後白河院の皇子で俊才の誉れ高かった以仁王ですが、平家の都合で異母弟の高倉天皇に、その皇子の安徳天皇ヘと移っていきます。以仁王が平家に不満を持つのも当然です。
源頼政は平氏政権下で源氏の長老として中央に留まり清盛からも信頼されていました。破格の従三位に上り詰め公家に列せられます。
清盛の専横に、世の中には反平家の気運も少しずつ盛り上がっていました。そこに立ち上がって以仁王と結んだのが源頼政です。
挙兵の計画を立て、諸国に平家打倒の令旨を出しますが、準備不足と計画の発覚で、以仁王はあっけなく討たれます。
頼政も平家の追討を受けて平等院で自害します。77歳。
辞世の句が「埋もれ木の 花咲くことも なかりしに 身のなるはてぞ かなしかりける」です。
平家追討の花を咲かせられなかった頼政の無念の魂が、夏の夜空に飛び交うホタルに例えられて「源氏ボタル」というのだとか。
子供の頃、ゲンジボタルは黒くて大きく、ひと回り小さいホタルがヘイケボタルと聞いていました。
子供の頃のホタルの大小がそのまま心に残り続け、私にはどうも源平の判断の決め手になっているようです。
以仁王の計画ははかなく敗れましたが、その「令旨」が打倒平家に燃える武士達をふるい立たせたのは事実です。