内蔵を取って乾燥させたものだが…
俗に『なめくじに塩』とは、苦手なものを前に、縮み上がることの例えでありますが、我が家のオッカーにとっては、ヘビ、昆虫(特にガ)の類が苦手の最たるもののようである。(最近では、嫌いなモノのひとつとして『おやじぃ』も加えられているかも知れない^^;)子どもたちには、悪さをしない生き物を無闇に怖がらないように、小さな頃に触らせたりもしたので見ただけで怖がるということはないようではありますが…。
昨日「お父さん!ナメクジのミイラが付いている!」とオッカーのご注進がありましてね、体内水分約90%のナメクジがミイラになるなんて今世紀最大の発見と確かめてみたら、コカマキリの卵塊でした。ご丁寧に母親とおぼしきコカマキリ♀も近くにおりまして「彼女のお子たちです。」と説明申し上げましたけれど、怖い、キモイという感情がそう見せてしまうのか、彼女の発想力に舌を巻いたところであります。(決して、彼女の前で笑ってはいけない。『発想力』という表現で、彼女を褒め称えることが長生きの秘訣であると既に学習を重ねているから^^;)
『ミイラ』とは、人為的または自然に乾燥した動物の死体であるならば、『干物』もある意味『ミイラ』かしら?洋の東西を問わず、『ミイラ薬(粉末)』なるものも存在したらしいから、お魚の『干物』も不老長寿のお薬になるかも知れないねぇ(笑)
『復活信仰』の為せる業ですかねぇ…
さて、包帯でグルグル巻きにされた『ミイラ男』が街を徘徊する。ホラー作品で観る光景ではあるけれど、乾燥した組織では、タンパク質が変質してしまっており、水分を補給しただけでは、生命を取り戻すことは出来ないようであります。一方、植物の種子の場合は、ロシアの永久凍土から発見された約3万年前のナデシコ科の植物が花を咲かせたという記録があるようです。アハハ、復活を望むならば『乾燥』保存より、『冷凍』保存の方が有効かもしれませんぞ(笑)
はてさて、『僧は死なず、生死の境を超え瞑想に入る』…民間信仰からすれば、ありがたい「即身仏」なるものが山形県内には多数存在するらしい。疫病や飢饉からの救済を求めて、苦行に耐えて『入定』されたということらしいのですが、これまた生きたままの『ミイラ化』に他ならない。オッカーの『ナメクジのミイラ』の発見から、お話は際限なく広がっていく。ご存じ水戸黄門の主題歌「あゝ人生に涙あり」では、「人生楽ありゃ苦もあるさ♪」と歌い上げておりますが、『おやじぃ』は歌詞を替えて『人生いき方しだいで楽できる~♪』と歌ってしまう。自ら『苦』を求めて修行する必要もありますまい。『オッカーの新発見』に吹き出しそうになるのを堪えながら生きていることの方が『楽』といえば気楽でありますよ(笑)