毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

リーラ♪

2013年09月20日 09時54分05秒 | ふと思うこと


台風の後、ほんとうにすとんと秋に切り替わってしまいました。

朝晩なんて、涼しいの通り越して寒いぐらい(^_^;)

昼間はさすがに30度前後ぐらいまでは上がるようだけれど、あの猛暑をくぐり抜けた後で そんなの暑いうちに入りません

お日さまの威力がこれ以上落ちる前に、と、タオルケットやらカーテンやら 厚地のものを 連日洗っては干し、洗っては干し。

カーテンレールのほこりも取って、窓やサッシもきれいに拭いて、洗い立てのカーテンを下げると、まあなんて清々しいんでしょう♪

夏のいささかくたびれた空氣を秋の新鮮な空氣と入れ替えて、家の中が少しずつ明るくなっていくのがうれしい毎日です。



夕べは中秋の名月、雲ひとつない夜空に 磨き上げたようなまぶしいお月さま

深夜、お隣小学校の芝生で ひとり見とれていました。

彼岸花も咲き始めたし、鹿の初鳴きも聞いたし、日の長さもどんどん短くなって、巡ってるねぇ、季節♪






ここしばらく、思いや氣づきはたくさんあるのだけれど すっきり言葉にならない日が続いていましたが。

あらためて、万事がすごく単純なことだったんだと思えてきました。


行って 返る    行って 帰る    行って 還る


それだけのこと。



そもそも、母のおなかの中にいる時点で、「行って」はすでに始まっていたんですね。

本来の自分でないもの、形ある“いつわり(誕)”の存在として生まれ出て、まわりからいろいろと影響を受けて 曇りをどっさり増やして 悩んだり苦しんだり、そんな中でだんだんと氣がついて、本来の自分に「返る・帰る・還る」ことを始めて。

薄紙を剥ぐように 自らつけた曇りをひとつひとつ取りながら、いつかまた 夕べの満月のように 澄んだ輝きを放つ自分に戻っていくんだ、と



やたら頭でややこしく考えて、すべてがものすごくもつれて訳わからなくて混乱していたときもあったけれど、

どうも 見ていたものは ずっと同じだったらしい。

私のフィルターの目が粗いほど、すくい取れるものも少なくて、世界が混沌として見えていただけのこと。

頭をぶつけては氣づき、ぶつけては氣づきするうちに、ちょっとずつ整理されてきて、手のつけようもなくごちゃごちゃだったものが、実はとってもシンプルなつくりになっていたのがじわじわと見えてきました(^^)




サンスクリット語に、「リラ」とか「リーラ」とか呼ばれる言葉があるそうです。

「神々の遊び」「神々の戯れ」っていうような意味なんだって。

すべてであり 完璧である存在が、自分の素晴らしさをもっと味わい 実感したくて、この世界を創り、さまざまな形に分かれて いろいろな体験をすることにした。

私たちは、その大いなる存在のかけら、“神であることを忘れた神”なのだと。

自分でないものになって、またほんとうの自分に戻っていく。

それが生きるということであり、ひとりひとりが授かった人生そのもの。



そんなふうに見るとね、

かつての頭を抱えるような思い出、できればなかったことにしたいというような出来事さえ、すべて予定調和のプロセスの一部、なにひとつ否定しなくていいんだな、と、おおらかに受け止めることもできる氣がします。


混沌しか見えなかったときは、キリキリ舞いしてのたうちまわって、今振り返ると つくづくご苦労様だなぁ、あんな大騒ぎしなくても良かったのにね、とため息つきたいような氣持ちにもなるんですが(^^ゞ

でも、そうやってジタバタあがいたからこそ ひとつずつ殻を脱ぎ捨てて ここまで来られたのであって、やっぱりなにひとつムダ・無意味なことはないんだなぁと、あの頃の自分のがんばりに 心底お礼を言いたくもなるのです。



・・・って、繰り返し同じこと言ってるなぁ

それはそうだよね、ずっと同じものを見ていたんだから。

ただ、より精密に より鮮明に 見えるようになって、ありがたみも増してきたというだけのこと。



いつわりの中で 本氣であがく自分に加え、すべて自ら仕掛けた「リーラ」であることを なんとなくわかってる自分が 少しずつ育ってきて、

複数の視点を行ったり来たり(自在に、とまではいきませんが)できるようになって、生きることが一段と楽に 味わい深くなった氣がします。

深刻になるよりは 面白がって、苦闘ではなく 遊びであることをわかって。

表向きやっていることには 大した違いはないんだけどね



さて、きょうからまた奈良に行ってきます。

密に関る人が増える環境で、またまたおおいに遊んできます (⌒∇⌒)ノ
















夏過ぎて

2013年09月15日 10時12分27秒 | 自然


またまた長のご無沙汰でした。

猛暑記録更新などとやたら騒がれたこの夏、みなさまお元氣でしたか?

私はおかげさまで相変わらずピンシャンしております(笑)



8月はお盆前から半月ほど実家に行っていました。

よりによって この夏の暑さのピーク時を 盆地氣候の奈良で過ごすのってどうなのかな?といささか氣がかりでしたが、行ってみれば何のことはない、瓦屋根で二階建ての実家は、風通しさえよければ 一番暑い時間帯でも トタン屋根で平屋のわが家よりはるかに涼しく、クーラーを使うことなく 目一杯汗をかきながら、軽快に家事をこなしておりました。

そろそろ帰ろうかな、という頃になって、かなりまとまった雨が降り、そのあとは一氣に秋の氣配濃厚なお天氣に。

日ざしはまだ十分濃いけれど、空氣はからりとさわやかで、しかも日照時間がどんどん短くなってゆくから、あの猛暑を乗り越えた身には 真夏日再来の残暑もナンボノモンジャ

十津川村が今夏最高氣温を記録したという出発日から、戻ってみれば 晩など窓を閉めないと肌寒く感じられるほどの冷涼さ、セミの声も一氣に少なくなり、夏から秋にすとんと入れ替わってしまったような氣候の変化にとまどうほど。

なぜかあのすさまじく暑い日々が 恋しく名残惜しく思えたりして。

9月に入った今ごろになって、アイスクリームを1個、2個と買ってきては、一番暑い時間帯に「夏を味わうのも今のうちだぁ~」なんてせっせと頂いたりね(笑)



そしてきょう、台風18号の影響で、早朝からかなりの大雨。

この台風が去ったら、いよいよ本格的な秋の到来だとか。

わが家の裏手の山肌にも、彼岸花の茎が あちこちににょきにょきと見え隠れ。

上の方には 早くも赤らしき色がちらとのぞく蕾もあったりして。

きっと台風一過の秋晴れの下で 少しずつ咲き始めるのでしょうね(^^)



厳しい残暑が続くぞ続くぞとさんざん言われていたのが、あっけないほどすかっと秋の空氣に切り替わって、今ではあのうだるような日々が なんとも懐かしい♪

この台風の大雨・大風も、真夏のけだるさや埃っぽさをきれいさっぱり洗い流し、いささかくたびれた動植物たちにきりっと活を入れると同時に たっぷりの潤いも与えてくれる、浄化と恵みの雨風なのかもしれません。



朝から家中涼しく、また 外回りのことがいっさい出来ない分 時間にもゆとりがあって、久々の近況報告と相成りました♪

さっきから立て続けに、波浪警報のお知らせやら 水かさが増したダムの放流のお知らせやら、これからいよいよ本腰入れて荒れてきそうです。

きょうは家の中でおとなしくしていようっと。



このお天氣の中を外出される方、もしおられたら どうかお氣をつけていらしてくださいね。