inference 推定

第74話 傍証act.8-side story「陽はまた昇る」
蒔田さんは俺のことを調べていますね?
この問いかけに微笑んだ視界、篤実な瞳が見つめ返す。
まだ初老というには若い、そして穏やかな貌に怒りは欠片なく落着かす。
やはり狼狽えたりなど蒔田はしない、そう見つめる木洩陽の座敷に英二は問われた。
「宮田くん、俺が宮田くんの事を調べるのは当然だって思ってるのかい?」
「はい、」
肯定に微笑んで羹に箸つける。
出汁の馥郁ごと咀嚼する向こう浅黒い顔が笑ってくれた。
「ははっ、俺も疑り深いほうだが宮田くんは上を行くな?ほんと食えない男だ、」
俺も疑り深いほうだ、食えない男だ、
そんな言葉に同類だと笑ってくれる眼差しは温かい。
この温もりが自分と蒔田の差かもしれない?そんな想いごと笑いかけた。
「はい、食われるより食う方が好きです、」
「たしかに宮田くんは草食系ってタイプじゃないな、」
可笑しそうに笑ってくれながら蒔田も羹に箸つける。
差向い食膳へ口動かしながら穏やかなトーン笑ってくれた。
「人事ファイルから少し調べさせてもらったよ、だが宮田くんだけじゃない、」
自分だけじゃない、
この「だけじゃない」理由に英二は微笑んだ。
「同期と新宿署、第七機動隊、警備第一課、あとは削除された名簿ですか?」
誰の同期なのか?
もう言わないで解るだろう、その推定通り蒔田は頷いた。
「その全員だ、」
否定は無い、ただ回答だけが返される。
けれど示してくれた意志に問いかけた。
「警察学校と卒配先でも聴き取りを?」
「特に近い者はな、」
答える眼差しは真直ぐに澱みない。
ただ見つめている、その明るい底が自分を透かす。
“ おまえは誰だろう? ”
声は無い、それでも問いかけは穏やかに凪ぐ。
責めるでもない、ただ知りたいだけ。その本音を隠さない男に英二は微笑んだ。
「光一のアンザイレンパートナーを高卒の同期ではなく、光一と同じ齢の大卒者から探すよう後藤さんに薦めたのは蒔田さんですね?」
問いかけた向こう瞳かすかに大きくなる。
すこし驚いた、そんな笑顔が尋ねた。
「なぜ、そう思うんだい?」
「後藤さんの目でチェックさせるためです、」
即答と笑いかけた先、大らかな瞳かすかに笑いだす。
その眼差し捉えたまま英二は推定を微笑んだ。
「周太が大卒で入ってくる、その同期で周太に一番近づいてくる男は馨さんを殉職に追いこんだ相手と繋がっている可能性があります。
けれど、馨さんと同期の蒔田さんが直接その男を最初からチェックすれば相手は警戒するでしょう、でも後藤さんなら疑われるリスクは減ります、」
最高の山ヤの警察官、そう謳われる後藤を目の代りにする。
それが最も有効な手段である理由を続けた。
「後藤さんは警察内部でも山の世界でも信頼されている人です、それに後藤さんが馨さんと親しかった事もあまり知られていません。
なにより、後藤さんなら光一のパートナー候補を全て慎重にチェックするはずです、体格と能力から人格まで緻密に判断するでしょう。
そうして確認した情報を後藤さんなら蒔田さんに話してくれます、ザイルパートナーで地域部長で山岳会副会長なら相談するのは当然ですから、」
解いてゆく言葉の端を光ゆれてゆく。
雪見障子から木洩陽ふる、その明滅が蒔田の貌を照らしだす。
袖めくった手を組んだまま動かない、ただ陰翳うつろう静謐に英二は笑いかけた。
「青梅署山岳救助隊は蒔田さんにとって格好のチェック場所です、だから未経験者でも俺を卒配したんですね?」
卒業配置は交番勤務、けれど青梅署管轄の駐在所勤務員は山岳救助隊も兼務する。
だから山の未経験者が卒配されるなど無い、その異例を作った男が問いかけた。
「周太くんが大卒で警視庁に入ると、なぜ俺が解かったと思うんだい?」
「周太と通夜の時に話しているからです、」
即答に微笑んで汁椀に口つける。
もう冷めてしまった、それでも香り高く喉おりてゆく。
すこし喉が渇いていた、そんな緊張に気づかされながら英二は微笑んだ。
「馨さんの通夜の支度中に蒔田さんは周太と話して2つ知りました、その1つは樹医の事ですが、これは夏にも蒔田さんから聴いた通りです、
2つめは今話してくれました、周太が馨さんにザイルパートナーはいないと言ったから蒔田さんは異様に思ったんですよね?これは矛盾です、」
矛盾、
そう告げた先で瞳ゆっくり瞑られる。
瞑目した貌に明滅ゆれてゆく、その沈黙に笑いかけた。
「馨さんがアンザイレンパートナーを求めていたことに気づけなかったと夏に仰いましたよね、これは田嶋先生の存在を知らない言い方です、
でも今日は大学時代から馨さんと田嶋先生が作った記録を知っていると仰いました、だから周太の言葉に異様だと気がつけたと言いました、
夏と今日と、田嶋先生についての言葉が矛盾しています。でも今日の言葉通りなら周太が工学部に進学した時点で進路に気づかれた筈です、」
僅かな差、それを解釈違いと言われるか?
それとも認めて肚を晒してくれるだろうか?
この分岐点を見つめながら英二は微笑んだ。
「馨さんの葬儀に東大関係者が一人しか参列しなかった、だから東大がヒントになると気がついたと仰いました、それなら14年前からです、
この14年ずっと殉職事件を調べているなら周太のことも見ていたはずです、周太が射撃部を選んだ時も工学部に進んだ時も知っていましたよね?
その時に周太の矛盾を気づいたはずです、樹医になりたいと言った子供がなぜ農学部に行かないのか?その理由も将来も蒔田さんなら解ります、」
周太についても蒔田は矛盾した。
そこにある事実を声に紡いだ。
「周太が警視庁に入る可能性を通夜の席で蒔田さんは見つけています、だから周太が大学1年の時から準備することが出来ました。
光一と周太が同じ齢で9歳の時に出会っている事も後藤さんから聴いていましたよね、それを利用する発想も実行も蒔田さんなら出来ます、」
馨の殉職、
それ自体が最大の矛盾だろう、けれど周太を辿れば真相が解かるかもしれない?
そんなふに蒔田なら考えつける、そして実行することも可能だった、その証拠を投げかけた。
「遠野教官は捜査一課から警察学校に異動しました、それは奥さんが犯罪者と逃亡した懲罰的人事でしょう、でも本当は蒔田さんの提案です。
遠野教官は山岳講習で後藤さんの教え子でした、その面識で後藤さんも光一のパートナー選抜を任せています、でも本当の目的は把握する為です。
信憑性の高い情報を把握しやすい教場を作れば周太に接触してくる男を探りやすくなります、だから内山も遠野教場に入れたのではありませんか?」
教場のメンバー選択、そこから蒔田の情報網は編まれている。
そんな推定と見つめる視界は木洩陽が紅い、その光透かせ微笑んだ。
「任官試験の首席と次席は普通、同じ教場にならないそうですね?だから蒔田さんと馨さんも別教場でした、でも遠野教場は違います、
次席の内山が首席の周太と同じ教場になったのは、東大出身の内山が怪しいと思ったからではありませんか?それは他の人間も同じです、
合格者名簿で観碕と繋がる可能性が高い人間をリストアップして同じ教場に入れた、だから初任総合のクラス替えもしていないんですよね?」
普通なら初任総合のとき教場はクラス替えする、けれど自分達の教場はしなかった。
その表向きの理由は初任教養の時に作られている、この推定に笑いかけた。
「安西の事件も蒔田さんですよね?」
あの事件を仕組んだ相手を赦せない、そう思っていた。
けれど目的を解くなら変えなくてはいけない?そんな変転に英二は微笑んだ。
「安西の脱獄は偶然だとしても逃走経路を作ることは出来ます、周太が単独で立哨するタイミングで安西を行かせる事も蒔田さんなら可能です。
地域部長の蒔田さんなら所轄の巡回経路も捜査現場の対応から把握して指示も出せます、学校の立哨当番票を把握することも難しくないはずです、」
地域部長の権限と築き上げた人脈を利用すれば事件ひとつ仕組むことも可能だろう。
それだけの力が蒔田にはある、だからこそ組み上げられた矛盾の解答を言葉にした。
「事件のターゲットにさせればPTSDの経過確認でクラス替えさせない理由になります、なにより、事件は人間関係のテストに恰好の場です。
周太を人質にさせれば教場全員の周太に対する感情と距離が明確に見られます、あのとき俺が周太を庇ったことが青梅署卒配を確定させましたね?」
問いかけた向こう紅い木洩陽ゆれてゆく。
もう楓の染まる季節になった、その移ろいに次の推定を微笑んだ。
「周太の卒配が新宿署だったこともです、あの卒業配置は遠野教官が出した配属先とは違っていました。あれは人事二課の決定です、
この決定をさせた張本人は警務部の人間ではありません、それすら蒔田さんは利用して、敢えて周太を新宿署に配属させましたよね?
新宿署は馨さんの卒配先で殉職した現場です、そこに周太を配属させることは真相を掴むチャンスも多いと考えたのではありませんか?」
警察学校、卒業配置、どちらも蒔田なら情報から操作まで可能だろう。
こんな推定を自分がすること自体すら最初から蒔田の想定内で罠かもしれない。
それでも正解だとしたら全てが「テスト」なのだろう?そんな想いの向こう瞑目が解かれ笑った。
「全問正解だよ、本当に食えない男だ?」
笑ってくれる眼差しはすこし困ったようで、けれど明るい。
この明るさは何を示すのだろう?その推定を見つめた真中、言ってくれた。
「閲覧権限を内密に遣うならチャンスがある、それを解ってるから話を持ちかけたんだろう?」
「はい、」
正直に微笑んだ肯定に大らかな瞳が笑ってくれる。
そこにある賞賛と困惑と、もうひとつの思案が尋ねた。
「観碕さんのことを知っても、宮田くんは安全なのか?」
安全なのか?
そんな台詞と眼差しは「知らない」可能性が高い。
それとも本当は知って尋ねるのだろうか?この二択どちらも満たす回答に微笑んだ。
「蒔田さん、俺のバックボーンは知らない方が良いです。俺を信じてくれるなら俺のことは知らないままでいて下さい、」
誰も、自分のことは知らない方が良い。
そう改めて今日は気づかされた、そんな現実は祖父にあざやかだった。
だからこそ今更のよう父がなぜ「忘れている」のか?その真相に気づかされてしまう。
―あの父さんが忘れるわけが無いんだ、でも敢えて黙っているのはきっと、
本当は父は憶えている。
馨のことも湯原家のことも、全てを記憶しながら忘れた貌をしている。
そんな父の選択と理由と真意と、その全てが今すこしだけ過去から素顔を覗く。
(to be continued)
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第74話 傍証act.8-side story「陽はまた昇る」
蒔田さんは俺のことを調べていますね?
この問いかけに微笑んだ視界、篤実な瞳が見つめ返す。
まだ初老というには若い、そして穏やかな貌に怒りは欠片なく落着かす。
やはり狼狽えたりなど蒔田はしない、そう見つめる木洩陽の座敷に英二は問われた。
「宮田くん、俺が宮田くんの事を調べるのは当然だって思ってるのかい?」
「はい、」
肯定に微笑んで羹に箸つける。
出汁の馥郁ごと咀嚼する向こう浅黒い顔が笑ってくれた。
「ははっ、俺も疑り深いほうだが宮田くんは上を行くな?ほんと食えない男だ、」
俺も疑り深いほうだ、食えない男だ、
そんな言葉に同類だと笑ってくれる眼差しは温かい。
この温もりが自分と蒔田の差かもしれない?そんな想いごと笑いかけた。
「はい、食われるより食う方が好きです、」
「たしかに宮田くんは草食系ってタイプじゃないな、」
可笑しそうに笑ってくれながら蒔田も羹に箸つける。
差向い食膳へ口動かしながら穏やかなトーン笑ってくれた。
「人事ファイルから少し調べさせてもらったよ、だが宮田くんだけじゃない、」
自分だけじゃない、
この「だけじゃない」理由に英二は微笑んだ。
「同期と新宿署、第七機動隊、警備第一課、あとは削除された名簿ですか?」
誰の同期なのか?
もう言わないで解るだろう、その推定通り蒔田は頷いた。
「その全員だ、」
否定は無い、ただ回答だけが返される。
けれど示してくれた意志に問いかけた。
「警察学校と卒配先でも聴き取りを?」
「特に近い者はな、」
答える眼差しは真直ぐに澱みない。
ただ見つめている、その明るい底が自分を透かす。
“ おまえは誰だろう? ”
声は無い、それでも問いかけは穏やかに凪ぐ。
責めるでもない、ただ知りたいだけ。その本音を隠さない男に英二は微笑んだ。
「光一のアンザイレンパートナーを高卒の同期ではなく、光一と同じ齢の大卒者から探すよう後藤さんに薦めたのは蒔田さんですね?」
問いかけた向こう瞳かすかに大きくなる。
すこし驚いた、そんな笑顔が尋ねた。
「なぜ、そう思うんだい?」
「後藤さんの目でチェックさせるためです、」
即答と笑いかけた先、大らかな瞳かすかに笑いだす。
その眼差し捉えたまま英二は推定を微笑んだ。
「周太が大卒で入ってくる、その同期で周太に一番近づいてくる男は馨さんを殉職に追いこんだ相手と繋がっている可能性があります。
けれど、馨さんと同期の蒔田さんが直接その男を最初からチェックすれば相手は警戒するでしょう、でも後藤さんなら疑われるリスクは減ります、」
最高の山ヤの警察官、そう謳われる後藤を目の代りにする。
それが最も有効な手段である理由を続けた。
「後藤さんは警察内部でも山の世界でも信頼されている人です、それに後藤さんが馨さんと親しかった事もあまり知られていません。
なにより、後藤さんなら光一のパートナー候補を全て慎重にチェックするはずです、体格と能力から人格まで緻密に判断するでしょう。
そうして確認した情報を後藤さんなら蒔田さんに話してくれます、ザイルパートナーで地域部長で山岳会副会長なら相談するのは当然ですから、」
解いてゆく言葉の端を光ゆれてゆく。
雪見障子から木洩陽ふる、その明滅が蒔田の貌を照らしだす。
袖めくった手を組んだまま動かない、ただ陰翳うつろう静謐に英二は笑いかけた。
「青梅署山岳救助隊は蒔田さんにとって格好のチェック場所です、だから未経験者でも俺を卒配したんですね?」
卒業配置は交番勤務、けれど青梅署管轄の駐在所勤務員は山岳救助隊も兼務する。
だから山の未経験者が卒配されるなど無い、その異例を作った男が問いかけた。
「周太くんが大卒で警視庁に入ると、なぜ俺が解かったと思うんだい?」
「周太と通夜の時に話しているからです、」
即答に微笑んで汁椀に口つける。
もう冷めてしまった、それでも香り高く喉おりてゆく。
すこし喉が渇いていた、そんな緊張に気づかされながら英二は微笑んだ。
「馨さんの通夜の支度中に蒔田さんは周太と話して2つ知りました、その1つは樹医の事ですが、これは夏にも蒔田さんから聴いた通りです、
2つめは今話してくれました、周太が馨さんにザイルパートナーはいないと言ったから蒔田さんは異様に思ったんですよね?これは矛盾です、」
矛盾、
そう告げた先で瞳ゆっくり瞑られる。
瞑目した貌に明滅ゆれてゆく、その沈黙に笑いかけた。
「馨さんがアンザイレンパートナーを求めていたことに気づけなかったと夏に仰いましたよね、これは田嶋先生の存在を知らない言い方です、
でも今日は大学時代から馨さんと田嶋先生が作った記録を知っていると仰いました、だから周太の言葉に異様だと気がつけたと言いました、
夏と今日と、田嶋先生についての言葉が矛盾しています。でも今日の言葉通りなら周太が工学部に進学した時点で進路に気づかれた筈です、」
僅かな差、それを解釈違いと言われるか?
それとも認めて肚を晒してくれるだろうか?
この分岐点を見つめながら英二は微笑んだ。
「馨さんの葬儀に東大関係者が一人しか参列しなかった、だから東大がヒントになると気がついたと仰いました、それなら14年前からです、
この14年ずっと殉職事件を調べているなら周太のことも見ていたはずです、周太が射撃部を選んだ時も工学部に進んだ時も知っていましたよね?
その時に周太の矛盾を気づいたはずです、樹医になりたいと言った子供がなぜ農学部に行かないのか?その理由も将来も蒔田さんなら解ります、」
周太についても蒔田は矛盾した。
そこにある事実を声に紡いだ。
「周太が警視庁に入る可能性を通夜の席で蒔田さんは見つけています、だから周太が大学1年の時から準備することが出来ました。
光一と周太が同じ齢で9歳の時に出会っている事も後藤さんから聴いていましたよね、それを利用する発想も実行も蒔田さんなら出来ます、」
馨の殉職、
それ自体が最大の矛盾だろう、けれど周太を辿れば真相が解かるかもしれない?
そんなふに蒔田なら考えつける、そして実行することも可能だった、その証拠を投げかけた。
「遠野教官は捜査一課から警察学校に異動しました、それは奥さんが犯罪者と逃亡した懲罰的人事でしょう、でも本当は蒔田さんの提案です。
遠野教官は山岳講習で後藤さんの教え子でした、その面識で後藤さんも光一のパートナー選抜を任せています、でも本当の目的は把握する為です。
信憑性の高い情報を把握しやすい教場を作れば周太に接触してくる男を探りやすくなります、だから内山も遠野教場に入れたのではありませんか?」
教場のメンバー選択、そこから蒔田の情報網は編まれている。
そんな推定と見つめる視界は木洩陽が紅い、その光透かせ微笑んだ。
「任官試験の首席と次席は普通、同じ教場にならないそうですね?だから蒔田さんと馨さんも別教場でした、でも遠野教場は違います、
次席の内山が首席の周太と同じ教場になったのは、東大出身の内山が怪しいと思ったからではありませんか?それは他の人間も同じです、
合格者名簿で観碕と繋がる可能性が高い人間をリストアップして同じ教場に入れた、だから初任総合のクラス替えもしていないんですよね?」
普通なら初任総合のとき教場はクラス替えする、けれど自分達の教場はしなかった。
その表向きの理由は初任教養の時に作られている、この推定に笑いかけた。
「安西の事件も蒔田さんですよね?」
あの事件を仕組んだ相手を赦せない、そう思っていた。
けれど目的を解くなら変えなくてはいけない?そんな変転に英二は微笑んだ。
「安西の脱獄は偶然だとしても逃走経路を作ることは出来ます、周太が単独で立哨するタイミングで安西を行かせる事も蒔田さんなら可能です。
地域部長の蒔田さんなら所轄の巡回経路も捜査現場の対応から把握して指示も出せます、学校の立哨当番票を把握することも難しくないはずです、」
地域部長の権限と築き上げた人脈を利用すれば事件ひとつ仕組むことも可能だろう。
それだけの力が蒔田にはある、だからこそ組み上げられた矛盾の解答を言葉にした。
「事件のターゲットにさせればPTSDの経過確認でクラス替えさせない理由になります、なにより、事件は人間関係のテストに恰好の場です。
周太を人質にさせれば教場全員の周太に対する感情と距離が明確に見られます、あのとき俺が周太を庇ったことが青梅署卒配を確定させましたね?」
問いかけた向こう紅い木洩陽ゆれてゆく。
もう楓の染まる季節になった、その移ろいに次の推定を微笑んだ。
「周太の卒配が新宿署だったこともです、あの卒業配置は遠野教官が出した配属先とは違っていました。あれは人事二課の決定です、
この決定をさせた張本人は警務部の人間ではありません、それすら蒔田さんは利用して、敢えて周太を新宿署に配属させましたよね?
新宿署は馨さんの卒配先で殉職した現場です、そこに周太を配属させることは真相を掴むチャンスも多いと考えたのではありませんか?」
警察学校、卒業配置、どちらも蒔田なら情報から操作まで可能だろう。
こんな推定を自分がすること自体すら最初から蒔田の想定内で罠かもしれない。
それでも正解だとしたら全てが「テスト」なのだろう?そんな想いの向こう瞑目が解かれ笑った。
「全問正解だよ、本当に食えない男だ?」
笑ってくれる眼差しはすこし困ったようで、けれど明るい。
この明るさは何を示すのだろう?その推定を見つめた真中、言ってくれた。
「閲覧権限を内密に遣うならチャンスがある、それを解ってるから話を持ちかけたんだろう?」
「はい、」
正直に微笑んだ肯定に大らかな瞳が笑ってくれる。
そこにある賞賛と困惑と、もうひとつの思案が尋ねた。
「観碕さんのことを知っても、宮田くんは安全なのか?」
安全なのか?
そんな台詞と眼差しは「知らない」可能性が高い。
それとも本当は知って尋ねるのだろうか?この二択どちらも満たす回答に微笑んだ。
「蒔田さん、俺のバックボーンは知らない方が良いです。俺を信じてくれるなら俺のことは知らないままでいて下さい、」
誰も、自分のことは知らない方が良い。
そう改めて今日は気づかされた、そんな現実は祖父にあざやかだった。
だからこそ今更のよう父がなぜ「忘れている」のか?その真相に気づかされてしまう。
―あの父さんが忘れるわけが無いんだ、でも敢えて黙っているのはきっと、
本当は父は憶えている。
馨のことも湯原家のことも、全てを記憶しながら忘れた貌をしている。
そんな父の選択と理由と真意と、その全てが今すこしだけ過去から素顔を覗く。
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