折節の移り変わるこそ

季節の移ろいの中に、感じたままを一日一日。

ここに ある と

2006年02月28日 21時16分03秒 | 雨水
 
私の好みでしょうが、
この冬からとりわけ淡くて白い花が増えてきました。
その白いイメージで真っ先に浮かぶのがこの詩です。
ご存知の方も多いことでしょう。






(UNA POESIA DI OGGI)

夢みたものは・・・・・・          立原道造  (1914-39)

夢みたものは ひとつの幸福
ねがつたものは ひとつの愛
山なみのあちらにも しづかな村がある
明るい日曜日の 青い空がある

日傘をさした 田舎の娘らが
着かざつて 唄をうたつてゐる
大きなまるい輪をかいて
田舎の娘らが 踊りををどつてゐる

告げて うたつてゐるのは
青い翼の一羽の 小鳥
低い枝で うたつてゐる

夢みたものは ひとつの愛
ねがつたものは ひとつの幸福
それらはすべてここに ある と



☆☆☆

最後のフレーズ、きっぱりと青年らしく言い切ったのがいいです。
からっとした初夏の風が吹き渡る5月のイメージも強いのですが、
一方では、私の中ではあくまでも白い花のイメージでもあります。



昔、結婚前にお付き合いさせていただいていた頃、
(こんな私でも、そういうときがあったのです!)
仕事が忙しくて、同じ市内でありながら、
ウィークデーに会うことが適いませんでした。

そこで、もっぱら電話よりも「文通」です。
いまや死語みたい「文通」って、
でも電子メールも「文通」ですか・・・・。



ある日、その手紙の中に添えられていたのが、この詩。
当時の私がどのように受け止めたか、全然憶えがありません。
でもそれから長くながく、今まで私の心に残る詩となりました。



あの頃夢見たものは何だったか、もう忘れてしまいました。
でも、ごく普通の生活を送りながら、思うことがあります。

自分が植えた苗が花をつけて、それを素直にきれいだと思えるとき。

夕焼けの茜空をながめて、今日も一日こうして暮れて行くんだ。
良かったでも悪かったでもなく、ただそれだけのことを思うとき。

朝ぼらけの南の空に、下弦の月と明けの明星を見つけては、
そのことだけを、ただうれしいという気持ちになれるとき。

家族と食卓を囲んで、もっとお野菜を食べたらとか、
目の前のものを全部食べなくてもいいのよとか言われながらも、
今日一日のよしなし事を、たわいもなく話しあっているとき・・・・。



つまり、季節の移り変わりの中、日常の生活の中、
私を取り巻く空気あるいは人々にかこまれながら、
自分の気持ちや想いが何かに投影され、あるいは反射して、
それらが私の琴線で感じ取れたとき、
私の夢見たものが「ここにある」んだなあと実感します。



          なんだかずいぶん長いこと話し過ぎたようです・・・・・・では。

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牡丹の芽

2006年02月27日 21時58分04秒 | 雨水
 
これも、昨日(26日)の朝です。
夜来の雨に、牡丹の芽も濡れていました。


  鎌倉の古き土より牡丹の芽    高濱虚子  (1874-1959)

鎌倉、古き、牡丹。
歴史、華やかな花の姿、そして栄枯盛衰、どこか遠くを感じさせる落ち着いた句です。
(大先生の句を偉そうに批評なんてできませんが)

そして、鎌倉は私の大好きなところです。
歩きたいところ、見てみたいところがたくさんあります。

出張が週末とか週の初めとかなりますと、ほとんど決まって行くところがありまして・・・・。
大阪出張ですと、奈良斑鳩の法隆寺。
そして東京の出張ならば、まず鎌倉、いざ鎌倉です。

昨年3月の出張後には、富士山を見ることだけのために御殿場まで行って、
何だか江ノ電にも乗りたくなったから、藤沢に戻って湘南の海を眺めながら鎌倉へ。
そうして散々(好きで)歩いたあげく、羽田から最終便で飛んで帰る。
きつい仕事が続いていましたから、ひとり息抜きしたんです。

そんな経路を、実はこれまで2度たどってます。
(要するに暇人なんですわ!)
来月、久しぶりにそのチャンスが巡ってきそう。
(案外、日本橋三越×x×××ガーデンに行ったりして・・・・)

♪♪♪

これは確か、一昨年の春に家内がプレゼントでいただいた鉢植えなんです。


     (2005年4月23日)

見事な花を咲かせたその豪華さに、そのときだけは(!)しばし目を奪われながら、
いつしか夏を越え、秋から冬を迎え葉をすべて落としても、
私は何の関心も寄せませんでした。

昨年までの私の接し方は、大方このとおりです。
花の盛りを過ぎたら、あとは無感動の水遣りのみでした。
(からからに乾くぐらいで水を遣る・・・・それだけです)

そしてまた春が来て、桜が満開か散り初めた頃だったと思います。
いつの間にか、牡丹のつぼみが大きくなっていることに気がつきました。
ちゃんと春を覚えていて、私の出番よとばかり、そして満を持しての開花・・・・。

◇◇
 牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置の確かさ 木下利玄(1886-1925)
 (ぼたんくわ)

 ◆ 満を持してという言葉がぴったりの確かな存在感、これが牡丹の花の命です。

    
こうしてゴールデンウィークの頃にかけて、すばらしい花を何輪か再現してくれました。
携帯のデジカメで撮ったのが、そのときのもの。
その後大学生の娘も帰省して来て、庭のパンジー・ビオラ・チューリップの咲き誇る、
まさに春爛漫の頃でした。


     (2005年4月23日)

♪♪♪

そしてまた夏が来て秋が来て、薔薇に心を奪われだした頃、はっと気がつきました。
牡丹が水だけで育つはずがないことに・・・・。
放ったらかしで何年も花をつけるほど、牡丹の花はバカじゃないんです。
たった2週間程の開花のために、残りの50週間をせっせとかわいがってもらった、
その恩返しに花を咲かせてくれるのです。

私は、ときどき言い聞かせることにしています。
私のところを訪れてくれた花たちすべてに、何らかの「責任」を持とうって。

大げさですが、少なくとも「いのち」を育てさせていただくという姿勢が大事。
植物が育んでいくお手伝い(そっと見守ることも含めて)をさせてもらってるということ。
そして、次のシーズンにつないでいくということ。
そこんとこを忘れないで楽しんでいる、そんな「趣味の園芸」でありたいなあ。

当然、牡丹にも寒肥を施しました。

◇◇◇
    よろこびのきわまるときの牡丹の芽   高橋沐石 (1916-2001)

牡丹の芽にも薔薇の芽にも水仙の花芽にも、この早春、私の素朴な喜びがあったこと。
忘れないようにしたいと思います。
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春の雨に

2006年02月26日 16時17分11秒 | 雨水

昨日の日暮れ頃から降り出した雨は、夜半から雨脚を強め、
夜明けまで降り続いていました。
もうすぐ雨が上がるのかなという、寒さをあまり感じない朝に撮りました。


 
 くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の針やはらかに春雨のふる 正岡子規(1867-1902)

薔薇の新芽も、雨に濡れていました。
音もなく、あくまでも静かな雨の朝でした。


        (十数年来の我が家のバラ、品種名不詳)

◇◇

 薔薇の芽の真紅を洗ふ雨となりぬ   岡田日郎


影の具合で深い真紅となりました。



この滴の一つひとつにも春がとじ込められています。

◇◇◇

 ものの芽の力に雨の加はりぬ     稲畑汀子(1931- )

春の芽生えは、この薔薇たちに限らず、持って生まれた力が備わっているのですね。
そうしたら、春の雨は単にサポートしただけのこと?



 (ウィリアム・シェークスピア2000 ER)

雨は平等、春を待つものみなすべてに、人の心に。


           (コンテ・ド・シャンボール OD)

こうして、一雨ごとに春は着実に近づいてきます。



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紫 むらさき 

2006年02月25日 21時53分34秒 | 雨水
 
スートピー  100-
うっすらと紫色の線がわかりますでしょうか。

今日は、我が家の紫色を中心に。


                (ビオラを中心に)

私の紫のイメージは、苦手の古文ではこれ!

 春は、あけぼの
 やうやう白くなりゆく山ぎは 少し明りて 
 紫だちたる雲の、細くたなびきたる
                     (枕草子第一段 清少納言)


                (プリムラ・オブコニカ)

そして、私の最も好きな和歌。

 春の夜の夢のうき橋とだえして 嶺にわかるるよこぐもの空  
                              藤原定家 (新古今集)

   ◇ 私には、横雲の空の色は、紫立ちたる雲の色なのです。


               (オーブリエチアの寄せ植え)



 紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る 
                            よみ人しらず (古今集)

   ◇ たった一本の美しい紫草があるばかりに、
     武蔵野の草はみなそっくりしみじみなつかしいと思って見る。
     それと同じように、熱愛する一人の人のために、
     その人につながるすべての人をも愛することだ。

本当は、源氏物語の「若紫」と行きたいのですが、次の機会にゆずりたいと思います。


                    (ビオラ)


                    (これもビオラ)


             (これは紫の範疇に入りますやら)


                    (においすみれ)


                    (クロッカス)


              (忘れちゃいけないローズマリー)

この寄せ植えも、うすい紫色がありますよね。


  (ビオラ2種、はなかんざし・・・・もうひとつ真ん中の、忘れました)

もっとありそうですが、アップするのがアップアップ、忙しくなって(ブツブツ)・・・・。


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水仙

2006年02月24日 14時43分35秒 | 雨水
  
日曜日に近所の学校で撮りました。
石垣の上、やや高い所にあって、なかなか撮りにくかったのですが・・・・。



通勤のバスの車窓から見た光景は、結構見事でしたから、
一度カメラに収めたくて・・・・。



こんな感じで、フェンスの中が一面の水仙畑なのですが、
いまどき変なことして、不法侵入にまちがえられたら、
敢え無くブログも終わりになるので、ここまでで止めました。

私のうちの水仙も、今年は鉢植えが咲いて、
地植えはほとんど咲きません。
もうそろそろお終いなのですかね。
だから、写真もあまり撮ってなくて・・・・。



これは、どちらも1月の終わり頃。
カーネーションは、私がブログを始めた頃の花。
一ヶ月半くらい咲いていました。



それで、今日は、先日そらで口ずさむことができなかった、
ワーズワースの水仙、全文です。
英語だけのほうが、より感じが出てて、
余韻もあとを引いて良いのかもしれません。



◇◇◇ Una Poesia Di Oggi ◇◇◇

The Daffodils
                      William Wordsworth

I wandered lonely as a cloud
That floats on high o'er vales and hills,
When all at once I saw a crowd,
A host of golden daffodils;
Beside the lake, beneath the trees,
Fluttering and dancing in the breeze.

Continuous as the stars that shine
And twinkle on the milky way,
They stretched in never-ending line
Along the margin of a bay:
Ten thousand saw I at a glance,
Tossing their heads in sprightly dance.

The waves beside them danced; but they
Out-did the sparkling waves in glee:--
A poet could not but be gay,
In such a jocund company!
I gazed--and gazed--but little thought
What wealth the show to me had brought:

For oft, when on my couch I lie
In vacant or in pensive mood,
They flash upon that inward eye
Which is the bliss of solitude;
And then my heart with pleasure fills,
And dances with the daffodils.
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ピアノ ピアノ

2006年02月23日 22時12分07秒 | 雨水
 
私が最も聴き込んでいるピアノ曲、と言えば大げさになります。
最も好きなピアノ曲の一つが、これ!
ベートーヴェン作曲のピアノソナタ第8番ハ短調「悲愴」です。

とりわけ第2楽章は、これがベートーヴェンの曲とは知らなくても、
ほとんどの人が聴いたことがあるとお思いになるはずです。
よくCMにもアレンジされているのが聴かれますから。

テレビのCMでクラシックの曲が流れてきます。
そんなとき、家族に質問すると

  ★ これ、聴いたことあるよねぇ。誰の作曲でしょう?
  ☆ シューベルトっ!
    
  ★ ほう!惜しいけど・・・・じゃあ、シューベルトの曲で有名なのは?
  ☆ これっ!

    (・・・・の部分でベートーヴェンと言うべきだった)



             (これはモーツァルト)

♪♪♪♪

また、大げさになりそうですが、
衝撃を受けたのがたぶん高校1年生のときの文化祭。
同級生の女の子が、この第3楽章を弾いてたんです。
それでいっぺんで一目惚れ、なんかじゃなくて・・・・
ベートーヴェンを弾く子が目の前にいるっていうことに、
腰が抜けるほど驚いたわけです。



(バックハウス盤:悲愴・月光・熱情)

おそらく、これこそが「悲愴ソナタ」に
心惹かれるきっかけになった出来事でした。
レコードを買ったのは就職してから、
ウィルヘルム・バックハウス(1884-1969:ドイツ)盤を。
いまもこのCD版しか持っていませんし、つまり聴いていません。


そして、すっかり忘れていたこと・・・・
この曲の楽譜(正確には、NHKのテキスト)がうちにありました。
もう10年以上も前に教育テレビで放映されたもので、
わが家の誰も弾かなくなったピアノ(調律は決まってしてますが)の横、
楽譜を無造作に積み上げた籠の中に入ってました。



(第1楽章)

先生の指示・コメントがありまして、なかなか興味深いものがあります。
ピアノを弾く方自身がみな詩人なんだと私は思いますが、
まさにそのとおりだなと思いました。

味わい深い、その指示の部分を引用してみますと・・・・。





(第2楽章)

第2楽章の冒頭の8小節は、実は音を鳴らすということなら、
私でもなんとか短い両手で弾けてしまいます。

 ~ もしかして練習したらもっと、なんて思いません 
    リビングの「家内の」植物が枯れてしまいます ~



(第2楽章)

私は、やはりこの第2楽章がたいへん好きで、
もっと言うなら、この楽章が静かに終えていく、
そして第3楽章につながっていく、その第3楽章が始まる、
そのつかの間の静寂を含めた部分が、特に好きなのです。



(第3楽章)



♪♪♪♪

今夜は、この楽譜を辿りながら聴いてみましょうか。

この曲にふさわしいのは、
限りなくうすい緑色がかった「プリムラ・クラウディア」。
私には、やっぱりこの花を添えてみたくなってしまいます。

この曲には色があって、昔からそんなイメージなのです。



(プリムラ・ジュリアンの黄色とともに、プリムラ・クラウディア)
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わが家の春めいてきた様子

2006年02月22日 20時24分48秒 | 雨水
  
現在、メインは、パンジーそしてビオラです。
プランターというか鉢にして全部で何個あるんでしょう。
15~20鉢程度?



それにプリムラ・シネンシスやプリムラ・メラコイディスの
プリムラ・ファミリーが加わり、
水仙もバタフライ咲きのカサタが依然輝きを失うことなく、
オステオスペルマム中心の寄せ植えまで置いているものだから、
これまでのシーズンになく彩りも鮮やかで、にぎやかな雰囲気になりました。



去年の今頃、私はどこでどうしていたんだろうと、
昨日以前のことは全部忘れてしまいがちな性分に、
あらためて深呼吸、ではなかった、ため息をつきたくなるのです。


(ビオラ・はなかんざし・ネメシア2色)


(八ヶ岳ビオラ)

☆☆☆
さてさて、梅の花を愛でた大好きな和歌を載せようと思って、
またドジやっているのに気がつきました。



梅のつぼみの画像をさっさと昨日の投稿に載せてしまってました。
きのうは、なんとなくおかしい終わり方だと一瞬だけ思ったのですが、
これも自分らしくていいか・・・・。



(UNA POESIA DI OGGI)

  君ならで誰にか見せむ梅の花 色をも香をもしる人ぞしる  紀 友則(? - 905?)
                                   平安時代・古今集の選者の一人

        あなたではなくて誰にこの梅の花を贈りましょうか、ですね。
        あなたこそが梅の花の美しさがわかる方、なんですってよ。
        友さんに選ばれた「あなたの君」は、どんな方だったのか。

        そして、自信を持って「あなた」だけに与えられるものがある
        「わたし」になりたいと、
        昔~といっても平安時代ではなく、昭和の時代に~あこがれました。

☆ そして、今朝の明けの明星 (画像の真ん中、見えますでしょうか)



  朝の抜けるような青空が、午後はもう雨
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日曜日の庭、そして心が通い合うということ

2006年02月21日 20時18分16秒 | 雨水
 
この冬、私が最初に「寄せ植え」したもの。
昨年11月、ビオラの植付けの頃だったと思います。

ガーデンシクラメン。
そして、ポインセチアのピンク色を小さくしたような株、
あれ何ていう名だったか。
それにアイビーみたいな、私のうちにたくさん生えている緑。
これも正確には名前を知りません。

ピンクは葉をすべて落としてしまいましたが、
シクラメンは、凍えるような寒さがあったのに、
次から次へ花芽が起き上がってきていました。

  ♪ うす紅色の シクラメンほど まぶしいものはない
          恋する時の 君のようです ♪

いつも玄関向かって左手前、牛乳ボックスの横が定位置です。
そのボックスの上に乗せて撮ってみました。

遠景の、私の庭のプランター・コンテナ類も、
ずいぶん華やかさを増して来ているようです。



(UNA POESIA DI OGGI)

    シクラメン花のうれひを葉にわかち   久保田万太郎 (1889-1963)

「花」と「葉」、「うれひ」を「わかち」

人を理解できること、人の存在を理解できること。
それは、人の痛みを自分の痛みとして受け入れられること。
それは、わかちあうこと。
お互いの心に触れ、お互いが行き来できるのです。

この句に、人と人の心が通う合うこと、
それが最も尊いことだと感じ入りました。

  ~ 俳句も短歌も詩も、要は解釈だけではなく、感じることでしょう。
    これは私の勝手な想い、思うのは自由、よくわからないけど、それでいいさ。
    あまり言ってると、私本人がだいっ嫌いな「言い訳」になりそうでやめますが ~


☆ 私の庭も少しずつ春めいて ☆



心配した、ウィリアム・シェイクスピア2000(ER)も、新芽が。



コンテ・ド・シャンボール(OD)が一番早いのです。



においスミレも、とくに鉢の真ん中の方の若芽がみずみずしい黄緑色。



ビオラもこの鉢がこの一週間でとても色合いがよくなってきました。



クロッカスも開花が進んでいます。



うれしかったのは、
忘れて果てていた鉢からひょっこりのぞいていた黄色のクロッカス。
ほんとうにごめん、忘れてしまっていて!
君も春を呼んできたんだよな。



近所の公園まで歩いてみると、開花寸前の梅の花。



今日はいくぶん暖かかったので、ようやく開いたことでしょう。

(追記)ポインセチアを小さくしたようなピンクの株は、この画像で。
    携帯の写真が残ってました(左下)。
    クリスマスを意識してますね。

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ゆずちゃんたち

2006年02月20日 20時44分19秒 | 立春
 
昨日の由布院訪問のつづきです。

おみやげ物店の入り口で、悠然とねそべっている猫。
お客さんが出入りするのにですよ。
私らは、ずいぶん長い間、撫で続けてました。


お店の方も笑ってました。
これはすごい根性!阪神に欲しいニャン材!!ゆずちゃん(♂)です。


次は、喫茶したテーブルの上、私の目の前の猫(!)。


昨日のブログ記事中のマッチは、『由布院の猫屋敷』。

猫にまつわる様々なグッズがいっぱいでした。


もう一度、私の唯一のおみやげ。
ほんとうは、しゃれた壁飾りがほしかったのだけれど、値段もりっぱ過ぎて。


私たちは、様々なグッズを買いまして、これは絵葉書。


入り口に、猫屋敷らしい飾り付けがいくつも。


これもきれいな猫。

そして、極み付けは、お2階へどうぞ・・・・。

4匹(?)の猫ちゃんたち。


子猫。


大猫。惚れ惚れするほど美しい。のど渇いてたんやね。


髪の長い猫。


人をあざけっているように見える、猫らしい猫、子猫なのに、まだ。

これは、ほんとうにかわいい!
とまあ、思いがけずに充分に楽しめた日曜の午後でした。
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由布院に行って来ました

2006年02月19日 21時24分08秒 | 立春
 
今日は娘の発案で、由布院に行って来ました。
数年来、途絶えていましたので、なかなか新鮮でおもしろかったです。
今日は、私のブログにしては、写真たっぷりです。


由布岳にも雪が消え、春の訪れはもうすぐ。


2月の日曜日の昼下がり、結構人出が多かったようです。

私以外は、さっそくショッピング、私も結局つられて・・・・。


道を10メートル進むのにも時間がかかって、もう全部店内遊覧!

店内をひととおり回って、私はすぐに外に出て・・・・。


さりげなく、グリーンで飾り付け。


これなんか、気に入りました。


こういうお店です。


金魚・・・・。


すっきりとしてて・・・・。


娘は、携帯のストラップを・・・・先程の「HOMME BLUE CAFE」。

ちょっと一休みで、喫茶。


確かに時間が・・・・そうでした。


おばあちゃんと娘はミルク。超おいしー!そうで。野苺のヨーグルト付。


家内は紅茶。


私はコーヒー。これはおいしかった。ブルーベリーヨーグルト付。器も手作り、このお店の。


入り口の階段(といっても2段ほど)が、なんとも。


情緒があっていいですよ。


さあ、帰ろうか。


帰り道、振り返ると、由布岳の麓は野焼きでした。



家内と娘のおみやげの一品。
カードは「ゆめにみた木」「ルリいろのイス」
娘は、シューズにひらがなで名前入り。喫茶のお店で。


私はと言えば、マッチ・・・・。

(To Be Continued)






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