今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

中津川の旧定宿に泊る

2023年03月12日 | 

昨日からの年度末慰労の温泉旅第四弾は、岐阜県中津川の旧定宿の素泊り旅だ。
あえて素泊りにしたのは、定宿から外した原因の夕食を摂らず、その代わり週末営業している隣接するクア施設の食堂で旅行支援の岐阜版”ぎふ旅コイン”のチケットを使えるから。

頻繁に旅行している身には、宿の豪華な夕食にはある意味”食傷”気味で(特にカロリー的に)、もっとシンプルでいいと思っている。
実際、食堂のメニューで充分なのだ(定食などのセットメニューも不要)。

こうすることで宿代が安くなり、さらに食事代も浮くという節約旅行ができた。

ちなみに、この宿に泊まる時は、男女で日替わりとなる総檜の浴室を外れなく堪能したいので、2泊することにしている(定宿から外しても、なお泊まりに行くのは、風呂が気に入っているから)。

2泊すると2日目は一日中現地にいることになる。
通い慣れた中津川市内の観光地は全て巡った中で、展示に入れ替えのある”郷土博物館”なら繰り返し行っても無駄がない。

市街地にある中津川市中山道歴史資料館を訪れた(330円)。
企画展は「幕末明治の医学と中津川」で、幕末に活躍した当地の医師・馬島靖庵の展示だ。
馬島靖庵といっても有名でないが、島崎藤村の『夜明け前』に出てくる、主人公青山半蔵(藤村の父がモデル)の平田国学の師である宮川寛斎のモデルである。
私は、中津川の定宿に泊まるたびに『夜明け前』の映画( 昔VHSで購入したものをデジタル化している)を持参したノートパソコンで観るので、そこに登場する”宮川寛斎”は目に焼き付いている。
※:今回に限り、東日本大震災の津波被害を描いた『遺体』

ただ宮川寛斎は横浜で金儲けに走って、半蔵から軽蔑されるが、モデルとなった馬島靖庵は(横浜には行ったものの)そんなことなく、医師を貫き通し、伊那の平田門人で有名な松尾多勢子の子に種痘(当時最新の治療法である)を施したという。
『夜明け前』のように事実を元にしたフィクションに浸ると、かえってそれを歴史的事実と混同してしまう弊害を痛感した(大河ドラマにもありがち)。
資料館は旧中山道に面しており、旧街道の雰囲気が残っている周囲を少し散策する。

まだ時間があるので、車で近くの桃山公園に行く。
ここには女夫(めおと)という、天の奇跡的配在の男女二つの岩がある(写真:右奥が男岩。手前の女岩は角度の関係で分かりにくいが、中央に割れ目が走っている)。
あまりに直接すぎて笑うしかないが、ここは市民の憩いの場で、今日も子供たちがこの岩の周囲ではしゃぎ回っている。
もっと有名になっていい岩だ。

そもそも中津川は、市中のあちこちに花崗岩の大岩が地面から生えている不思議な所。
女夫岩の岩脈の続きでは、民家が露岩を壁代わりにしている。

この公園の奥に大岩薬師があり、名の通り岩の中に薬師如来を祀っている。
本尊の前には木魚とガンモモが置いてあり、蝋燭を灯し線香を上げて、本尊の前に座って木魚を叩きながら、時たまガンモモを鳴らして薬師如来の真言と般若心経を唱えた。

かように中津川は街中にも訪れる価値のある所がある。
やはり、定宿にしておこうか…。


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