還暦を過ぎたのだから、「進歩」はねぇだろうに
還暦を過ぎたのだから、「進歩」はねぇだろうに、なんで好きこのんで爺学生なんかやっているのだ?あまつさえ、素人なのに郷土史なんかやって、バカ扱いされてなんのメリットがあるのだ?とよく言われる。
まったく、まったくバカだからできるのである。
しょうがねぇではないか。
利口だったら、こんな生涯学習なんて気取って時間つぶしをやるわけもないだろう。カネもムダだと言われるし。特に親しい友人知人とかに。一番言うのが配偶者である。毎日言うからキレそうになる。
しかし、考えてみたら、年金生活をしているのだから、家計を切り盛りしている配偶者にしてみればアタマにくるだろう。爺だけが、毎日遊んで暮らしているのである。だから、配偶者にも、家族にもバカ扱いされる。
自覚しているから、今更ハラも立たない。バカは爺になっても、バカであるからだ。
確かに、学生をやっていると指導・訂正・バカ扱いは日常茶飯事である。あたりめぇである。それが学生の宿命であるからだ。郷土史もそう。そもそも素人だから、こっちもバカ扱いはあたりめぇの世界である。
それを受容できないのならば、両方の世界から去るしかない。
定年退職する前にやっていた一介の田舎教師時代は、狭い専門の世界と人間関係で閉じこもっていればそれなりに生きていくことはできた。でも、それはそれでそれっきりの世界である。退職したら、なんの意味も無かったよん。マジに。
ま、その時のことは書かない。書いちゃいけない。書いてみたいことは山ほどあって、これでも論文が書けるけれどもね。( ̄― ̄)
もう、私は生まれ変わったのである。つまり一回死んだのである。現役教師の時代は、「前世」のできごとでしかない。
だから今は楽しい、楽しい。現役大学生をやっていると美人学生もたくさんいるし、外国からの留学生に刺激を受ける。外国の母校の大学で日本文学を専攻してきた留学生は、日本語で会話をしてくれるから、私のようなものでも理解できるのである。こいつは思ってもみなかった教育効果であった。
留学してくるくらいであるから、妙なプライドはない。あくまで「妙な」である。つまり、一心不乱に学ぶという姿勢である。これは見習いたいくらいである。中には、外国で大学の准教授クラスの方々もいる。10本の指でも足らないくらいである。そういう方々でも、謙虚である。学ばれるということに関しては。
私のようなバカ爺にも、いろいろ聞いてくださる。当然、分かる範囲でお答えする。それがお互いに勉強になるわけである。外国の方々にとっては、私のような日本文学・古典を実際に授業で教えていた(日本人対象)というのは、あまり周囲にいなかったと言われるからである。理論は大学の先生たちの方が詳しい。あたりまえだ。それで飯を食っているのだから。私は、実践しかない。爺という名の大衆でもある。知識人とは対極にいる一般大衆である。
爺学生というと、伊能忠敬を思い出す。
彼もまた、隠居してから学問を始めた。これが一番励みになる。バカな私にとっては。
大いなる先達がいるから出来るのである。
ま、伊能忠敬と同じレベルだと考えているのではない。そんなことを書いたら畏れおおい。
佐原とか、伊能忠敬の出身地である九十九里町の方々に叱られてしまう。あ、彼は産まれたところが九十九里町である。佐原は婿に入った場所である。勘違いをされないように。両方とも記念になるものが残っているから、一度行ってみてくだされませ。
ま、めげずにいろいろとやっていると苦しいことも多いが、ためになることも多い。
視点が広がる。
へぇ~、そういうこともあるのだなぁと思うし。
それが唯一の楽しみでもある。
そういう経験をしたかったら、「バカに徹する」ことである。妙なプライドがあると、誰も指導はしてくれない。以前の経歴を鼻にかけて、威張っていたら誰も相手にしてくれない。
4月から入学する生涯大学というのも、アレは正式な大学ではない。いわゆる老人大学である。そこで学生をやると言ったら、なんと周囲の反応は「え?」「そこで教えるのではないのか?」というものであった。
なんのなんの。
「オレはバカだから、まだまだ学生をやるつもりでっせ」と答えると、たいていの人は呆れて、苦笑する。
バカは死んでも治らないという見本である。
アタシャ。
わはははっははっはは。
(^_^)ノ””””