新・遊歩道

日常の中で気づいたこと、感じたこと、心を打ったこと、旅の記録などを写真入りで書く日記です。

原田マハ「楽園のカンヴァス」

2016年06月22日 | 本・新聞小説

夫の永年勤続に贈られる恩典。それを使って行ったのがニューヨーク。私は歴史のあるヨーロッパの方がよかったのですが、ニューヨークはエネルギーのいる街だから若い時に行った方がいいという理由で。もう20年ほど前の話です。
夫は何度か訪れており、その感動を家に閉じ込められている私に「今見せておきたい」と配慮してくれたようです。

その時にニューヨーク近代美術館(MoMA)で見た1枚の絵、ルソー『夢』。2m×3mの大作がこの本「楽園のカンヴァス」の始まりです。

主人公は大原美術館の監視員早川織絵。監視員と言っても経歴はパリで美術史を学び若くして博士号をとった研究者ですが、事情があり日本に戻りひっそりと暮らす女性。もう一人の登場人物がMoMAのアシスタントキュレーター、ティム。
この二人がスイスの大コレクターのバイラーから指名を受けて所蔵品の真贋鑑定を依頼されます。
それはMoMAが誇る『夢』と同じ構図の大作。こちらのタイトルは『夢を見た』。ルソーは2点の絵を描いていたのか・・・?
バイラーの出した鑑定の条件は1冊の古書をそれぞれが読んで判定を下すというものでした。
ルソーの生きた20世紀初頭のパリと、鑑定を行った1980年代のスイスと、鑑定した二人のその後の2000年という時空を駆け巡って話が進みます。

ルソーの画家生活ばかりでなく、ピカソも重要な決め手として登場します。何よりもコレクターの生活様式、巨大美術館の内部と学芸員の活躍と誇り、母娘の関係、ライバルでありながら心惹かれていく二人の複雑な心情に人間ドラマを見るようです。

本にも出てきますが、大富豪のコレクターの邸宅というのがまたとてもすごいのです。私が訪れたのが、ニューヨークのフリック・コレクション、ワシントンのフィリップス・コレクション、スイスのオスカーラインハルト・コレクション、パリのマルモッタンなど。
邸宅に飾られた絵が、調度品を交えて
当時の大富豪の生活を偲びながら鑑賞できるというとても贅沢な鑑賞方法です。巨大美術館に比べて温かみがあり、私の大好きな邸宅美術館です。

歴史と画家は史実に忠実に、その隙間を埋める人物関係の綾の緻密さに舌を巻きました。美術館で仕事をした現場感覚も持つマハさんのすごいところです。

登場する作品名も26点。有名な絵ばかりです。この話は本物では・・・と思ってしまい、何度も年表をめくり、ネットで探しました。
その真贋の結末は・・・?心拍数のあがる、わくわくするミステリー小説、いやいやこういう事は有名絵画にはありうることかもしれない・・・。ぜひお勧めしたい本です。
世界のどこかで、屋根裏部屋に忘れ去られた絵の下に、もう一つの絵が眠っているかもしれない・・・。夢をつないでくれる美しいストーリーでした。

最初に出てくる大原美術館から最後のMoMAまでぐいぐいと引き込まれ一気に読みました。というのは、20世紀初頭のパリと現代を行ったり来たりする世界を股に掛けた話は、私が訪れた世界の美術館やそこで見た名画、美術館ボランティアの目線など自分の経験で容易に組み立てることができたのです。
私にとって、いわば自分の経験の感動を網羅した内容で、「うん、うん」と納得し心に刻み込み、深く印象に残った本です。

訪問地を選別しながら興味と好奇心で回った旅行ですが、今の世界情勢や年齢的にも海外旅行はもう無理かも・・・。
ただ、「これが最後の海外旅行」と銘打った旅行が存在していないのがとても心残りでした。
しかし、この本はそんな不完全燃焼のあいまいな終わり方と気持ちを充分に納得させ得る内容でした。
私の心を満たしてくれる素敵なレゼントをもらったような・・・。原田マハさんに感謝です。


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16 コメント

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◆◆山口ももりさんへ◆◆ byちゃぐまま (ちゃぐまま)
2016-07-08 08:23:30
ニューヨークに、クロイスターズとい中世の建物があることを知りませんでした。
何しろ美術館が多すぎて巨大すぎて2度の旅行ではとてもとても・・・。
残念だったのは、そこに展示されているという「時祷書」を見損なったことです。
中世の美しい手書きの日記が見たかったです。
ももりさんのように、アルバムと日記は手で記述したものに勝るものはありません。
デジタルは便利だけどどこかはかなくて・・・。

今、パソコン以前の海外旅行記を、写真をスキャンして旅行日程を確認しながら編集
しています。
特に娘と行った4度の海外旅行は結構覚えているもので、懐かしく思い出しながら作業をしています。
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かん違い (山口ももり)
2016-07-07 09:43:09
改めて、NYにいた時のアルバムと日記を引っ張り出してみました。フリックコレクションは、勿論見ていました。私はクロイスターと勘違いしていました。クロイスターは中世です。私自身の興味が、その後、近代の美術から中世や古代にうつったものですから。どうも、場違いなコメントで失礼しました。もう・・・26年も前、まだ40代やったんですねえ。面白くよみましたが、頭がクラクラしています。
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今日、借りてきました (山口ももり)
2016-07-03 18:42:24
「楽園のキャンバス」今日借りて来ました。ルソーは大好きです。この絵は???ちょっとイメージが、人物と植物が分離してるような???これから楽しみます。又、アップします。原田マハさん・・・・どんな女性なのかなあ???って、できるだけ読んでみます。
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図書館から、借りられるとTELあり (山口ももり)
2016-06-29 19:02:54
さ・あ・あ・・図書館へ。2人待ちということでしたが、OKという☏がありました。「ジベルニーの食卓」楽しく読みました。「風のマジム」と「ユニコーン」も読みましたよ。腹だマハ氏・・・才女ですねえ。若い!!!若い方の文章はどこか、アニメチックといか、漫画チックです。世代の違いを感じます。
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◆◆ビオラさんへ◆◆ byちゃぐまま (ちゃぐまま)
2016-06-25 10:54:22
邸宅美術館で一番印象に残っているのがスイスのヴィンタートゥールの静かな山の
中腹に位置するオスカー・ラインハルトの屋敷です。
市街地には別に大きな美術館もありますが、屋敷には本当に気に入った作品だけを
『売らない、貸さない、足さない』と守り続けているのです。
だから画集でもあまり目にすることがなかったのです。
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Unknown (ビオラ)
2016-06-24 14:17:20
原田マハさんは名前は聞いたことがある程度しか知識がありませんでしたが
本の主人公はマハさん自身の経歴とダブるようですね
そうした方の小説がちゃぐままさんの心を捉えたのもうなずけます
邸宅美術館の豪華な調度品の中に飾られた作品はその印象も強く残るとおっしゃっていますが
そんな邸宅美術館を幾つも経験されているなんて
ちゃぐままさんの美術への強い思いを感じます
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◆◆おばさん様へ◆◆ byちゃぐまま (ちゃぐまま)
2016-06-24 07:35:33
同じ時間にパソコンに向かっていたんですね。この後朝ドラを見ますo(^-^)o
邸宅美術館、こじんまりして、その上豪華でちょっと浮世離れして夢の世界のようですよ。
マハさん本、友人から借りなかったら多分自分からは選ばなかったと思います。
今ではのめり込んでいる塩野七生氏、司馬遼太郎氏、辻邦生氏の本も最初はそうでした。
素晴らしい拾い物です。
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◆◆山口ももりさんへ◆◆ byちゃぐまま (ちゃぐまま)
2016-06-24 07:25:55
現地でしか見られない大型の壁画、当時の人たちがどんな思いで描いたのか、どんな
時代だったのかとイメージがどんどん膨らみます。

破壊されたバーミヤンの壁画が、東京芸大で世界中から写真を集めて解析し丁寧に
復元し、天井や雰囲気までも再現されたことがNHKで放映されました。
東京芸大で展示されたようです。
科学を駆使して、文化は残せるのだと感銘を受けました。
http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/700/243583.html
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Unknown (おばさん)
2016-06-24 07:00:07
邸宅美術館
このような言葉も知らない私
自宅を美術館のように皆さんに
解放する生活の一端を垣間見たような
気がしますが何せ芸術に
全く造詣のない私ですがお蔭で
知識を頂きました
原田マハという人物に興味湧きました
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原田マハさんっていいそうですね。 (山口ももり)
2016-06-23 10:27:03
ステキな記事をありがとうございました。最近のつゆ空のような毎日にさっと明るい日が差してきたような気分で拝読しました。さっそく・・・この本を探してみるつもりです。先日、参加した審査・・・・「ウーーン」って今でも考えてしまっています。私も、ともかく日本へは来れない絵を見たいと思って旅行をしてきたつもりですが、・・・額に入って移動できるような絵画以前、天上や壁いっぱいに描かれた宗教絵画や、ラスコー、アルタミラ、墳墓・・を、現地で見たいと思っての旅でした。結果、日本人の絵の見方ってルネサンス以降の絵に縛られているって思ったのです。古いほど魅力的で自由!!!私が好きなのは、クレタ、ミノア文明です。NY・・・大昔・・・フリックコレクション・・・良かったなあ。中世の美術ってとても、物語があって何とも、魅力的ですねえ。
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◆◆花ぐるまさんへ◆◆ byちゃぐまま (ちゃぐまま)
2016-06-22 21:22:36
私もニューヨークはあまり気をそそらないところでしたが、行けば全く違っていて、
その数年後にまた行きました。今度はフリックコレクションを見るために。
ヨーロッパの山々を踏破した…なんて、かっこいいですね~!足で歩けば一歩一歩に
思い出が残りますね。
そして再度挑戦、計画を練る日々からがもう旅行が始まっています。私まで何となくわくわく!
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◆◆くちかずこさんへ◆◆ byちゃぐまま (ちゃぐまま)
2016-06-22 21:17:02
邸宅コレクションはコレクターの好みの絵がほとんどです。邸宅の豪華な生活が偲ばれる
だけあって後々印象に残ります。
チューリッヒ郊外の「オスカー・ラインハルト・コレクション “アム・レーマーホルツ” 」は
『売らない、貸さない、足さない』という頑固なまでの運営方針を持っていて、ここでしか
見ることのできない美術館もあります。
計画の海外旅行は楽しみですね。計画段階のわくわく感がいいですね~。
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◆◆kazuyoo60さんへ◆◆ byちゃぐまま (ちゃぐまま)
2016-06-22 21:07:27
調度品が飾ってあると、富豪の家族の生活が直に伝わってくる気がします。
その中でいろんな思いを込めてコレクションしたであろうことを考えると絵を身近に感じます。
何よりもこうしてのちの世代に世界の遺産を公開できる素晴らしい人生であったことは
間違いなしですね。
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こんばんは (花ぐるま)
2016-06-22 20:13:08
素敵なスト-リーですね
私自身もニューヨークはまだ一度も訪れたことがありません
あまり行きたいと思っていないのが事実なんですが、
夫は何度も行っているのでよく知っていると思います

この絵は何度も見せていただく絵ですね

最後の海外旅行。。。となるかもしれない準備を今しています
旅行といってもトレッキング旅行なので毎日歩きます
そして山の中です
でも何となく楽しみです
ヨーロッパはほとんど言ってない国はないですが、山の中でずっと滞在するのはスイス以来でしょうね
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魅力的な絵ですね (くちかずこ)
2016-06-22 16:27:36
そして、貴女にぴったりな本のように思います。
邸宅美術館って言うんですね。
それって、くちこ好みな予感がします。
大々的な美術館は苦手なので。
できたら、一つのテーマ、一つの時代だけで鑑賞したいタイプです。
海外旅行、くちこはとってもデビューが遅くて、43歳のハワイが最初でした。
それも、友達の結婚式に参列するのが目的で。
くちこも、いつが最後になるのでしょうね。
もう、国内で良いかなとも思っています。
そう言いつつ、ちょっと来年の秋に計画があるのですが、先のことは解りませんからねえ。
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Unknown (kazuyoo60)
2016-06-22 13:37:30
他の調度品の中に名画ですか。理想でも現実にはよほどでないと難しいでしょう。
優しいご主人様、それに良い会社ですね。
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