And hear the mighty waters rolling evermore 一滴の環
第74話 芒硝act.9―another,side story「陽はまた昇る」
橘色、青白橡、杏子色、蘇芳、瑠璃色、そして葡萄色。
ただ一房、けれど光彩ゆたかに実りの季だと告げてくる。
もう幾度か霜を浴びたはず、それでも薄い皮のうち湛えた雫は陽を透かす。
屋敷畑の一角ゆるやかな午後の陽射しに揺れて輝く、その姿に周太は溜息ごと微笑んだ。
「きれい…11月に葡萄って珍しいよね?」
「でしょう?霜が当って美味しいのが出来ないかなって思って、試してみてるの、」
楽しげに答えながら華奢な指そっと果実へ触れる。
実を仰ぐ瞳きれいに明るく温かい、どこまでも実直な眼差し笑った。
「奥多摩は霜害があるでしょ、それに耐えられる果樹をって前から試してるの。水源林のこともして、それに受験もだなんて欲張り過ぎだけど、」
農業高校で学んだことをJA就職後も美代は生かしている。
特産物の開発に携わって、その日々が大学で研究したい意志を育んだ。
そこにある学究心は篤い、そんな眼差しが真昼の横顔に重なるようで質問こぼれた。
「ね、美代さんって光一や吉村先生とは親戚になるの?」
真昼、吉村医院で見つめた横顔ふたつは眼差しが似ていた。
あの二人は伯父と甥の血縁にある、そして今この隣にいる瞳も俤を映すよう微笑んだ。
「そうよ、遠縁だけどね、」
さらり肯定ごと振向き笑ってくれる。
日焼けあわい肌に真直ぐな黒髪は健やかに明るい、そのトーンが似ている。
―美代さんって雅人先生と似てるんだ、いま初めて気がついたけど明るい感じが似てて、
40歳になる男性と女子高生のような風貌、そんな差から今まで気付かなかった。
けれど改めて見つめた空気は親戚なのだと頷かす、その聡明な瞳が可笑しそうに笑った。
「ホント言うと私もどんな親戚繋がりか憶えてないの、でも吉村先生のお母さんの家を本家って呼んでるからね、分家とかだと思うけど、」
本家、分家、どちらも自分には縁遠い言葉でいる。
なにか目新しい想い見つめながら訊いてみた。
「吉村先生のお母さんの家が本家なの?」
「そうなの、同じ吉村さんって名字でね、本家から分家にお嫁に入ったって聴いてるよ、」
なんでもない貌で答えてくれる向う、からり玄関扉が開く。
木造しっかりした引戸から銀髪ゆれて朗らかに笑ってくれた。
「声がすると思ったらまあ、また庭で話しこんじゃって。ほんと美代も湯原くんも畑やら木やら好きだねえ、お茶淹れたからお入りなさいな、」
可笑しそうに笑った懐かしい顔が手招きする。
その言葉と仕草に恐縮しながら周太は頭下げた。
「ご無沙汰しています、2月はありがとうございました、」
「相変わらず綺麗なお辞儀だねえ、こちらこそ2月は楽しかったわ。さあ入って下さいな、」
楽しげな笑顔に誘われて歩きだす。
紅葉の木洩陽きらめく庭石を渡りながら美代が尋ねてくれた。
「湯原くん、今日は何時まで平気?よかったらお夕飯どうかなって言われてるの、5時からとかならどう?」
夕餉に誘ってくれる、その笑顔が温かい。
こんなふう迎えてくれる友達が嬉しくて周太は微笑んだ。
「ん、6時過ぎに御岳を出られたら大丈夫だけど、御馳走になって良いの?」
「もちろんよ、お祖母ちゃんもお母さんも朝から支度しちゃってるの、食べて行ってあげて?」
愉快そうに笑ってくれる言葉にまた恐縮してしまう。
それ以上に嬉しい本音があるのは、きっと自分は団欒に飢えている。
―家でもお母さんと二人きりだったけど、でも家族って空気が恋しいね…お母さんどうしてるかな、
母と食事した最後から1ヵ月を経ってしまう。
あの台所で独り母は食膳につく、その姿を想うと鼓動きゅっと締められて、そしてまた思案めぐりだす。
―環くんもお母さんのこと想う時あるよね、でもお父さん…雅樹さんのことまだ知らなくて、美代さんもどこまで、
環のことを美代はどう想っているのだろう?
いま話してくれた通り縁戚ならば環の存在を知らないはずがない。
それは光一も同じだろう、けれど二人から環の話を聴いたことは未だ無い。
その理由は雅人が話してくれた通りなのだろうか?そんな思案ごと玄関くぐり小嶌家に上がった。
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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第74話 芒硝act.9―another,side story「陽はまた昇る」
橘色、青白橡、杏子色、蘇芳、瑠璃色、そして葡萄色。
ただ一房、けれど光彩ゆたかに実りの季だと告げてくる。
もう幾度か霜を浴びたはず、それでも薄い皮のうち湛えた雫は陽を透かす。
屋敷畑の一角ゆるやかな午後の陽射しに揺れて輝く、その姿に周太は溜息ごと微笑んだ。
「きれい…11月に葡萄って珍しいよね?」
「でしょう?霜が当って美味しいのが出来ないかなって思って、試してみてるの、」
楽しげに答えながら華奢な指そっと果実へ触れる。
実を仰ぐ瞳きれいに明るく温かい、どこまでも実直な眼差し笑った。
「奥多摩は霜害があるでしょ、それに耐えられる果樹をって前から試してるの。水源林のこともして、それに受験もだなんて欲張り過ぎだけど、」
農業高校で学んだことをJA就職後も美代は生かしている。
特産物の開発に携わって、その日々が大学で研究したい意志を育んだ。
そこにある学究心は篤い、そんな眼差しが真昼の横顔に重なるようで質問こぼれた。
「ね、美代さんって光一や吉村先生とは親戚になるの?」
真昼、吉村医院で見つめた横顔ふたつは眼差しが似ていた。
あの二人は伯父と甥の血縁にある、そして今この隣にいる瞳も俤を映すよう微笑んだ。
「そうよ、遠縁だけどね、」
さらり肯定ごと振向き笑ってくれる。
日焼けあわい肌に真直ぐな黒髪は健やかに明るい、そのトーンが似ている。
―美代さんって雅人先生と似てるんだ、いま初めて気がついたけど明るい感じが似てて、
40歳になる男性と女子高生のような風貌、そんな差から今まで気付かなかった。
けれど改めて見つめた空気は親戚なのだと頷かす、その聡明な瞳が可笑しそうに笑った。
「ホント言うと私もどんな親戚繋がりか憶えてないの、でも吉村先生のお母さんの家を本家って呼んでるからね、分家とかだと思うけど、」
本家、分家、どちらも自分には縁遠い言葉でいる。
なにか目新しい想い見つめながら訊いてみた。
「吉村先生のお母さんの家が本家なの?」
「そうなの、同じ吉村さんって名字でね、本家から分家にお嫁に入ったって聴いてるよ、」
なんでもない貌で答えてくれる向う、からり玄関扉が開く。
木造しっかりした引戸から銀髪ゆれて朗らかに笑ってくれた。
「声がすると思ったらまあ、また庭で話しこんじゃって。ほんと美代も湯原くんも畑やら木やら好きだねえ、お茶淹れたからお入りなさいな、」
可笑しそうに笑った懐かしい顔が手招きする。
その言葉と仕草に恐縮しながら周太は頭下げた。
「ご無沙汰しています、2月はありがとうございました、」
「相変わらず綺麗なお辞儀だねえ、こちらこそ2月は楽しかったわ。さあ入って下さいな、」
楽しげな笑顔に誘われて歩きだす。
紅葉の木洩陽きらめく庭石を渡りながら美代が尋ねてくれた。
「湯原くん、今日は何時まで平気?よかったらお夕飯どうかなって言われてるの、5時からとかならどう?」
夕餉に誘ってくれる、その笑顔が温かい。
こんなふう迎えてくれる友達が嬉しくて周太は微笑んだ。
「ん、6時過ぎに御岳を出られたら大丈夫だけど、御馳走になって良いの?」
「もちろんよ、お祖母ちゃんもお母さんも朝から支度しちゃってるの、食べて行ってあげて?」
愉快そうに笑ってくれる言葉にまた恐縮してしまう。
それ以上に嬉しい本音があるのは、きっと自分は団欒に飢えている。
―家でもお母さんと二人きりだったけど、でも家族って空気が恋しいね…お母さんどうしてるかな、
母と食事した最後から1ヵ月を経ってしまう。
あの台所で独り母は食膳につく、その姿を想うと鼓動きゅっと締められて、そしてまた思案めぐりだす。
―環くんもお母さんのこと想う時あるよね、でもお父さん…雅樹さんのことまだ知らなくて、美代さんもどこまで、
環のことを美代はどう想っているのだろう?
いま話してくれた通り縁戚ならば環の存在を知らないはずがない。
それは光一も同じだろう、けれど二人から環の話を聴いたことは未だ無い。
その理由は雅人が話してくれた通りなのだろうか?そんな思案ごと玄関くぐり小嶌家に上がった。
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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