折節の移り変わるこそ

季節の移ろいの中に、感じたままを一日一日。

夏の薔薇のゆかしさ

2008年07月04日 23時55分01秒 | 夏至
              □ エグランタインの二番花が咲き始めて…。
                   (Eglantyne"Masako"/ER 1994)


◇ 昨日、今日と、連日夏日が続いて、四国は梅雨明けになった。
  うちの近くから四国(愛媛・佐田岬半島)が見えるのに、こちらは梅雨明けまだ。
  季節に九州が置いてきぼりされたのではないが、お隣の「島」の梅雨明けの早さ。
  「気象学」は先端科学だが、ただ「梅雨明けしたと見られる」とは、こは如何に?

     
  □ この時季、バラにとって厳しくなってきたか、「栄枯盛衰」の早いこと。

     
   □ それでも、バラはゆかしい、この「スカボロー・フェア」のように。
              (Scarborough Fair/ER 2003)


◇ 確率は、列記とした数学(これも論理性の塊り=科学)の世界。
  だから「~したと見られる」は、確率のつもりだろうか、でも歯切れの悪いこと。
  「予報」と「予想」の違いはわかっても、最初から腰の引けた「言い逃れ」
  そう感じることがあるのは、私だけだろうか?
               (山本志織さんの予報なら、無条件で頷くけど


     
 □ 梅雨時には、きっぱりとした真白のバラ「アイスバーグ」がよく似合う。
                 (Iceberg/F 1958)

◇ そんな「夏日」や「熱帯夜」の暑苦しさのような話はこれくらいで、薔薇の様子を。
  春の一番花とは、その姿に明らかに変化の見られるのが多い。
  それに誘引しない限りは、春よりも一段と小高い位置で咲くようだ。
  断固としてカップ咲きを守り通すものもあれば、ダリアみたいなポンポン咲きまで、
  姿、かたち、色、蒸し暑い日本の夏に適応して、頑張って咲いているのだろう。
  
     
      □ ダリアのようなめずらしい姿の「L.D.ブレスウェイト」
               (L.D.Braithwaite/ER 1988) 

     
 □ 「ザ・ダーク・レディ」その名を彷彿させるには対極の明る~い「紅色」
              (The Dark Lady/ER 1991)


◇ 梅雨の長雨を経て、堪えてかつ伸び伸びと葉を広げ、愛らしい花を咲かす。
  二番花が終わったら、夏空高く秋の気配を思わせる雲が出現するだろう。
  その頃になると秋の返り咲きに備えた弱剪定の作業が必要、私はそれが好きだ。
  それまで楽しめるだけうんと楽しむ、単純な喜び方を薔薇も望んでるに違いない。

     
 □ 「チャールズ・レニー・マッキントッシュ」は、涼しげで、かつ魔性の色。
           (Charles Rennie Mackintosh/ER 1988)

     
□ 門扉の横に「ギボウシ」(リュウゼツラン科ギボウシ属の多年草)が咲き始めた。

      『金木犀の前にギボウシが咲き出したの気がついてる?』
      『知らない…どれよ?』
      『薄紫の優しげな花よ、誰にもらったんだっけ?』
      『あぁ、これ? え~と、もう忘れた』

     ※ たった一日前にHaruさんのブログで、これがギボウシと知った。
       それだけで偉そうに知ったかぶりをする旦那、会社へすっ飛んでった。
コメント (4)
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