The cataracts blow their trumpets from the steep 季の流下

第74話 芒硝act.1―another,side story「陽はまた昇る」
窓、眼下はるか黄金ゆれて風がゆく。
もう秋、異動して1ヶ月過ぎてしまった。
その時間以上に遠くなった、そんな想い微笑んで周太は踵返した。
「伊達さん、資料こちらで良いですか?」
「はい、そこに置いて下さい、」
応えてくれる貌はいつもの謹直、それでも前のようには遠くない。
この先輩と近くなったことは嬉しくて、けれど、近くなるごと俤ひとつ遠くなる。
―英二、今日は何してるのかな…もう訊けない、ね、
今日は何していた?
その問いかけは今もう出来ない。
こんなこと何げない会話の一つだろう、けれど自分は訊かれても答えられない。
この場所に居る限り話ひとつ自由も奪われる、こんな現実を互いに解かっている電話は声だけ交わす。
大したことは話せない、それでも声だけでも聴けるなら?
「湯原、」
呼ばれて振り向いた先、精悍な眼差しが自分を映す。
いま自分がどこにいるのか引き戻された、そのままに微笑んだ。
「データ、いま送ります、」
多分この用件だろう?
そう推定から自席に戻ってキーボード叩く。
編集終えたばかりのデータ送信してすぐ隣の席から頷いてくれた。
「ありがとう、」
短い返答、けれど1カ月前より温度が解かる。
この理解はデスクワークでも訓練でも馴染んできた、そんな自覚に緊張が昇る。
―現場で意思疎通が出来なかったら、死ぬかもしれないんだ、
通称SAT、警視庁特殊急襲部隊の主務はハイジャックやテロ事件、または立籠り事件の鎮圧。
相手も武装していることが前提の現場たち、そこでのパートナーとの意思疎通は沈黙が要求される時もある。
その沈黙の疎通にデスクワークから慣れておく方が良い、そんな考えが業務時間内の伊達の寡黙にある理由だろうか。
―口数ほんとに少ないけど、でも外では話してくれるから、ね?
この1ヶ月ずっと、伊達は食事を誘ってくれる。
昼食は職場の延長だから当たり前かもしれない、けれど定時上がりの日は夕食も共にする。
ここに配属されて3日目の夕刻、あれから習慣になったまま1ヵ月を経た今日も同じ刻限、冷静な声が言った。
「湯原、データ確認が終わり次第あがる、」
ほら、仕事あがりの予定を言ってくれる。
こんな言い方は業務連絡と変わらない、けれど伊達の場合は違う。
そんな違いも解かるようになったまま周太は素直に微笑んだ。
「はい、僕も手許の分は終わらせます、」
「ん、」
短い返答してくれる制服姿は姿勢から端正で横顔は謹厳に佇む。
キーボード打つリズムまで規則正しく澱みない、その手許、ふっと心留められた。
―あ、傷痕…かな?
左手の袖口、赤く一閃かすかに浮んで見える。
あんな傷痕があったろうか?そんな思案を片隅に画面と向かった。
―お父さんのデータ、やっぱり僕には当たらない、
過去データ編纂、それが訓練以外の通常業務でいる。
いわゆる事例研究、現場対応の事例データから事件と解決のパターン分析をしていく。
それは近時から過去、SAT前身の特殊部隊や銃器対策レンジャーの事例まで対象、だから自分も探しにきた。
―お父さんが関わった事件を探したら理由が解かると思ったのに、そのために僕はここに来たのに、
父が殉職した、その理由と事情と想いを知りたい。
そのために父が警察官として務めた部署を探して、ここに該当しそうだと見つけた。
そこは警察組織でも死の危険度は高いのだと知って、それでも父のことを知りたくて今ここに居る。
それなのに1ヶ月、父の名前も関係した事件も見えないままデスクワークも訓練も過ぎてゆく。
―息子だなんて解り過ぎてるから隠されてるんだ、それが逆に教えてくれてる…ね、
身上書には父の息子である事は当然書かれている。
父が殉職した事実も記してある、それを見ただけでも自分が誰なのか解かるだろう。
けれど父がSATに所属していたのなら人事ファイルから履歴削除されているはず、だから今の状態が逆に証す。
―特定の当番シフトだけ回ってこないのはお父さんの資料だからだよね、回さない為には正確に知らないと解らないから、
この1ヶ月に担当した資料は法則性がある。
ここに配属されて1ヶ月間、編纂した過去データには父が在籍したろう年度もあった。
その年度が充てられた時は当番シフトをチェックして確認してある、けれど特定のシフトが担当を外れてしまう。
こんなふうに、父が在籍しただろう期間の年度は「規則的欠落」でしか充てられない、だから隠匿を疑わざるを得ない。
―僕に知られたら困るから隠しているのかもしれない、でも、ここにあるはずって事だけでも確認する方法はあるけど、
人事ファイルを閲覧する、そこに父の経歴書類が無かったら「別ファイル」に移動させられたことになる。
この別ファイル保管場所として考えられる候補一番はここ、SATを管轄する警備部内のどこかに在るのだろう。
電子データと紙資料と両方あるかもしれない、どちらにしても上司は知っているからこそ「規則的欠落」がある。
上司は知っているなら「閲覧している」ことになる、それなら父のデータファイルは存在する。
―きっとあるんだ、閲覧権限が無ければ見られないけど…でも人事ファイルだけでも確認できたら、
父がここに在籍していた、その事実確認だけでもしたい。
人事ファイルの削除だけでも確認できるなら?そう思うけれど方法が見つからない。
―誰か頼める人がいれば良いんだけど、閲覧権限があるひと…あ、
ひとり、確実に閲覧権限を持つ知人がいる。
けれど頼んでいいのか解らない、巻き込んで良いのかすら迷う。
そんな思案と手もと動かして仕事を終えてポケットの携帯電話が振動した。
「…あ、」
すぐ取りだして見た発信人名に用件がもう解かる。
これは急いだ方が良いだろう、その判断に隣席へ告げた。
「すみません、電話のため5分離席します、」
「ん、」
短い肯定に席を立ち廊下へ出る。
すぐ非常階段に着いて通話を繋ぐと闊達な声が笑ってくれた。
「おつかれ周太、演習の事だけど今って大丈夫か?」
「ん、3分なら大丈夫…昨夜のメールの件だよね?先生と賢弥のデータがってこと、」
答えながら急いで良かった用件だったと安堵する。
もう今日には纏めたい話だろう?そんな予想通りに友達は笑った。
「その件だよ、ちょっと直接聞きたくて電話したんだ。仕事このくらいで上がりかと思ったんだけど、平気?」
「ん、平気…でね、昨夜のメールでも書いたけど、送ってくれたデータは賢弥の意見が正解だと思う、」
微笑んで答えながら今していた思案まとまりだす。
この電話の用件は他にも有効かもしれない?そう気がつくまま考えだす。
―演習に行く時なら会いに行っても不自然じゃないよね、雅人先生の病院ついでなら僕ひとりだし、
大学の用で奥多摩に行く、そのとき喘息の診察も受けることになっている。
こうして大学がらみにすれば通院の事実も隠しやすい、そう思って演習の参加を決めた。
けれど「隠す」は別件にも有効だろう?
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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第74話 芒硝act.1―another,side story「陽はまた昇る」
窓、眼下はるか黄金ゆれて風がゆく。
もう秋、異動して1ヶ月過ぎてしまった。
その時間以上に遠くなった、そんな想い微笑んで周太は踵返した。
「伊達さん、資料こちらで良いですか?」
「はい、そこに置いて下さい、」
応えてくれる貌はいつもの謹直、それでも前のようには遠くない。
この先輩と近くなったことは嬉しくて、けれど、近くなるごと俤ひとつ遠くなる。
―英二、今日は何してるのかな…もう訊けない、ね、
今日は何していた?
その問いかけは今もう出来ない。
こんなこと何げない会話の一つだろう、けれど自分は訊かれても答えられない。
この場所に居る限り話ひとつ自由も奪われる、こんな現実を互いに解かっている電話は声だけ交わす。
大したことは話せない、それでも声だけでも聴けるなら?
「湯原、」
呼ばれて振り向いた先、精悍な眼差しが自分を映す。
いま自分がどこにいるのか引き戻された、そのままに微笑んだ。
「データ、いま送ります、」
多分この用件だろう?
そう推定から自席に戻ってキーボード叩く。
編集終えたばかりのデータ送信してすぐ隣の席から頷いてくれた。
「ありがとう、」
短い返答、けれど1カ月前より温度が解かる。
この理解はデスクワークでも訓練でも馴染んできた、そんな自覚に緊張が昇る。
―現場で意思疎通が出来なかったら、死ぬかもしれないんだ、
通称SAT、警視庁特殊急襲部隊の主務はハイジャックやテロ事件、または立籠り事件の鎮圧。
相手も武装していることが前提の現場たち、そこでのパートナーとの意思疎通は沈黙が要求される時もある。
その沈黙の疎通にデスクワークから慣れておく方が良い、そんな考えが業務時間内の伊達の寡黙にある理由だろうか。
―口数ほんとに少ないけど、でも外では話してくれるから、ね?
この1ヶ月ずっと、伊達は食事を誘ってくれる。
昼食は職場の延長だから当たり前かもしれない、けれど定時上がりの日は夕食も共にする。
ここに配属されて3日目の夕刻、あれから習慣になったまま1ヵ月を経た今日も同じ刻限、冷静な声が言った。
「湯原、データ確認が終わり次第あがる、」
ほら、仕事あがりの予定を言ってくれる。
こんな言い方は業務連絡と変わらない、けれど伊達の場合は違う。
そんな違いも解かるようになったまま周太は素直に微笑んだ。
「はい、僕も手許の分は終わらせます、」
「ん、」
短い返答してくれる制服姿は姿勢から端正で横顔は謹厳に佇む。
キーボード打つリズムまで規則正しく澱みない、その手許、ふっと心留められた。
―あ、傷痕…かな?
左手の袖口、赤く一閃かすかに浮んで見える。
あんな傷痕があったろうか?そんな思案を片隅に画面と向かった。
―お父さんのデータ、やっぱり僕には当たらない、
過去データ編纂、それが訓練以外の通常業務でいる。
いわゆる事例研究、現場対応の事例データから事件と解決のパターン分析をしていく。
それは近時から過去、SAT前身の特殊部隊や銃器対策レンジャーの事例まで対象、だから自分も探しにきた。
―お父さんが関わった事件を探したら理由が解かると思ったのに、そのために僕はここに来たのに、
父が殉職した、その理由と事情と想いを知りたい。
そのために父が警察官として務めた部署を探して、ここに該当しそうだと見つけた。
そこは警察組織でも死の危険度は高いのだと知って、それでも父のことを知りたくて今ここに居る。
それなのに1ヶ月、父の名前も関係した事件も見えないままデスクワークも訓練も過ぎてゆく。
―息子だなんて解り過ぎてるから隠されてるんだ、それが逆に教えてくれてる…ね、
身上書には父の息子である事は当然書かれている。
父が殉職した事実も記してある、それを見ただけでも自分が誰なのか解かるだろう。
けれど父がSATに所属していたのなら人事ファイルから履歴削除されているはず、だから今の状態が逆に証す。
―特定の当番シフトだけ回ってこないのはお父さんの資料だからだよね、回さない為には正確に知らないと解らないから、
この1ヶ月に担当した資料は法則性がある。
ここに配属されて1ヶ月間、編纂した過去データには父が在籍したろう年度もあった。
その年度が充てられた時は当番シフトをチェックして確認してある、けれど特定のシフトが担当を外れてしまう。
こんなふうに、父が在籍しただろう期間の年度は「規則的欠落」でしか充てられない、だから隠匿を疑わざるを得ない。
―僕に知られたら困るから隠しているのかもしれない、でも、ここにあるはずって事だけでも確認する方法はあるけど、
人事ファイルを閲覧する、そこに父の経歴書類が無かったら「別ファイル」に移動させられたことになる。
この別ファイル保管場所として考えられる候補一番はここ、SATを管轄する警備部内のどこかに在るのだろう。
電子データと紙資料と両方あるかもしれない、どちらにしても上司は知っているからこそ「規則的欠落」がある。
上司は知っているなら「閲覧している」ことになる、それなら父のデータファイルは存在する。
―きっとあるんだ、閲覧権限が無ければ見られないけど…でも人事ファイルだけでも確認できたら、
父がここに在籍していた、その事実確認だけでもしたい。
人事ファイルの削除だけでも確認できるなら?そう思うけれど方法が見つからない。
―誰か頼める人がいれば良いんだけど、閲覧権限があるひと…あ、
ひとり、確実に閲覧権限を持つ知人がいる。
けれど頼んでいいのか解らない、巻き込んで良いのかすら迷う。
そんな思案と手もと動かして仕事を終えてポケットの携帯電話が振動した。
「…あ、」
すぐ取りだして見た発信人名に用件がもう解かる。
これは急いだ方が良いだろう、その判断に隣席へ告げた。
「すみません、電話のため5分離席します、」
「ん、」
短い肯定に席を立ち廊下へ出る。
すぐ非常階段に着いて通話を繋ぐと闊達な声が笑ってくれた。
「おつかれ周太、演習の事だけど今って大丈夫か?」
「ん、3分なら大丈夫…昨夜のメールの件だよね?先生と賢弥のデータがってこと、」
答えながら急いで良かった用件だったと安堵する。
もう今日には纏めたい話だろう?そんな予想通りに友達は笑った。
「その件だよ、ちょっと直接聞きたくて電話したんだ。仕事このくらいで上がりかと思ったんだけど、平気?」
「ん、平気…でね、昨夜のメールでも書いたけど、送ってくれたデータは賢弥の意見が正解だと思う、」
微笑んで答えながら今していた思案まとまりだす。
この電話の用件は他にも有効かもしれない?そう気がつくまま考えだす。
―演習に行く時なら会いに行っても不自然じゃないよね、雅人先生の病院ついでなら僕ひとりだし、
大学の用で奥多摩に行く、そのとき喘息の診察も受けることになっている。
こうして大学がらみにすれば通院の事実も隠しやすい、そう思って演習の参加を決めた。
けれど「隠す」は別件にも有効だろう?
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】


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