夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

節電の昨今、なぜ民間テレビ放送は、輪番制で放送中止日を設定しないの、と不思議に思いながら・・。

2011-07-02 13:37:57 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の66歳の身であるが、
昨日の夜、読売新聞の夕刊を読み、
《 15%節電スタート
        制限令発動 》
見出しされた記事を読んだりした・・。


この記事にほぼ同一の内容が、読売新聞の基幹ネットの【YOMIURI ONLINE】で、
掲載されている。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866922/news/20110701-OYT1T00401.htm
☆【YOMIURI ONLINE】<==《 電力使用制限令発動…石油危機以来37年ぶり 》☆


私は読売新聞の7月1日の朝刊を読んだりして、
民間企業の各社が、多々努力、工夫をしながら、製造、事務部門で対処していることを改めて実感させられた。

私は民間の中小業に35年ばかり勤めた体験があるが、
ある大手企業の会社さえ、薄暗い事務室でノートパソコンを開いて、
現役の諸兄諸姉が奮闘され精務されている新聞の記事にある写真を見たりすると、
お気の毒、と思ったりしたのであった・・。

或いは節電のために土・日曜日の休業を、
木・金曜日にずらした自動車メーカーの奮戦に、これに伴う納品される中小業の部品メーカーの方たち、
たゆまぬに多岐に及ぶ対処に、大いに同情させられたのである。


こうした状況下で、私は民間テレビ放送会社は、相変わらず毎日放送し、
放送時間も短縮していないことに、私は思ったりした・・。

私の住む地域に於いては、テレビの放送を視聴できるのは、少なくとも、
『NHKテレビ』、『NHK Eテレ』、『日本テレビ』、『TBSテレビ』、
『フジテレビ』、『テレビ朝日』、『テレビ東京』がある。

もとより『NHKテレビ』は公共放送の責務があるので例外として、
民間テレビは5社がある。

私は、電力使用制限令発動の今日、当面は民間テレビの放送日を輪番制にして、
たとえば、『日本テレビ』は月曜日、『TBSテレビ』は火曜日・・という順に放送日を指定して、
実施すればよいと思ったりしている。


もとよりテレビ会社は公共の電波を使用して、
製作スタッフ、キャスター、出演ゲストなど多々動員した上、
編成などの事務方、経営の諸兄諸姉がいるが、節電の状況下でお休みを多くして頂く。

この間、テレビの放送の使命を改めて考えたり、
垂れ流しのような番組に頼ることなく、切実なテーマの放送とは、
或いはキャスターなどは、日本語の勉強をしてほしい。

言葉にする粗雑な発言、蓮っ葉な言葉は、社会の劣化のひとつであり、
何よりも美しく溌剌とした日本語を少年・少女たちに悪化させた元凶であると、
私はここ30数年感じたりしている。

このような思いもあり、この機会に民間テレビは自主的に輪番制の中で、
反省を交えながら、考察して頂きたい。

この結果、新聞の紙上で、テレビ放送の案内表で、
民間テレビの番組表に於いて、たとえば『日本テレビ』に於いて、
《 電力使用制限に基づいて、節電のために本日の放送は中止させて頂きます。》
と明示されれば、
国民にインバクトを与え、国民は更に節電に浸透する、と思ったりしている。


政府は制限令で日本経済の根幹の民間会社らに発動し、国民にも協力の要請をしていることもあり、
民間テレビは自主的に輪番制を実施をためらった場合は、
民間テレビ会社に協力要請をしたら、と思ったりしている。

しかし、政府はじめ国家議員の諸兄諸姉は、何かとテレビ放送会社に対して、
ためらい、そして遠慮するような日頃からの言動が感じ見られるので、
果たして出来るかしら、と少しボケた私は妄想している。


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高齢者2年生の私でも、ときには夕方に我が家で酒宴となり、その後は熟睡した後、深夜族となり・・。

2011-07-02 02:44:08 | 定年後の思い
昨日、私たち夫婦は、午前のひととき最寄の銀行で定期の更新などを済ませた後、
スーパーで買物を終えて帰宅した。

昼食後、駅前まで歩いてホームセンターで、
居間のテーブル用の簡易なカーペットを買い求め、後日に配達の確約をしたりした。

そして買物を数店したり、お中元の手配を終えた後、
その後、スーパーのお惣菜コーナーの売り場に寄ったのである・・。

昨今、私たち夫婦は外出する時、食事処に寄ることが多かったので、
自宅でのんびりと、酒宴を兼ねて食事をした方が良い、と私は思ったからである。

6品を選定し、そして地酒を買い求めて帰宅したのが、午後4時であった。


居間のテーブルで、私たち夫婦は、主庭の樹木を眺めたりし、
私は地酒を呑みながら、買い求めた料理を頂いたのである。

私たちは年金生活を身であるが、過ぎし3月11日に東日本大震災の激甚な大災害、
その後の福島原発の度重(たびか)なる人災に、
無力な私たちは動顚しながら過ごし、
『計画停電』そして『節電』となり、日本の社会が一変と感じながら、過ごしたりしてきた・・。

このような私たちの心情としては、このサイトで、昨日の7月1日に於いて、
【 水無月(みなづき)の6月に別れを告げ、文月(ふみづき)の7月を迎え、ようこ~そ、と呟きながらも・・。】
と題して、投稿しているので、省略する。


こうした何かと落ち着かない状況もあり、久々に自宅で酒宴をしょう、と私は思っていたのである。

私は昨年の晩秋より、冠婚葬祭、国内旅行、懇親会以外は、
自宅でお酒を呑むのは、一ヶ月に一度ぐらいとなっている。
昨年の初秋までは、40年間ぐらい『呑兵衛の児』と自認してきたが、昨今は落第生かな、と苦笑している。

この理由は、このサイトに於いて、
【 高齢者2年生のメタボの私は、遅れぱせなから減量に、ふたたび挑戦し・・。】
と題して、昨年の2010年11月29日に記載している。

【・・
私は東京郊外の調布市に住む年金生活7年生の66歳の身であり、
私の住む市では国民健康保険に加入している40歳以上は、
年に一度の『特定検診』と称されている健康診断がある。

私は2004(平成16)年に定年退職後の翌年度から、
勤めていた企業の保険グループから国民健康保険に切り替えて、
今回は5回めの健康診断を過日の9月16日に大きな総合病院で受診した。

今年の夏は猛暑が多く、散策もさぼったりし、
エアコンの冷風の中で、簡易ベットに横たわりながら、本を読んだり昼寝をすることが、
平年より多かったので、
体重が増えて困ったなぁ、と苦笑したりした。

この検査が終って、三週間過ぎた頃に、健康診断の結果表が郵送配達されて、
『糖尿病で、内科に受診して下さい』
と明記されていたので、私は青ざめたた・・。
そして、翌日に自宅から徒歩10分の内科を専門の病院に行った。


私は2004(平成16)年の秋に定年退職した時は、
身長は170センチ、体重は70キロ弱で少しメタボであったが、
採血、心電、尿検査、血圧測定、そして胃がん、大腸がんの検診も含めて、
至って健康のマークを頂いていた。

私は退職後、直ちに年金生活に入り、
純米酒の辛口好きの私は晩酌の時は、現役時代と同様に2合、ときには3合を呑んだり、
或いはビールの時は500mlの缶ビールを数本を呑んできたので、
この結果、毎年少しずつ体重が増えたのである。

そして一昨年の2008(平成20)年の秋に、健康診断の結果、
78キロとなり、私としてもこれは対策をしなければならないと自覚し、
この後、市の斡旋する『メタボの研修』を翌年の2009(平成21)年2月より、
半年に及び、受講した。

この時は、うら若き保健師の女医さんの優しい指導で、
ビールでしたら350mlの缶ビールを2本までにして下さいね、
と云われりしたのである。
そして、軽い室内体操を毎日10分ばかりした。

そして『メタボの研修』以降は、
国内旅行、冠婚葬祭、或いは懇親会などに限り、地酒をある程度は呑んだりしたが、
缶ビールの350mlを2本までを殆ど守ってきたのである。

もう少し呑もうかしら、と思うと、
何故かしら優しい保健師の女医さんの笑顔が蘇(よみがえ)り、
缶ビールの350mlを2本まで夜が圧倒的に多かったのである。


そして昨年の2009(平成21)年秋に2月健康診断を受診した時は、
体重は3キロばかり減少て、75キロとなり、
優しい保健師の女医さんのおかげかしら、と私は微笑んだりした。
そして私は悦びながら、家内に伝えたら、
『あなたの健康にも良いし・・家計費のアルコール代も減りますから・・』
と家内は私に微笑みながら、云われたりしたのである。


この後、私は相変わらず缶ビールの350mlを2本までを守り、
幾たびか旅行を重ね昼はビール、夕食の時は地酒も呑み、
平素は散策と買物ぐらいの運動不足、その後の猛暑でエアコンの冷風に頼ったりしたので、
今回の健康診断の結果、ふたたび78キロに戻ってしまったのである・・。


この結果の上、『糖尿病で、内科に受診して下さい』とと明記され、
私は青ざめ、翌日に自宅から徒歩10分ばかりの内科専門病院に行き、
検査、そして問診の時、
『国内旅行に何とか70歳ぐらいまで行きたいので・・何なりと御指導をお願い致します』
と私は内科の医師に懇願した。

私は定年の5年前の頃から、60代は五体満足で生かしてくれ、その後は余生である、
と公言してきたが、家内との共通趣味は国内旅行であり、
糖尿病の場合はもとより食事制約があり、
家内は旅行先の美味しい夕食で、私は食べてはいけない料理だったら、
余りにも惨(みじ)めであると思ったりしたからである。

医師から、料理のカロリー試算表を渡された上、
軽い運動を毎日して下さい、と私は云われた・・。

昨今、ここ6週間の私は、家内が料理のカロリー試算表を確認しながら料理を造って貰い、
朝夕頂いている。
そして私は晩酌の缶ビールの350mlを2本さえも取りやめて、煎茶を飲んだりしている。

昼食はフルティ・ランチのようなリンゴを一個、そして柿一個としている。

その上、散策は時速3キロぐらいの歩みから、時速6キロぐらいのウォーキングとなり、
汗をかきながら最低30分は歩き廻り、ほぼ毎日している。


この結果、体重は74キロとなり、4キロばか減少している。
ズボンのウエストも楽になり、ベルトについている穴も2つばかり減り、
何かしら身体が軽快に成ったと微笑んでいる。

しかし、以前ゆっくり歩いた散策の時は、
この時節の晩秋の朱紅色、黄色に染められた錦繍の情景に、深い心を寄せられることができたが、
ウォーキングとなれば、風景が通り過ぎるように心を寄せる瞬時の思いが、
なくなってしまうのである。

やむえず私は、公園を目指して、ウォーキングに専念した後、
公園内で汗をふきながら、ゆっりと散策して過ぎ行く美麗な錦繍の情景に心を寄せ、
そして帰路は、ウォーキングして、ここ三週間の日中のひとときの定例事項としている。
・・】


このような理由で、私は最寄の内科に3週間毎に定期健診を受けて、
悪玉コレステロールは基準値の90%、これ以外はすべて優等生となっている。

そして不思議なことは、冷蔵庫の中にビールがあること、
台所の片隅に日本酒の一升瓶、四合瓶も忘れてしまったりしている・・。
かって呑み放題の生活をしてきた私は、平素の夕食に煎茶でもまったく違和感が感じることなく、
8ヶ月過ぎている・・。

こうした中で、月に一度ぐらいは、自宅で気分一新として、呑む程度である。
そして、昨夕は落ち着かない半年を過ぎたこともあり、
夕方の4時半過ぎに酒宴をして、6時に終えた・・。
たった2合の地酒で充分満足し、お風呂に入った後、
眠くなったので、寝室の布団にもぐり込んだ。

目覚めたのは10時過ぎで、3時間ばかり眠ったか、
とぼんやりとしながら新聞の夕刊、本を読んだり、パソコンに触れたりしている。
平素からの時間帯と大幅に変って、深夜族となったりし、微苦笑している・・。


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