授業参観を始めました。そして、学校紹介としてこれを拙ブログに掲載して参ります。
今日は美術の授業でありました。動画にも撮ったのですが、在校生諸君の実にいい表情もありました。しかし、残念ながらインターネットの世界では在校生諸君の顔は出せません。
授業風景の欲しい先生には、DVDにして差し上げることにしています。参考になるのかも知れないと思うからです。
実際、わたくしも自分で自分の授業をビデオに収めて、自己研修をしてきました。道徳授業の手法は特にそれが大切で、中学校の教師時代に真剣に取り組みました。鏡のようなもので、短所がよくわかります。なんと言っても道徳の授業は話し合いの組織化という困難な手法もあるのですから、なまなかなことではありません。
高校にも道徳授業が導入されるということです。本格実施の時には、もうこの世界にはいません。どんな風に後輩の先生方が取り組まれるか楽しみでもあります。
実は、今日は道徳教材として県教委から配布されたDVDを視聴していました。30分くらいの教材であります。これをどう使うかということでは、わたくしなりの指導案をメモ程度ですが、作りました。
こういう試みは実に楽しいものであります。実際の生徒を想定しながら、授業設計をしていくわけです。
発問をどうするかということ一つとっても、重要です。手法もいくつかあって、ワンパターンでは無いのです。話し合いをどう展開していくかということがプロの教師の腕前でもあるわけです。
拙ブログの記事にもさせていただいた昆愛海(こん まなみ)ちゃんの記事と写真は、事実の重さに非常に打ちのめされました。(3月31日読売新聞) しかし、この記事は、生命観や愛、命の尊さというような価値観に迫ることもできます。この記事から、考えること、考えなければならないことはたくさんあります。愛海ちゃんから教えていただくわけです。辛かっただろうな、今でも辛いだろうなとは思いつつ。道徳的な価値について、考えさせられることでもあります。
そこから本格的に、哲学の探究をすることも可能でありましょう。生死の問題について深い思索を重ねていくこともできます。大震災の報道は、本当にわたくしたちに真摯に生きることの意味を問うてきます。
今日は、A*azonというインターネットの書店から、モームの「人間の絆」という新潮文庫が送られてきました。4日くらい前に、あ、まだ読んでいなかったと気がついたら、猛烈に読みたくなりました。いろいろ書店にも行って、千葉市の書店にも行きました。しかし皮肉なことに在庫がありません。どうしても無い。こういうときは、ほんとうに情けなくなります。最終的にはインターネットが頼りでありました。
なぜモームの「人間の絆」を読みたくなったのか。「狂いのすすめ」という集英社新書を書かれていた先生が、この作品で人生の危機を乗り越えたと言っていたからです。危機を乗り越えたというより、危機に陥らずに済んだということをです。
わたくしは、そういう観点でこのモームという作家を考えたことはなかった。月と六ペンスという作品を読んで、それっきり。あまり興味もわかなかった。不勉強もいいところであります。
されど、別の読み方をされている方もおられるわけです。わたくしもそれと同じ体験をしてみようと思ったわけです。追体験というのでしょうか。
けっこうな体験をさせていただいています。
他人の体験から、それを鏡のようにして、また自己の体験を重ねていく。これもまたビデオのようなものであります。
これからいくつも授業を見させていただきます。もう今年が最後の授業参観になります。一時間、一時間を感謝と崇敬の念をもって、拝見させていただくつもりです。先生方の尊い教育的叡智がたくさんつまった、それこそ貴重な時間を追体験させていたけるのです。これを幸福と言わずして、なんと言うべきでありましょうや。
在校生諸君は本当に幸せであります。
実にうらやましい。
また明日!