落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

観音回し

2009年09月29日 | diary
最近、仕事しかしてない。
よーな気がする。

慣れない仕事でそれもひとりで通常3~4人分くらいの役目を掛け持ちとゆームチャなことをやってるので、キャパオーバー気味なのは当り前なんだけど。
なんかもー、自分が千手観音にでもなったよーな気分でございますよ。千手観音がジャグリングしてるみたいなー。
しかしアブナいですよねえ。今のところおっきな事故はなくやれてるけど、そのうち事故りそーでコワい。

忙しくて肉体的にも精神的にも疲れてはいるけど、仕事そのものは楽しい。今のところは、まだ楽しい。
人との出会いが多くて、驚かされたり、発見があったり、感動させられることもままある。そーゆー仕事ってやっぱしいいなって思う。
先日は不覚にも本番収録中に感動して泣いてしまった。そして、感動できる自分にちょっとホッとした。
忙しくて感動できなくなったら、それこそ働いてる意味、ないもんね。

それにしても絶対残業せんと終わらんスケジューリングってどーなん?これ?
昼間なんか作業に集中するヒマ、全然ないもんねー。スタッフが帰ってオフィスが静かになってやっと「さ、やろか」みたいな。
これで残業代が出りゃモンクないですけど、未だかつてそんなもんもろーたことないもんでねえ・・・。


新宿のくま。

空虚さという幻想

2009年09月27日 | movie
『空気人形』

ある日突然動き出したラブドールのノゾミ(ペ・ドゥナ)。
主(板尾創路)の留守に家を抜け出して街をさまよううち、レンタルビデオ店に迷い込んだノゾミは店員の純一(ARATA)に恋をしてしまう。店でアルバイトを始め、純一と親しくなるにつれ、「心」を持った人形として成長していく彼女だが・・・。

ラブドールと人間の恋といえば去年日本で公開された『ラースと、その彼女』がありますがー。
あれはファンタジーではないんだよね。ただ、「人間の世の中がこうだったらいいな」的な夢を描いているとゆー意味ではやはり広義のファンタジーに入ると思う。
同じモチーフでもこの映画は真逆。ファンタジーという話法を用いて、「人間の世の中って実はこんなじゃない?」的な現実を描いている。どっちがコワいかっつったらやっぱこっちの方がコワい。

ノゾミは確かにラブドール=「性欲処理の代用品」という役割を持って生まれて来たオモチャだが、ノゾミに限らず、この世の中に存在する全てのものには“役割”がある。そして大抵は替えがきく。言葉の上では「かけがえのない命」なんて綺麗ごとをいったところで、現実にはそこまで重要な存在はそうはいない。そしてそれを知っているからこそ、誰もが自分の存在意義を知りたがり、その反面で宿命的な孤独を確認したがるのだろう。
ノゾミは自分を「空っぽ」だというが、人間はおそらく、ラブドールに限らず、愛する対象すべてに「空虚さ」を求めているのではないかとも思う。なぜなら、この映画の登場人物たちと同じように、人間が生きている限り、自分の中の埋めがたい空虚さからは逃げられないからだ。相手の空虚さを知ると人は安心する。その空虚さに自分をはめこむこともできるし、相手を自分にはめこませることもできる。空虚さを受け入れ共有できる相手に、人は「愛」を感じるのかもしれない。
ノゾミは「空っぽ」だから人に愛される。愛されるためだけに存在している。それは逆に言えば、無限の愛の可能性に満ちているともいえる。
でも愛だけでは人は生きていけない。心を持った人形・ノゾミもまた、愛だけでは永遠を手に入れることはできないのだ。

ペ・ドゥナがとにかくものすごく愛らしくて、それなのにやたらめったら脱いでるシーンが多くて(なにしろダッチワイフ役ですから)ビビリ。メイド服とか似合い過ぎですから。
ARATAはなんか最近やたら出てますよね?なにゆえ?わたくしこの方どの作品観てもARATAにしか見えないっちゅーのはどーなん??ありなん??と深く疑問に思っておるワケですが。
余貴美子やら星野真里やら富司純子がトンデモメイクで出て来てビックリしたー。誰だかわかんなかったよ。一瞬。
李屏賓(リー・ピンビン)の撮影、種田陽平の美術は期待通り。さすがでございます。
この映画、よくできてるかどーかはさておき、完成度はまあまあだと思います。いろいろと考えさせられる物語ではある。個人的にあのエンディングはぶっちゃけ蛇足だとも思うけどね。べつにそこまで描かんでもよかったんぢゃ?って気もします。
ただ、「愛」と「命」の意味については、確かにそうとう重く感じるところのある映画にはなっている。たぶん、観る人によって全然違うように観えるんじゃないかな?

ところで劇中、「『ノゾミ』って昔の彼女の名前でしょ」とゆー台詞にビビったのは板尾だけではあーりません。
ぐりも一瞬ビクッとした。大昔、「ノゾミ」って子とつきあってたから(爆)。男だけど。女の子みたいな名前を嫌がってたから、ふだんは苗字で読んでたけどね。
何年かぶりに思い出したよ。そーいえば、ノゾミくん、元気かなー?って。

ラブゲーム劇場

2009年09月23日 | movie
『クヒオ大佐』

弁当屋をきりもりする女社長・しのぶ(松雪泰子)の恋人はアメリカ軍のパイロット。父親はハワイの王族、母親はエリザベス女王の縁戚という由緒ある家柄に生まれたというクヒオ(堺雅人)だが、「秘密の任務」といってはしのぶに車で送り迎えをさせたり、ウェディングドレスの内金といっては大金を払わせる。若いうちから苦労ばかりで恋愛に慣れないしのぶは、求められるがままに会社の金を流用してまで貢ぐのだが・・・。
実在の結婚詐欺事件をモチーフに描かれた小説『結婚詐欺師クヒオ大佐』の映画化。

この事件、なんとなーく、うすらぼんやりとですが記憶にあって。
報道番組じゃなくて、たぶんワイドショーかなんかでトンデモネタみたいな扱いだったのをチラッと観たかな~?観ないかな~?みたいな。
まーそーだよねー。フツーに考えたら、そんなセレブが一般の女性から結婚をエサにお金をせびるなんてあり得ない話だ。でも実際に被害に遭った女性側からすれば、お金や結婚なんて本当はどうでもよかったんじゃないかとも思う。ただただ彼の愛情をつなぎとめたかった。自分の愛情をどんな形であれ証明してみせたかった。だからクヒオの求めに応じてしまったんじゃないかと思う。自分でも荒唐無稽な話だとはどこかでわかっていながら、それを認めたくなかったのではないだろうか。
結婚詐欺ってそもそもは愛を求める人間の心理につけこんだ犯罪なんだろうと思う。誰でも被害に遭う危険性があるというのはそういう点だろう。

映画はおもしろかったです。前作『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』ほどではなかったけど。まあまあ笑えた。
このストーリーの独特なとこって、クヒオが描いた虚構の世界にクヒオ自身がどっぷり巻き込まれちゃって抜けられなくなってるとこなんだよね。彼は女性を騙すために“クヒオ”をつくりだしたんじゃなくて、自分で“クヒオ”になりたかったんだと思う。お金をとったのは、“クヒオ”の存在にお金を払わせることで、その実在を確認したかったんじゃないかな?“クヒオ”という幻想を女性と共有していることを確認するために、彼は信じ愛してくれる人を欺かずにはいられなかったのだろう。憐れな人だ。ある意味ビョーキだと思う。
そうまでして彼が自分ではない嘘の人物になりたかったのはなぜなのか、映画ではイメージでしか描かれていない。おそらくその解釈は小説や映画というフィクションとしての解釈なんだろうけど、そのつくられた嘘=フィクションの部分に、戦後日本のしょっぱさがにじんでてイタかったです。

笑いの分量は期待したほど高くなくて、爆笑って感じではなかったかな?
思うんだけど、この映画コメディなのにヘンにまとまりが良すぎたのがよくなかったんじゃないかなあ?とくにキャスティングがあまりにもハマりすぎてて隙がないんだよね。逆にいうとシャレになんないくらいそのまんま。
何考えてんのか意味不明ないかがわしさでは堺雅人の右に出る者は昨今ちょっと見当たらないし、深刻さがイタい年増といえばこちらも松雪泰子か中谷美紀かってところでしょう。満島ひかりと 中村優子はぐりはよく知らないんだけど、ふたりともすごくキャラに会ってました。つーかマジで学芸員と銀座のホステス以外の何者にも見えない(笑)。
ぐり的に一番おいしかったのはやっぱ新井浩文。このヒト最近こーゆーヤな役ばっかやってんだけど、もうこれしかないってくらいピッタリなんだよね(笑)。うまい。でもホントはもっとかっこいい役とかもやってほしい(ちょっとファンです)。
本筋とは関係ない役で出て来た内野聖陽もおもしろかった。実をいうとぐりはこの方あんまし好きくないんですけれども、こーゆーシュールな役はすごいハマるなーと思い。

最近の日本映画にはこーゆー舞台っぽい作品がやたらに多いけど、これってやっぱ予算がないから?それとも流行なんでしょーか?
個人的にはこの手のって嫌いじゃないけど、どれもこれもこんなになっちゃったりするとつまんないから、ほどほどにしてよねー(何様)。

シルバーウィークのお仕事

2009年09月22日 | diary
えー。シルバーウィークも佳境となりましたが、皆様いかがお過ごしでしょーか?
ぐりは働いてます。まったく休んでません。
んなしょっぱいことは書きたくありませんでしたが、4日目にしてややココロ折れ気味です。

理由その1。
1日だけ休むつもりで空けてた日も埋まった。
予想はしてたけど埋まった。
しかも自業自得。
そして他のスタッフも出勤させた。皆様ごめんなさい。

理由その2。
休みだから電話もかかってこないし、他人に邪魔されずに作業が出来て却って気楽♪などとポジティブシンキングに構えてたけど、そーは問屋が卸さない。
邪魔、入りまくり。
こんなときに限ってよりにもよってとゆー邪魔が入る。親とか地元の友だちとか、連休くらい休んでるだろーと思って電話をかけて来てくれるのはありがたいんですけど、「仕事中だから(修羅場)」っつってんのに喋る喋る。

理由その3。
休みゆえに急の用件でも肝心な人に連絡がつかない。必要なモノが出て来なかったり、情報が得られなかったりする。
つまり思ったよーに仕事が進まない。
休み前に段取りを依頼した用件が間違ってたとしても、休み明けに対応するしかない。
それでどーにかなればいーけど、ぶっちゃけもっそい危険。

「できない」「無理」「わからない」という言葉は仕事で使うなといわれて来たぐり。
休みだろーがなんだろーが、出来なくてもわからなくても多少無理でも、とにかくどーにかこーにかやるのが仕事だと思って今までやってきたけど、それがプロだなんとゆー概念が通用しない人も世間にはいっぱいいるんだなあー、と痛感する今日このごろ。
こんなんだから友だちいないのかなー?わたし?
あーしんど。


鎌倉にて。

知の恐怖

2009年09月21日 | diary
先日、友人のヘアメイクさんと話してましたらばー。

彼女は最近美容院の「初回荒らし」をしてるそーで。
なんでもどこの美容院に行っても気になることばっかりで、なかなかココ!と決められないらしい。元美容師で、ヘアメイクといってもありとあらゆるテクを持ってる人なので、そりゃ他人の技術も「気になり」ますわね(美容師は国家資格だがヘアメイクはそーではない)。しょうがなし。
そんでしばらく前に行った美容院では、髪をいたわるヘアケアやらなんやらミョーにごってりと頼んでもいない(頼むワケがない)ウンチクを垂れられてチョー辟易してるところに、左右で逆向きにロットを巻かれてしまったそーである。えーと右が内巻きで左が外巻き?逆だったかな?とにかく左右逆で。
よっぽど「言おうかな」と思ったそーですが、そこまでにあまりにもイラッとさせられていたので、口を開けばタダゴトでは済むまいと自戒し、黙して語らずに店を出たとな。
なんでいわないの?いいなよ!といってみたけど、曰く「美容院で『わたしヘアメイクなんです』っていうとめんどくさいんだよね」と。まーそーだよねー。
けどさ、美容院ってホントいろんな人が来るとこだから、ヘアメイクさんが来たって、プロの美容師が来たっておかしくない。気をつけて下さいませね。ってここの読者に美容師さんがいるかどーかはわからないんですけど。

美容院でもどこでも、知ったかぶりって怖いよね。
知ってるつもりで全然わかってないことだってたくさんあるし、彼女のように、黙ってるけどこっちよりすっごい知ってる&出来る人だっていたりするわけだし。
ぐりは常々知らず知らずに知ったかぶりをしてしまうとゆー悪癖があるので(しかも物心つかないうちからなのでさすがに後から直そうと思ってもなかなか直せない)、こーゆー話を聞くとホントくわばらです。ヤバい。
最近は40手前にして「わたしはなんにも知りません」「できません」とゆーキャラに方向転換しよーとしてるんですけど、無理、あるね。やっぱ。

彼女とはヒサビサに会って話したけど、会わなかった間に某元大統領夫人とか某「不倫は文化」さんとかの専属をやっておられて、爆笑ネタをたくさん聞かせていただきました。
あーおもしろかった。


鎌倉にて。