太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

8月になると

2016-08-15 19:38:42 | 日記
8月も半ばになった。

8月半ばから終わりにかけて、日にちを確認するたびに

重苦しい思いが雨雲のように湧き上がって、心を覆う。

小学校1年から、高校卒業までの12年間、毎年8月に体験してきたことが思い出されるからで、

それは何をもってしても取れない頑固なシミのようだ。


夏休みは大好きだが、大嫌いでもあった。

宿題さえなかったら、どんなに夏休みは楽しかろう。

夏休みが3ヶ月もあって(最近は2ヶ月になった)、宿題がないアメリカの子供に

羨ましさを通り越して憎しみすらおぼえた。


宿題をやればいいだけのことなんだけれど、それができたら世話はない。

夏休みが始まる頃、「よし7月中に半分は終わらせるぞ」と毎年決意する。

そして大変立派な計画表を作る。

2日か3日は表のとおりに宿題をやる。

8月になったらがんばって取り返せばいいやと思ってダラダラ遊ぶ。

ところが、8月になってもがんばらない。

がんばらずに何をするかというと、

計画表を見ながら、10日でやるはずのものを、いったい最高どこまで

やらずに引っ張れるか、を検討する。



わかっている。ここが私の失敗するところだ。

そんな検討をするぐらいなら、書き取りや夏休みの友の1ページでもやればいいのだ。


そうやって検討を重ねた結果、かなり無理なスケジュールになっているので、

そのとおりには進まない。

計画はズレにズレて、もはや計画表など存在の価値はなくなり、見るのも嫌になってくる。

残された日数と、残された宿題の量を頭の中で秤にかけて憂鬱になる。

それがだいたい、8月の半ばなのである。


憂鬱になりながらも、がむしゃらにやるかというと、そうでもない。

今日はおばちゃんちに行ったから、とか、家の手伝いをしたからとか、やらない言い訳を見つけては

まだぐずぐずとやっている、

そしていよいよ泣きが入るのが、20日過ぎである。

泣いても笑っても、あと10日しかない。

宿題をやらずに学校に行く度胸もない私は、母に叱られ、父や祖父にまで頼み、半泣きで宿題をやる。

小学5年の時の宿題に、先生にハガキを出すというのがあり、

それに気づいたのが28日で、今から出しても間に合わない。

さんざん叱られながら父の運転で先生のお宅まで行き、お宅の郵便受けにハガキを入れたこともあった。



さすがに中学あたりからは、父や祖父まで巻き込むことはなかったが、

それ以外はほぼ同じで、つまり12年間にわたり、ばかみたいに同じ夏を繰り返していたのだ。

「毎年毎年、どうしてそうなるの?!」

まったくもって母の言うとおりだ。

こんなに学習しないのも、これはこれですごい。



宿題の重圧、というより、宿題があるのにやらないことの重圧。

やればいいだけのことなのに、どうしてやらないのか自分でもわからない。

もう何十年も宿題のない夏を送っているのに、今でもあの重苦しさだけがよみがえるのである。









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