「おばあちゃんは戦後やったら死なんですんだかもしれんへんねん。」
私の母方の祖母は昭和15年に39才で亡くなった。
母が小学校2年生の時で、母や伯父伯母の話を総合すると風邪かインフルエンザをこじらせて肺炎で亡くなってしまったらしい。
あまりに若く、あっけない亡くなり方で、当然のことながら従姉妹の中に祖母を知るものは一人もいないし、母は5人兄弟姉妹の真ん中なので、年下の叔父伯母は祖母のことを覚えていない。
亡くなる時に、母を含め子供の名前をひと通り呼んで息を引き取ったそうだが、戦前のこの時代、このような病気で突然亡くなってしまうことは珍しいことではなかったのかもしれない。
「戦後やったら死なずに済んだ」
というのは、戦後だったら肺炎に効く化学物質「ペニシリン」が開発されたからで、もし現在だったら、祖母は入院さえする必要が無かったかもしれないのだ。
J・パーレサン、ベニー・クルーター著「スパイス、爆薬、医薬品ー世界史を変えた17の化学物質」(中央公論新社)は有史以来、人類が動植物から抽出、あるいは合成で創りだした17のカテゴリーに属する化学物質が、どのように人類の歴史文化に大きな影響を与えてきたのかを、専門的だがわかりやすく書かれている「化学読本」だ。
学校の歴史で習う胡椒に端を発する大航海時代の貿易、さらには植民地化や、なぜ黒人が奴隷として南北アメリカ大陸へ連れていかれたのか、といったことも化学式を交えながら詳しく、しかし、一般人にもわかるように興味深く記述している。
しかも、化学式の見方まで詳しく書いていて、
「化学は苦手」
という人にもとっつきやすくしているところは、凄いというほかない。
グリコーゲンから爆薬、ノーベルのダイナマイト開発の物語、ドイツの化学メーカーの表面と暗黒面、など、知っているようで知らないことが満載だ。
確かに、本書で取り上げられている17の化学物質の1つでも欠けていたら、人類の歴史は、とりわけ近代の歴史は大きく変わっていただろうと思う。
祖母の時代にはなかったペニシリンに始まる抗生物質は多くの病を怖いものではなくしてしまった。
人の寿命を大幅に伸ばしたその科学技術は、高齢化人口という新たな問題も発生させたが、たった100年前には原因さえわからなかった恐怖から開放されるという幸福をもたらしている。
化学が発達し、物流もそれに伴い近代化された今、高価で手に入れることが極めて困難だったスパイスさえも安定供給され庶民のものとなっている。
ビタミンC。
アスピリン。
麻酔薬。
石鹸。
どれか一つが欠けても今の生活は成し得ない。
そんな化学物質の物語は、読み始めると止めることの出来ない面白さだ。
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