その日暮らし

田舎に暮らすこの虫は「カネ、カネ、カネ」と鳴くという。

雲と自由が棲むという里で百姓に成りきれるかな?

どつぼにはまる…

2022-08-13 08:33:41 | 転職

おつまみの「サザエのつぼ焼き」ですけれど…

「サザエのつぼ焼き」というお題に対して、サザエを壺に入れて焼こうとしたお嬢さんがいらっしゃった。テレビ的には『笑い』を取る場面なのだろうけれど、「壺焼き」自体は、密閉した壺状の陶器で蒸し焼きする調理方法であるから、あながち間違いという訳でもないようである。ただし、巻貝を壺に見立てて直接焼くかいなかであるのだけれど^^;
少しばかり長く生きた経験と知識があるから、未経験の若者たちの『常識』外れの行為を笑い飛ばしてしまう…オジサンあるあるだわなぁ。そのオジサンたちだって、未経験のことが沢山あったはずなのにねぇ…『常識』と言われて、それが当たり前と思い込んでいるだけのこともあったりしてね。酒席での盃のやりとりを「献酬」というらしい。(初めて知った^^;)上席から口を付けた盃を頂いて、さっと飲んで「ご返杯」などといって返す。それが酒席の『常識』と思い込んでいたのでありますが、昔、ある酒宴のお客様に「私は盃のやりとりはいたしません。」とキッパリお断りされましたよ。(『常識』というものが、上席の方から覆された日^^;)さすがに、気まずい雰囲気にならないように理由を述べられておりましたけれど、彼は「旧海軍」経験者らしく、狭く密閉された艦艇内で感染症が発生すれば、瞬く間にまん延してしまうから、衛生観念だけは「旧海軍」で叩き込まれたとのことでしたよ。『アルコール消毒』などと言って、他人が口を付けたものを回し飲みする…よくよく考えれば不衛生極まりないのだけれど、新型コロナ感染症が発生すると改めて、その不衛生さに気付かされてしまう。恐らく、新型コロナ感染症が収束したとしても、「アルハラ」も含めて、盃のやりとりなど無くなってしまうのではなかろうか…今まで当たり前だった『常識』というものなんぞ、あっと言う間に崩れ去ってしまうのよねぇなんて思っております。(サザエの壺焼きから、良くまぁ話を引っ張りましたなぁ^^;)


そうそう、お題は「どつぼにはまる」でした^^;

いや~今年は、トラクターのエンジントラブルに始まり、田植え機の脱輪、草刈り機の故障、井戸水を汲み上げる水中ポンプの故障、今度はキュウリに送水する水中ポンプの故障とトラブル続きでありますよ。家電製品がひとつ壊れると、何故かしら別の家電に不調が生じるなどと言うこともありますわなぁ…。そこに来ての体調不良…散々な年であると自覚しております^^; 「長~い人生、こんな年もあるわさ。」と悠長に構えていられる内は良いのだけれど、こう度重なると『これは何か憑き物に取り憑かれているのかも知れない。』などと考え始めると始末に負えないのであります。今、マスコミに取り上げられている某宗教団体に限らず、不幸や不運が立て続けに起こると、「やれ、屋敷内のあの〇×が悪い。」とか「屋敷内の南側に植えられた松の木(難待つだって^^;)が悪い。」とか、余計な『節介』をしてくれる某宗教団体(現在では認知されているようであるけれど)の信者の方もいらっしゃいましたっけ。人は強いようで意外に脆く、人は弱いようで案外強く出来ている。ことの大小は別にして、不幸・不運というものは確かにある。人の弱味につけ込んでと跳ね返せる内は良いのだけれど、宗教(信心)によって救済されたと思い込んでいる人に、「それは間違っている。」などと諭したところで聞き入れてもらえるものでもありますまい。(二次被害に苦しんでいる方も確かに存在する。)
はてさて、「どつぼにはまる」の『どつぼ』とは、関西エリアで言う『野壺(肥溜め)』の音変化なんですと。「阿弥陀様」の慈悲の働きで救済されるのが「他力本願」の由来とか…『救済』を信じて『どつぼ』を高額で買わされるのは御免被りたいけれど、コロナ禍を理由に、お盆の棚経もあげていただけないなんてねぇ。葬儀のためだけの仏教では、檀家も次第にお寺さまから離れてしまうと思うのだけれど…盆の入りに思った雑感でありますよ(笑)

#戦争反対 神仏のご加護に頼っても、戦争は終わらないだろうなぁ…起こしているのは人間だもの。

コメント
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