『中学聖日記』
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まず半年以上も更新してないからもう誰も読んでないと思いますが。
ブログというか文章を書くのは好きだけど、ここしばらく文章を書く業務が激増して、それに伴って目を通す資料も増えるし(外国語もありますハイ)、コロナ禍で観たかった映画の公開は遅れる劇場は休館になる舞台もイベントもオンラインになり出不精になる、そして書くことがさっぱりなくなる、という引きこもりまっしぐら生活なわけでございますよ。
実はこの連休中にもあげなきゃいけない原稿ごっそりあったりしますが、とりあえず現実逃避…。
『中学聖日記』はかわかみじゅんこの同名コミックを原作に、2018年に有村架純主演で映像化した連続ドラマ。
放送当時は全然観てなかったけど、最近ちょっと気になって観てみたら、これはいい意味で結構リアルな話なんじゃないかなあと思い。
3年も前の作品なので完全ネタバレでざっとあらすじを紹介すると、非常勤講師を経て晴れて夢だった教師になった聖(有村)は、受け持ちのクラスの生徒・黒岩晶(岡田健史)から、突然「好きになっちゃいました」と告げられる。当初は思春期の子どもの心の迷い程度にうけ流していたが、晶からの真剣なアプローチは日に日にエスカレート。婚約者(町田啓太)がいると固辞しても晶の暴走は止まらない。
結局、聖は晶からぶつけられる恋心に抗いきれず、淫行教師として中学校を退職、婚約も破棄。別の地域の小学校で再スタートをきるのだが、3年後、大学受験を控えていた晶が、SNSで聖の居場所を知って追いかけてきたことから保護者の間で過去の問題が噂になり、やはり退職を余儀なくされる。
それでも晶は聖を諦めようとせず、女手ひとつで息子を育ててきた母・愛子(夏川結衣)は、代理人弁護士(桜井聖)を通じて「晶といっさい接触も連絡もしない」という誓約書を提出するよう聖に要求する。
全11話を大雑把に説明しちゃうとこんな感じですが、ぼさっと観てれば、教師と生徒の禁断愛、年齢をこえたせつない純愛物語みたいに観えなくもないけど、実際はかなりシビアです。
まず聖に執着する晶が若干コワイ。聖本人を含め、家族や周囲の人たちがあらゆる手段でどれだけ止めても、とにかく全力で聖を追い求める。成績優秀でスポーツ万能、やや情緒不安定気味ではあってもどちらかといえば“良い子”なのに、聖に対しては理性がまったく働かない。とくに、中学を辞めて街を去る聖の車(しかも運転してるのは婚約者)をなりふり構わず延々と追いかけてくるシーンはかなり迫力ありました。
人間て脆いから、相手がどんな人でも、ここまで愛情をストレートに表現されたらどうしても絆されてしまうこともあるかもしれない。新人教師として自信を持てずにいた聖が教えたことに、晶が素直に感動してくれたことも、ふたりの関係に大きく関わっているかもしれない。
でも、ふたりがたった一度キスをした(どっちかといえば晶に聖がキスされた)というだけで、教師は処分の対象になってしまうし、生徒は学校で居場所を失ってしまう。教師が別の職場に移っても、過去の“問題行動”の事実がどうあろうと世の中のしくみは彼女を許してはくれないし、生徒の保護者にとってあくまでもプライオリティはわが子の未来であって、そこに思春期の儚い恋の入りこむ余地はない。生徒は親を納得させて愛する人と再会するために、猛勉強の末、有名進学校に入学するが、彼自身が未成年である限り、ふたりの関係は決して誰にも認められはしない。
晶の母・愛子は毅然として聖にいう。「次は然るべき措置をとります」と。そしてふたりの関係は警察沙汰にまで発展する。
主人公たちの視点から観れば、学校関係者や保護者たちの処罰感情が厳しすぎるように感じられるかもしれない。
しかしこれが、もし男性教諭と女子中学生の物語だったとしたら、視聴者は同じように心震わせることができただろうか。あるいはむしろ、学校関係者や保護者たちの方に同調する視聴者がもっと多くなったかもしれない。
だからこの物語は、ヒロインが未熟な(そして誰からみても可愛らしい)新人女性教諭で、相手が中学生としては周囲から抜きん出て大人びた少年(演じている岡田健史は撮影当時すでに19歳)であり、ふたりがあくまでも純愛を貫こうとしたから成立したファンタジーだともいえる。
なぜ男女逆なら成立しないのか。
それは一般に男女の性行動に大きな格差があるという事実を抜きにしては語れない(参考:
「性欲って、いったい何だろう?」)。生理学上、性衝動のコントロール力において男性は女性より劣っていることが知られている。体力差もある。これはもう生物的な差異だからしょうがない。だからもし教師が男性で生徒が少女だった場合には、ふたりのパワーバランスは自然とその逆とは違ったものと判断されてしまう。
だが性別はどうあろうが、教師が未成年の生徒としてはいけないことをしたという淫行の“事実”に変わりはない。社会的にも法的にも、未成年者は弱者だからだ。晶の母親の聖に対する態度はすべて、わが子をまもるべき保護者として当然なすべき行動をしたまでだといっていい。
「職業別犯罪率ワーストランキング」などによれば、教員の犯罪検挙率は他の職種に比べてかなり低いのに対し、わいせつ罪だけが突出して高いというデータがある。
10年以上前になるが、女性と子どもの人権問題を扱う民間組織に関わっていた際に見聞きしたデータでは(残念ながら今回は引用できる資料は発見できず)、子どもへの性虐待の加害者の大半は被害児童と面識のある人物で、親族や教師・部活動や習い事の指導者など、両者の間に大人と子どもという以上にパワーバランスに極端な差異がある関係にいるケースが多かった。
なぜそうなるかというと、そのパワーバランスゆえに、加害者側が立場を利用して被害者を精神的に抑圧し、わいせつ行為そのものを顕在化しにくくすることができるからである。だから事態はなかなか事件化しないし、どこでどんな組織が実態を調べても厳密なデータは出てこない。上記に引用したデータも、あくまで検挙された事件から算出された、“見た目”上での数値でしかない。
一方でことがいったん表沙汰になれば、加害者側には徹底した社会的制裁が待ち受けている。
この物語でも、聖は夢だった教職を追われ、幸せな結婚という将来も手放し、やっと見出した再就職にすら挫折してしまう。これがドラマで、教師が有村架純だから、視聴者は「可哀想」「愛しあっているのに」という共感を抱くことができるけれど、現実にニュースで事件として耳にしていたら、同じようにうけとめられないのではないだろうか。
そういう意味で、周囲の信頼を失った聖が転落していく過程は非常にリアルだし、この物語でオーディエンスがしっかりと感じとるべき点はそこにこそあるのではないだろうか。
それはそれとして、このドラマでは聖の婚約者・川合勝太郎側のサイドストーリーにも、意外なほどのウェイトを割いて丁寧に描写している。
聖の大学の先輩で容姿端麗なエリート商社マン、と完全無欠なキャラクターとして登場する勝太郎だが、第一話で聖にプロポーズするシーンから、すでにこの恋人同士が決して対等な人間関係を築けていないことが判明する。彼は買い物中の店内で、ちょっとしたプレゼントのように婚約指輪をほいと手渡すのだ。あれっ?と思ったのは私だけではないと思う。つまり両者の関係に明確なジェンダーバイアスが存在していることが否応なしにわかってしまう。勝太郎本人だけではなく、彼の母親(村岡希美)の発言からも、聖本人の人格やキャリア設計が一段軽く目されていることは火を見るよりも明らかになる。
上司である原口律(吉田羊)の指摘通り、彼は思い通りにならないことをそれまでほとんど経験してこなかったのかもしれない。たとえ聖が淫行教師として職を失ったとしても、その場を離れ結婚さえしてしまえば、過去はなかったことにできると思いこもうとする。そう思うのは勝太郎だけではない。聖の母親(中嶋朋子)ですら、娘に向かって大真面目にそういい放つ。
こうして文字にしてみれば浅はかとしかいいようがないし、だいたい人間そう単純ではない。勝太郎は自ら彼の元を去った聖から、10歳以上年上で帰国子女でバイセクシャルという型破りな律から、長い歳月を経て、ほんとうに人を愛するとはどういうものなのか、己の心の自由をまもることや、ほんとうにたいせつにするべきものは何なのかを、身を以て教えられる。
この何かと勝太郎を振り回す律とのふたりの物語が、世間のしがらみに雁字搦めに責め苛まれる聖と晶のメインストーリーと、非常にいいコントラストを為している。それも完全に分かれたふたつの物語としてではなく、時折、重要な場面で両者が交差し、関わりあっていく。たまにそれはいくらなんでもご都合主義では?と思わなくもないけど、番組として物語として絶妙なバランスで表現されたこのサイドストーリー、私はすごく好きでした。とくにいつ何時も自由すぎる律のキャラクターがなかなか小気味よかった。
物語の中では8年という時間が過ぎていく。
聖も晶も勝太郎も律も、それだけの時間を経て辿りつくべき結論をしっかりと手にする。繰り返すようだが、これはファンタジーだ。あくまでテレビドラマでしかない。
「教員から生徒への「性暴力被害」調査、実施は4府県のみ NPO代表『懲戒処分は氷山の一角』」で挙げられたデータによれば、これだけ少子化が進行しているにもかかわらず、わいせつ行為で処分される教員の数は右肩上がりに増える一方となっている。前述の通り、これは加害者が処分されたケースのみをカウントしているから、水面下ではもっと多くのわいせつ事件が起きていることは誰にでも推測できるだろう。
どんなに真剣であろうが純愛のつもりでいようが、いったん教師と生徒の間でことが起こってしまったら、当事者たちを待ち受けている未来がどれほど厳しいものか、その反面を描いた物語としてみると、とても真摯なドラマだと思いました。力作だと思います。
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