首里城が琉球王国の司令塔であったと聞いた。
そもそも琉球王国についても知らなかったゆきたんくである。
現在の琉球諸島を中心にし、琉球國としてい450年間、奄美群島、沖縄諸島、先島諸島を統治したという。
それが、琉球列島とも呼ばれている訳だ。
離島の集合体で総人口17万人にも満たない小さな王国であった。
これが、琉球王国の概要だ。
その司令塔であった、そう王がいたのが首里城だ。
それをフラグメント(断片)として自分の感想を述べる以外の方法を持ち合わせていない。
自分の目で見たものを、自分の感じたままに書いてみるのが、「伝えたんく」のコンセプトなので悪しからず。
一番最初の門、守礼門。
首里城には実にたくさんの門がある。
しかし、門の紹介が目的ではないのでここ一つにしておく。
そして沖縄では各所で耳にする御嶽(うたき)という言葉。
琉球王国が制定した聖域の総称で各地方の呼び名で呼んでいたという。
園比屋武御嶽石門(そんひゃんうたきいしもん)
守礼門をくぐってすぐの北側に御嶽がある。
その入り口である石門。
この向こうの森の中に神聖な場所がある。
御嶽の多くは森の空間や泉や川などで、島そのものであることもあるという。
霊的な存在である感じも受ける。
そしてこの御嶽が琉球王国とともにあったということ。
祖先崇拝の場所であり,保水力の乏しい琉球石灰岩の土地柄水が神聖化されたこととも無関係ではないと考える。