夜にネコの目が光るのは?
それは目にある「タペタム(輝板)」という組織からの反射光らしい。それとは別に、ネコは紫外線下で輝く(蛍光)らしい。人の目には「タペタム」は存在しないらしいのだが、人間もまた輝くらしいのだけれど…。(今朝の配信記事より)
「いつもの景色が違って見える。」のは、心の有り様に変化があったからであり、それとは別に『色』というものは『固定』されたものなのだろうか?などと、また下らないことを考え始めた。たとえば「青」や「赤」という『色』は、子どもの頃から教え込まれた『色』であり、それに寄せた(近い)『色』を『青』や『赤』と表現しているのではなかろうかなんてね^^; 人の場合は、通常「3色型色覚」であり、「赤・青・緑」の3種類の「錐体」で色を認識しているらしい。いずれかが欠如した場合、「2色型色覚」とされ、色覚異常とされる訳ではあるけれど、稀に「4色型色覚」を持つ人も存在するらしい。こうなってくると、3種類の「錐体」の数に多少のズレがあっても良い訳であり、『おやじぃ』が『赤』といって譲らない『色』も、あなたから見たら少々違う『赤』に見えているのではないかなんてね…朝から実にうっとうしい(笑)
何色に写って見えるのだろう?
さて、『おやじぃ』が朝から『色』にこだわったのは、「ネコにも蛍光特性があった。」という配信記事が元であり、ヒトを含む125種類の哺乳類にその特性が見られたというネタ…それとは別に、『バイオフォトン』なる細胞レベルでの発光メカニズムもあるようだ。そうか、人は元々『光輝く』存在だったんだなんてね^^;
はてさて、日々、生き生きと活動されている方は『光輝いて』見えるものである。内側から湧き起こる『活力』のなせる業でありましょうか?一方、光を当てられて『光輝く』人たちもいらっしゃる。これを『スター』と呼ぶのかも知れない。光が当たる部分と陰になる部分と、一方向からしか光を当てないのだから『陰』があるのは仕方がない。『光』を浴びれば金になり、『陰』を暴けば金になる。行きつくところ『金』になることが『正義』という『色』だったりしてねぇ…。見え方に違いがあっても良いはずなのに、『見方』を一方的に強制されていないかい?『輝いて』いる人の足を引っ張って留飲を下げるような生き方だけはしたくはないけれど、憧れが妬みに変化してしまうのも世の常でありますなぁ(笑)