今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

熊野三山巡り3:那智、霊の探知結果一覧

2015年09月22日 | パワー・スピリチュアル

熊野三山巡りの3日目、今日が最終日で、三山3つ目の那智大社とその真の御神体である那智の滝に行く。

レンタカーで那智の滝前の駐車場にいれようとしたら、変な縁石に車の後ろのバンパーを引っ掛けてしまい、プラスチックのバンパーが外れてしまった(運転手は私でない)。

後でガムテープで押さえる事で走行可能になった。

待っている間、私は先に那智の滝を観に行った。
那智の滝こそ熊野の最高の神威だから、旅がこれで中断する前にせめて見ておきたかった。

日本三名瀑の1つのこの滝は、高い山のない西日本では唯一とも言っていい名瀑(写真)。
滝周囲から熊野灘が見えるので、逆に海上から那智の滝が遠望できるかもしれない。
神武天皇上陸地点と関連づけられるのもうなずける。

那智大社も青渡岸寺も那智の滝を祀る祭祀所に過ぎないことが、ここに行けばわかる。

滝に向けて霊気を探知すると、やはり「守り神の出現を期待して良い」と出た。
那智大社では、剣のお守りを買った。
霊気を探知すると、ここも「守り神の出現を期待して良い」。


最後の訪問地、麓に戻って補陀落山寺を訪れる。
ここは補陀落渡海という奇妙な信仰儀式の拠点。
境内には、その渡海舟が復元されていた。

ここで一番訪れたいのは、寺の背後にある 渡海上人達の墓。
すなわち、わずかな食料だけを積まれた小さな渡海舟に乗って、実質的には海に死ににいく。右上に写っているのは同行者
それがわかっているため、渡海直前になって乗るのを嫌がった僧もいたらしいが、その場合は信徒らが無理やり乗せたらしい。
そのような渡海上人の墓(実質的は慰霊碑)は、裏手の丘の薄暗い林の中にあった(写真・右上に写っているのは同行者)。
ちょっといやな予感がして、霊気を探知すると、案の定、負の霊反応があり、「霊の出現に注意してください。」と出た。
ホント、このばけたんの探知は信頼できる(下も参照)。


以上、で熊野三山の名所を点で結ぶ旅は終わった。
破損したレンタカーを返却し(プラス2万円)、紀伊勝浦駅から、また三重を縦断する長い電車の旅で帰った(名古屋まで4時間)。 

最後にばけたんの探知結果を記事で言及しなかったものも含めて一覧で示す(ばけたんの評価は良い順に++.+.0.-.--)。

  • 探知地点   結果           評価
  • 徐福の墓   何もない          0
  • 神倉山御神体 守り神の出現を期待してよい +
  • 速玉大社本殿 守り神の出現を期待してよい +
  • 本宮大社本殿 守り神の出現を期待してよい +
  • 大斎原社殿跡 強い霊反応、警戒が必要   --
  • 那智の滝   守り神の出現を期待してよい +
  • 那智大社本殿 守り神の出現を期待してよい +
  • 渡海上人墓  霊の出現に注意       -

この結果からも徐福の墓は単なる伝説といえる。
また大斎原社殿跡は、大社側は聖地としているが、明治に洪水で流された社殿跡。

それと、熊野信仰を社殿の位置から考えると、
本来の祭祀の対象は、本宮は豊穣と災いをもたらす熊野川そのもの、
新宮は神倉山から熊野川へ変更し、
そして熊野川から離れた那智大社はもちろん那智の滝なようだ(少なくとも那智大社は確信もてる)。

それらが神道(人格神)化し密教化したのは後世の世界観に応じたまで。

宗教心の原点を原始神道におく私にとって、興味あるのは実感的な(願わくは実在する)神性・霊性であって、
本来の神威から離れた、脳内でこしらえた記号論理(皇統神話、密教曼荼羅、補陀落信仰など)ではない。

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