ちょっと言いたくなったこと♪
自分の体験を書いていて、違う違う、こんなにスッキリきれいでもスムーズでもない!と言いたくなることが ままあります。
どうもね、人の記憶や思考回路って、ほとんど使われなくなったものや 忘れてしまったものも含め、すべてが今・ここに同時に存在しているような氣がするんです。
でも、一度に意識できるもの・言葉化できるものは ひとつだけ。
そのとき焦点を当てたものが、そのときの世界のすべて。
ただ、その焦点が ちょこまか移動したり、突然の連想で とんでもないところに飛んで、すぐ戻ることもあれば 戻らないであさってに行っちゃうこともあり、などと、いろんなパターンで よく動くんです。
だから、言葉上はすんなりうまくいったようにとれることも、実際にはもっと混沌としたあげくのことだったりするわけです。
じゃあ、正確なところをお知らせしたければ、そのカオスっぷりをていねいに描写すればいいのかというと、そんなことした日には、こんな長文ブログをたびたび見に来てくださる忍耐強い方々でさえ、堪忍袋の緒が切れようというもの。
・・・・・いや、その前に 自分の拙い文章力が 限界を超えちゃうよね(^_^;)
さらに、当然といえば当然のことながら、文章を書く氣力が起こるぐらい調子のいい日にしか ブログを書かないという事情もあります。
イライラしたり落ち込んだりしているときは、ブログどころじゃないもの。
そして、せっかく氣分のいいときに わざわざ落ち込んだときのことを思い出して書きたいなんて思わないから、「ブログの私は いつもニコニコ元氣印♪」みたいな印象になっちゃうのも 仕方のないことなのかな、と。
私はこれまで、実際にお会いした方々、また いろいろな本やサイトの著者の方々から たくさんの手がかりをいただいて、それをもとに 自分なりに考え 検証して、自分なりの「これだ!」という道を少しずつ見出しながら、ここまで来ました。
以前の キレやすくて 落ち込みやすくて 疑り深くて 自信のなかった自分が、感情がコントロールできるものだということさえ知らなかった自分が、多くの方に助けられて 感情の御し方を覚え、徐々に徐々に変化して、かつてないほど 穏やかな時間の多い日々を過ごせるようになりました。
私の答えがピッタリ当てはまるのは おそらく私だけだろうけれど、でも 他の人にもヒントになるようなことは けっこう含まれているんじゃないかという氣がするのです。
だから、私がそうしてきたように ご縁のある方々にも いいとこどりで使っていただければと思い、こんなものをつらつら書いています。
そのときに、いやにスッキリきれいに見えてしまう文章に、「自分はそんなにうまくいってないからなぁ、まだまだなのかなぁ」などと がっかりしたり 不安にかられたりしないでいただきたいのです。
言葉の性質と 私の拙い表現力のせいで そういう印象になっているだけです(^^ゞ
すんなり十歩進んだようかのように見える文章も、実は、三歩進んで二歩下がり 四歩進んで三歩下がって、ときには遠い過去までワープして もののはずみでまた戻り、はっと氣づいたら十歩分ぐらい進んでました、が正確なところだったりするのです
今でも、不快な記憶が次々湧き起こったり、「赦す」ということの難しさに頭を抱えたり、昔もめた相手が あるときは最も親しい魂仲間、あるときは思い出すのもおぞましいヤツと 見方がころころ変ったり、なんてこと しょっちゅうです
そういうものなんだと思います。
いや、他の多くの方のことは知らないから 断定はできませんが、少なくともそういう道もあるし、それはそれで自然なことだと思うのです。
同じようなところを行ったり来たり、それでいてまったく同じではなくて、少しずつ高まったり深まったりしているのです。
だから、同じところに引き戻されたように見えても、「進歩ないなぁ、自分」とがっかりすることはないのです。
堂々巡りで一歩も進まないほうが、むしろ不自然。
よくあろう、よくなろうという意思さえ持てば、少しずつでも 必ず進んでいるんです。
今は 世の流れが後押ししてくれるから、ずっと楽にいけると思います(^^)
最近、過去の自分に声をかけることが 以前にも増して多くなりました。
あきらめずにがんばって 今の私までバトンをつないでくれて ありがとう、って。
あなたの努力は必ず報われるから、今の私が保証するから、辛いことも勇氣を出して乗り切って、って。
言われる側の自分であったころ、今みたいないい日が来るなんて、想像できなかった。
今の私の視点から 過去の分身たちをずらり眺め渡すたび、人間変れるものなんだ、って 喜びと勇氣が湧いてきます。
そして、失敗だらけだった彼女たちが たまらなくいとおしくなるのです。
もっと未来の私も、今の私を眺めて 同じようなことを思っているかもしれない。
あきらめなかった人なら誰でも、必ずそういう日がやってくるんだと信じます