折節の移り変わるこそ

季節の移ろいの中に、感じたままを一日一日。

梅雨明け間近の一日

2008年07月05日 21時47分25秒 | 夏至
    □ 5月に咲いて、一休みして、紫陽花の終わる頃に、また咲いたバラ。
                         L.D.ブレスウェイト(ER)


◇ 朝から薄雲を透して紫外線たっぷりの陽光に、気温はぐんぐん上がる。
  午前中、一時間だけ仕事、無事終了。
  帰って先日届いた古書「美しい夏の行方」(辻邦生著)をさらっと開く。
  本文は文庫版で十年程前に読んでいたが、欲しかった単行本が安く手に入った。

     
     □ ヘリテージ(ER)の向こうにも、今年の紫陽花が過ぎて行く。

     

     
 □ ジュビリー・セレブレイション(ER)は、長雨で蕾の状態から傷んだようだ。

     
□ チャールズ・レニー・マッキントッシュ(ER)は、この花本来の姿を見せている。
  梅雨の長雨の影響も、それぞれのバラにとって悲喜交々の様相となって現れる。


◇ 辻さんが「素直に旅の喜びのなかに自分を解き放つ」と表現されているように、
  旅であれ何であれ、自分の好きなことに浸ることは、喜び以外の何物でもない。
  それを素直に感じることができる「私」を持つことの大切さをしみじみ思う。
  副題には「中部イタリア 旅の断章から」とある、写真入りの旅行記だ。
  私の夢の一つは、イタリアを旅日記を綴りながら歩きまわることである。

     
    □ ドミニク・ロワゾー(S)の花の清涼感が、濃い照り葉に映える。

     
    □ グラミス・キャッスル(ER)は、日々蕾が開いては、主役が交代。
      真白でない白い清涼感が、花壇を転々としているようなもの。


◇ イタリア→「南国のバラ」(ヨハン・シュトラウスⅡ世作曲のワルツ♪)
  →ウィーフィル・ニューイヤーコンサートの連想から、
  私の唯一のコンサートのDVDを手にとって、その演奏を楽しむことにした。 
  2002年1月1日に小澤征爾さんが指揮したもので、庭のバラと同様、私の宝物。
  その宝物にもう一つ「カルロス・クライバー指揮 1989年盤」がもうすぐ加わる。
  カラヤン、クライバー、小澤さん、いずれも音楽への造詣と華麗な指揮振りが魅力。

             

     
        □ 今年わが家に来てくれた西洋アジサイ「パリ」
          うちの紫陽花の中で一番の「華麗」な佇まい。


◇ 音楽とバラに代表される花そして文芸書は、私から切り離すことができないもの。
  自分の心に、常に涼風と刺激を与え続けるもの。
  その広がりと深さは、いずれ劣らず「美」の根源のようなもの、そんな気がする。

     
       □ アイスバーグ(F)の咲き乱れる姿を見てみたい。
         そう思えるほど盛んに開花してきた。
         株の生長具合からは、来年以降が有望だろう。

     
        □ 紫式部の花、初めて見た。
          そう言えば、実のなっている幼木を去年植えたんだった。

     
 □ 「一期一会」の語源となった…わけなどない「苺」ってうちでも成るんだ

 
コメント (10)
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