毎日がしあわせ日和

ほんとうの自分に戻れば戻るほど 毎日がしあわせ日和

宇宙の中心で決意を叫ぶ ~ 意を決するということ

2020年07月06日 11時59分29秒 | 貴秋の視点、すなわち偏見
きょうもまずは写真から、これは6月5日に撮った満開のドウダンツツジ。



ちょん切られて彦生えだったのがここまで大きくなり、お日さまがスポットライトのように当たるさまが素敵で、思わずパチリ☆




以前に見たアメリカかどこかの番組で、辛い体験をしてカウンセリングを受けようとする少女の一場面が記憶に残っています。

そのときカウンセラーグループのひとりが言ったのが、「助けが必要なら、まず自分の口で 『助けて』 と言いなさい」 。

最初は口の中でつぶやくような声しか出せなかった少女ですが、まわりから 「そんなんじゃダメだ、もっと大きな声で!」 と促され、ついには泣きながら悲鳴のような声で 「Help Me!!」 。

と取り巻いていた輪が解け、皆が 「よくやったね」 「もちろん助けるよ」 と口々に言いながら彼女を抱きしめます。

このあとカウンセラーが 「こちらがどんなに助けたくても、自分から助けを求めようとしない人を助けることはできないんです」 というようなことを言っていたのが忘れられません。




自分から 「やる!」 「やりたい!」 という氣持ちが湧いているときといないときとでは、物事の進み具合が大きく違います。

貴秋がピアノ教師をしていたとき、ほんとうにピアノが好きな子は 教師の登場など待たず弾きたいものを自己流でどんどん弾いていて、自分だけではどうにもならないところですかさず 「これどうやったらいいの?」 と支援要請してくるので ぐんぐんうまくなって双方楽しく事が進みましたが、これが親の 「やらせたい」 を自分の 「やりたい」 と取り違えている子だと、やりたいという言葉を疑わざるを得ないほど受身で、こちらがこれは好き? じゃあこれならどう? とあれこれ考え抜いて提示して見せても 「う~ん。。。」 と反応が鈍くてどうにもならない。

この体験から学んだのは、どんなことでも望む結果を出したいなら まず自身の意志意欲が不可欠だということです。




と ここで問題になるのが、自分がほんとうに好きでやりたくてたまらないことなら 意欲が湧くのは造作もないことですが、病氣や揉め事 ・ 失職などの憂き目を見て いま向かっている方向は望みと明らかに違うと氣づき、望む方に向きを変えたいのだけれど。。。という場合。

とにかくこれ以上このまま前進したくはないという氣持ちが方向転換の手がかりを引き寄せてはくれるのですが、手を出し掴み取って実行するだけのモチベーションやパワーが足りないのです。

こういうとき 前述の少女に協力要請を促したカウンセラーたちのように 私たちに力を与えてくれるのが、大きなピンチとそこから引き出される “火事場の馬鹿力” なんですね。

ちょっとやそっとのことでは動かない人も、生命の危険が喉元まで迫るほどの大ピンチとなれば さすがに動かずにはおれなくなるもの。

そして いまにも押しつぶされそうな不安や恐怖が極限まできたとき 不意に湧き起こるのが、この “火事場の馬鹿力” 。

これこそ意識の奥底に眠っているパワーやモチベーションを叩き起こして噴出させる、頼もしい助っ人です。

ここで 「こうなったらもうなんでもやってやる!」 と意を決することが宇宙への宣言となって、道を開いてくれます。




今回のコロナ騒動で恐れの底を打ち方向転換した人の数が 地球全体のありようを変えるほど十分でなければ、今後さらなる追い討ちがかかるでしょう。

すでにロックダウンの後遺症である経済危機があちこちで火の手を上げ、押さえ込んだかに見えたコロナウイルスも第二波への警戒がささやかれ、氣候変動による大規模災害や食糧危機も指摘され、実際日本でも大雨や河川の氾濫などが起きています。

このような記事がいま悲しみ苦しみのただなかにおられる方のお目に留まる可能性を思うと申し訳なさに氣が引けますが、それでも今のようなときにこそ必要な情報と思い 敢えて申し上げれば、どんなことにもネガポジの二面があるもの、自分を苦しめるためとしか思えないような理不尽な出来事も、見方を変えれば このままでは破滅に向かうしかない事態の向きをぐいっと転換させる起爆剤となりうるのです。

恐怖に立ちすくんで身動きとれないようなとき、恐れのあまり悲鳴を上げて救いを求めずにおれないようなときこそ、どうかこのことを思い出して 「このままむざむざ呑み込まれはしない」 と決意を固めていただければと思います。