動を具体化させてくれるので、イメージが膨らみわくわくして読める本です。

実在の阿倍仲麻呂と鑑真を日本に連れて帰るという目的で派遣された遣唐使ですが、登場人物は現存する資料の隙間を縫って、広大な唐の国を自由に駆け巡ります。

遣唐使の護衛士として藤原真幸(架空の人物)を登場させたり、遣唐使が新羅をめぐって唐政府と交渉をしたりします。きらびやかでスケールの大きい唐政府を内側から見ていて、なかなか緻密な描写です。
阿倍仲麻呂、吉備真備、藤原清河、玄宗皇帝、楊貴妃、安禄山、文化人で政治家の王維、李白、顔真卿など実在の人物も登場します。

藤原真幸は唐の騎馬隊に抜擢され、遣唐使として唐に渡ったまま玄宗皇帝に仕えていた阿倍仲麻呂の元で活躍します。やがて安禄山の戦いに巻き込まれますが、仲麻呂と共に唐政府再興に重要な役割を果たします。
そんな中で聡明な李春と出会い、彼女の祖父季春が作ったという麒麟の絵の琴に巡り会います。
時が経ち、大きく成長した真幸は「麒麟になりなさい」と後押しされて、自分の活躍する場所は唐ではなくて日本だ、と次の遣唐使船で李春を妻にして連れ帰ることを決意したところで話は終わります。著者は持ち帰った琴が正倉院に現存していることで、二人が日本に無事帰国したことを暗示しています。

著者は最後に『隆盛を誇った藤原氏南家は恵美押勝の乱で凋落し、代わって式家がのしてきて、桓武天皇擁立では最も重要な役割を果たしました。
かつて式家は藤原弘嗣(真幸の父)の乱を起こしました。大逆者を出した家系にも拘わらず再び隆盛をほこったことは極めて異例なこと。何か不思議な力が働いた、そういう力を持った人間が現れた、としか考えられない』と締めくくっています。
生きた麒麟・真幸だけではなくて、琴に忍ばせた麒麟も日本に現れた・・・。
当時の日本は鑑真が戒律を授けたり、正倉院や国分寺、国分尼寺が建てられ国は安定と繁栄に向かっていました。目には見えない麒麟が現れていたのかもしれません。
コメント