太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

Haleiwa Joe's

2020-08-26 09:43:08 | 食べ物とか
まさかと思ったけど、ハワイは2回目の都市封鎖(STAY AT HOME ORDER)となった。
8月27日の夜中12時から、とりあえず2週間。
これでまた美容院にも行けず、ようやくオープンしかけたレストランもテイクアウトのみに逆戻り。
私の仕事は完全に休み(まだ連絡ないけど、きっとそうだ)


ロックダウンが決定した昨日、そうなることも知らずに近所の「Haleiwa Joe's(ハレイワ ジョーズ)」に義両親と出かけた。

我が家から車で3分。
何かがあるといっては、何もなくても定期的に行くレストランの一つ。
いつもものすごく混んでいる。予約を取らないので、時間に余裕があるときでないと行けない。



ロックダウンになるとも知らずにいる人達で一杯。

テーブルからの景色

池にガゼボ(東屋みたいなの)が張り出している。
右手にはこじんまりした教会があって、ここで結婚式が挙げられる。
隣家の娘アシュリーは、来月ここで結婚式をやるつもりで招待状ももらったのに、
コロナ騒ぎでキャンセルせざるを得なくなってしまった。残念・・・・・

池まで歩いてゆく

池には鯉と亀がたくさんいる

池からレストランを見上げる

40年ほど前、義両親と夫と義兄は、今の家を買う前にこのすぐ近所に何年か住んでいた。
7歳だった夫が友達と自転車でこの店に乗り付けて、バーに座り、シャーリーテンプルを頼んだという話が、ここに来ると必ず出てくる。
当時、近所に住んでいた人たちとは家族のように親しくて、
それぞれに住む場所はわかれても、今でも交流がずっと続いている。
子供たちも小さく、義両親たちも若くて、きっと1番楽しい時代だったのではないかと思う。

マッシュルームとチーズの前菜

ウェッジサラダ

カルビ
甘くて日本人には馴染みの味。
ココナツシュリンプ

ここに来たら、カルビとココナツシュリンプは外せない。


これでまたしばらく外食はできなくなる。







人からどう思われるか気にならない崖

2020-08-25 14:19:23 | 日記
ウォーキングしながらゴミを拾っている人がいる。
最初に見かけたのは、8年ほど前。
彼は長い傘を横にして持ち、そこにゴミを入れる袋を吊って、ゴミを拾うトングを片手に、驚くほど遠くまで歩く。
住宅地からハイウェイを歩き、街まで行って、戻ってくると、10キロ以上はあるだろう。
道々には、集めたゴミで一杯になった袋が置いてあり、あとで車で回収する。
きっと、殆どの人が彼を知っていて、通り過ぎる人が声をかけ、
車から手を振り、立ち止まって話をする。


今朝、通りに出たら、歩いてきた彼と鉢合わせした。
私はこの8年間、ずっと聞きたかったことを聞いた。
「お名前を聞いてもいいですか?」
彼は白い歯をにかっと見せて笑った。
「ハーマンっていうんだ」
「私はシロ。いつもきれいにしてくれてありがとう、ハーマン」
「もう何年もやってて、歯を磨くのと同じなんだよ」
「ずっと前から知っていたよ、今日やっと名前が聞けてよかった」
「シロ、声をかけてくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」



日本に住んでいた時、休日に夫が、町内のゴミを拾っていた。
街路樹の根元に捨てられたファーストフードのゴミや、空き缶などで
スーパーの袋はすぐに一杯になった。
何度か私も同行したのだけれど、道行く人がジロジロと見る。
それは夫がガイジンだからなのか、ゴミを拾っているのがただ珍しいからなのかわからないが、
私はいたたまれないような気持ちになって、早く家に戻りたかった。
ゴミを拾いながらどんどん駐車場にまで入ってしまい、
ガイジンが駐車場で何か良からぬことをしているのでは、と思われるのではないかとさえ思った。


資源ごみの日に、拾ったゴミをゴミ置き場に持って行ったら、見張りのオジサンが険しい顔で言った。

「ちょっとちょっと、それなに?勝手に置いていかないでよ!ガイジンはこれだから困るんだよ、どこに住んでんの!」

アッタマに来た私は

「この町内で拾ってきたゴミだけど?そこの大石さんの隣のアパートに住んでます!!」

と言い、文句あっか?とばかりに睨みつけると、オジサンは黙ってしまった。
何を言われたかわかっていない夫が、ニコニコしながらオジサンにお辞儀をして、
オジサンはますます困った顔をしていた。


これは明らかな人種差別だ!と怒りまくった私だったが、
ガイジンがゴミ拾いをして怪しまれるのでは、と先に思ったのは私であり、
だから、怪しく思うオジサンと出会っただけだということを、後になって知る。

「どうしてゴミを拾うの」
と聞いたら
「僕はこの町が大好きだから」
と言った夫の、人からどう思われるかが気にならない人間性を思う時、
まるで切り立った崖のてっぺんを下から眺めるような気持ちがしたものだ。


自由度において、私はまだまだ遠く夫には及ばないが
あのとき、人からどう思われるかが気にならない崖の1番下にいた私は、
今は崖の真ん中近くにいるのではないか。
ハーマンと話して思い出したことである。










なんでも冷凍庫

2020-08-25 09:26:33 | 日記
夫は冷たいものが大好きで、なんでも冷凍庫に入れる。

帰宅すると、まず、買ってきたビールを冷凍庫に入れる。
冷蔵庫に在庫のビールがあるときは、
「4時になったらビールを6本、冷凍庫に入れておいてね」
と電話をしてくる念の入れようだ。
野菜スティックのディップにするハムス(ひよこ豆のディップ)やサワークリームも、
食べる30分前に冷凍庫に入れる。
チョコレートも。
さきイカも。
ブルーベリーも。
おせんべいも。
冷やし中華を乗せるプレートも。

「冷たいものはキンキンに冷たいのがいいんだよ」

グラスに入ったビールに氷を浮かべて飲むのは、夫だけじゃない。
ハワイの人の独特な飲み方だろう。
私も最初は「えー・・・」と思ったけど、
「ジンジャーエールだってスパークリングウォーターだって氷を入れるのに、
なんでビールはだめなのさ」
と言われれば、そうかもしれない。

凍らせたほうが美味しいと私が思うのは、ブルーベリーブドウ
買ってきたブルーベリーやブドウを水で洗って、水けをきって凍らせて
凍ったまま食べる。
凍らせると、甘さが増すように思うし、シャーベットのようだ。



暑くても、私はシャワーは温かいお湯のほうがいいのだが、夫は水。
仕事中も、大きなサーマスに入れた氷入りアイスティを、
アイスティがなくなったら冷たい水を足して、1日中飲んでいる。

こんなに冷やしても、夫はいつも「熱い」。
皮膚の表面に手を近づけると熱気を感じる。
日本でも、冬でも天気が良ければ半袖で、11月に北海道を訪れたときも
夫だけが半袖Tシャツで歩いていた。
こういう暑がりは白人アメリカ人に多いようで、寒空の下、半袖短パンで歩いているのは、たいてい彼らだと思っていい。


それでもこれじゃあ内臓が冷えてしまうんじゃないかと思い、
毎朝の夫の味噌汁に、これでもかの大量の生姜をおろして入れているが
焼け石に水のような気がしないでもない。









パワースポット

2020-08-24 11:57:24 | 日記
パワースポットと言われている場所で、パワーを感じたことがない。
それは私が超のつく鈍感だからなのだが、
あのセドナですら、私は何も感じなかったので、パワースポットを目的にするとか、
ここはパワースポットなのだから、とか思うのをやめてしまった。


あるパワースポットに一緒に行った人が、その場所に着いた途端、具合が悪くなってしまったことがある。
そこは有名なスポットで、多くの人が訪れていた。
その人いわく、

パワースポットには、パワーをもらいたいと思う人々の欲が溜まっている

ということだ。
あまり人が来ないところならそれほどでもないらしいが、そこは有名な場所だったから、
人々の欲のエネルギーにやられてしまったのだと思う、と言った。

なるほど。
ご利益(?)を期待して集まる人の
「くれぇ~、くれぇ~」
という想念は、たしかに重いような気はする。
それすら感じないほどのノーテンキな鈍感者の私は、
ますます、パワースポットだからといって行っても、毒にも薬にもならぬ。


そんな私でも、「立ち入ってはいけないのではないか」という感覚は、感じることがある。
ハワイには、いたるところにヘイアウと呼ばれる、昔ハワイアンの人々が作った祭壇のような場所がある。
いくつかのヘイアウは、ここから先には行ってはいけない、というシグナルが
私の深いところからやってくる。
カウアイ島に行ったとき、
メネフネの池と呼ばれている場所に行こうとしたら、
ほぼ1本道なのに迷ったり、車が動かなくなったりして、これはおかしいと思って引き返してきた。
カウアイ島の自然は、人を寄せ付けたくないという、オアフ島とはまったく違う厳しさと深さがあるように思う。


わざわざ出かけなくとも、パワースポットはすぐ目の前にあるのだ。
家の中の、落ち着く場所。
庭の木洩れ日の下。
近くの海。
夫だったら、ヘヴィメタをガンガンに聞いている時、というのも入る。
だから、「どこか」に「もらいに行く」必要はない。



玄関の外にあるマットを買い替えようと、いろいろ見て歩いていたのだが、
欲しいと思うものに出会えない。
それで、古いマットに色を塗ってみた。





元々は、全部濃いグレー。
ヒトデや小石の形に、模様が浮き上がっていて、その部分に色をつけた。
塗る作業も楽しかったし、6年使ったマットが生き返って満足。







チマチマするのをやめた

2020-08-24 11:51:50 | 日記
私は、決めた。

チマチマ節約するのはやめた



本来、私はケチで心配性で、お金がなくなったらどうしよう、という不安の中で生きていた。
恵まれたことに、これまで生きてきて、お金がなくて困ったことなどないのに、である。
出元は母の、お金に対するネガティブな刷り込みだ。
『お金が貯まるとロクなことがない』
母はよくそう言っていた。
本業以外に、いろんな会社を作っては潰してきた奔放な父の尻ぬぐいをするのは母だったから、
母がそういう信念をもってしまうのも無理からぬことだったかもしれない。



母の信念でいくと

お金が貯まる → ろくでもないことが起きて、なくなる

その信念を信じているから、ほーらね、やっぱりそうなった、ということが起こり、
ますますその信念を強くしてゆく。

でも同じことを、別の角度から見たら

お金が必要なことが起こる → ちょうど払えるお金があったのでよかった

と思うこともできる。ほーらね、必要なときにちゃんとお金があるようにできてるんだよね、となる。

前者の信念で生きていると、本当にそうなる。
後者の信念で生きていると、本当にそうなる。
しかし起きていることは同じなのだ。

私はずっと前者だったから、わかる。
顕著なのは、前の結婚時代に家を建てたとき。
相手は高給取りで、私もフルタイムで働いていたから、普通に考えれば月々のローンは楽に払ってゆけるはずだった。
でも私は30年という借金が重く、払ってゆけるのかどうか不安で不安でたまらなかった。
ワイシャツは家で洗い、月の初めに予算を袋わけして管理し、
ボーナス時にできるだけまとめてローンを払い、きりきりと節約をしていたが、
離婚する段になったとき、びっくりするほど貯蓄はなかったのだから恐ろしい。
なりゆきから家を建てたこともあり、頭金にする現金が足りず、姉や両親から借りたほど、うちにはお金がいつもなかった。
毎月がっつり入ってくるお金は、いったいどこに消えてゆくのか。


今の夫と再婚し、収入は二人合わせても前の結婚時代の半分にも遠く満たなかったのに、私の気持ちは豊かだった。
そして、なぜかどんどんお金は貯まっていった。
お金って、形のあるものじゃないんだ、と理解したのはそのとき。


ハワイに来て、夫の転職続きや、無職の時期などがあり、
私の中に再び、古い、母と同じ信念が顔を出すようになった。

気が付くと私は、精肉売り場でひき肉を買う時、肉の良しあしでなくて値段を比べていて、
8ドル39セントよりも、7ドル99セントのほうを買う。
アロハ豆腐は、美味しいお豆腐なのだが、ちょっと高いので
普段はハウス食品の豆腐を買う。
アロハ豆腐は3ドル50セントで、ハウスは2ドル50セントほど。


ある日、そういうことをしている自分がほとほと卑しくなってきた。
私が美味しいと思うものを、私に買ってあげようと思った。
何万円という話じゃない。
50円とか100円足す価値が、自分にはないのか?と思うと悲しくなる。
私はそうやって、自分に悲しい思いをさせてきたのだ。

今、私は喜んでアロハ豆腐を毎日食べる。
見て、美味しそうな肉や魚を買い、よさそうだと思うものを買う。
スーパーマーケットで値段を見ないで買うことも増えて、
先日、買ったロメインレタスが700円だったと後でわかった、ということもあった。
700円は、ちと高かったけど、
700円もするレタスを買えるお金があってラッキーだ、と思うことにする。


お金は空気のように、あって当たり前。
使ったら、なくなってしまうっていうのは真っ赤な嘘。
喜びともに使い、感謝して元の流れに戻せば、循環してどんどん流れ込んでくる。

「そんなはずないじゃん、実際の収入は数字として出てきてるわけだし」
と言いつのるエゴを、
「今の何倍もの収入があったとき、どうだったか思い出してみ?」
と諭す。
「ない、ない」「なくなっちゃう、なくなっちゃう」
と念じながら生きていれば、そうなる。


私は私の信念どおりに生きてゆくようになっているはずなのである。