落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

I Am a Poor Wayfaring Stranger

2020年03月01日 | movie
『1917 命をかけた伝令』

第一次世界大戦中のある日、トム(ディーン=チャールズ・チャップマン)とウィリアム(ジョージ・マッケイ)は前線のデヴォンシャー連隊への伝令を命じられる。ドイツ軍の後退は罠であり、デヴォンシャー連隊が翌朝予定通りに作戦を決行すれば1,600名の大隊が壊滅することが判明していた。電話線は絶たれており、彼らは将軍の手紙を持って無人地帯を走って作戦中止命令を伝えに行く。
2019年の賞レースで高い評価を得たサム・メンデス監督作品。IMAXにて鑑賞。

映画館を出て家に帰ってきて、いつもの椅子に座っていても、まだびりびりと鼓膜が震えているような気がする。握り締めていた手がガタガタ震えているような気がする。それくらいの臨場感。
普段はどちらかといえば戦争映画を観ない方なので簡単に比較はできないけど、あまりにも生々しいノルマンディー上陸作戦を描いて世間の度肝を抜いた『プライベート・ライアン』や国共内戦の史実を基にした中国映画『戦場のレクイエム』と近いものがあります。
ストーリーらしいストーリーはなくて、主人公が命令を受けてただただ命を賭け魂を賭けてひたすら前を目指す。よけいな言葉は何もなくて、どんな犠牲を強いられようと、逃げることも投げ出すこともなくとにかく与えられた任務を全うしようとする。その姿をじーっとカメラが追いかけていく。

この作品ではそのカメラが主人公たちの主観に近いアングルで、全編ワンカットになるように構成されている。5年前にやはり賞レースを総なめにした『バードマン』と同じ手法ですね。最近はほとんどの映画がデジタル撮影になってカメラもどんどん小型化・高性能になってるからできる技術だけど(実際アカデミー賞では撮影賞、視覚効果賞、録音賞の3冠を受賞)、こういう技術がこれだけ効果的に観客を作品に没入させるというのも凄いです。IMAXで観たせいもあるけど、ホントに自分がそこにいるような感覚がしました。爆弾が落ちてきたら映画館が揺れてるみたいで、もうもうと舞い上がる土煙が目にしみるような気がしました。
とはいえ残酷表現にはかなり気を使ってるみたいで、流血シーンで画面に映る血液は必要最小限だし、そこらじゅうに散乱している兵士の遺体の様相もそこまでエグくない。ホラーとかゾンビ映画じゃないならそこでリアリティにこだわる必要はないってことなんだよね。そこでやんなくても他にこだわれるリアリティはいくらでもあるということだろうか。

トムとウィリアムは命令を受けて塹壕を抜け、馬や兵士の死体をのりこえ、泥だらけ水溜りだらけで大きなネズミが這い回りカラスが舞い飛ぶ無人地帯をもくもくと進んでいく。当然のことながら画面はこれ以上ないぐらい緊迫しているのだが、時折、奇妙にふっとその緊張が和らぐシーンが挟まれる。暦は4月になったばかり、西部戦線は春を迎え、草原にはタンポポやハルジョオンやシロツメクサが、果樹園にはサクランボの花が咲き乱れ、ヒバリがさえずり、うららかな日差しが彼らを照らしている。1年でももっとも命華やぐ季節である。
それなのに、二人が突き進む地上でも、空の上でも人は殺し合いをしている。それも生半可ではない大量殺戮が繰り広げられている。死んだ兵士の顔は皆が皆、まだ髭も生えそろわないつるりとした少年の顔をしている。
人間はなぜ、一体全体どうしてこんなことをしなくてはならないのか、完全に意味がわからなくなる。

ティム・オブライエンの『本当の戦争の話をしよう』を思い出す。
一部を引用する。

本当の戦争の話というのは全然教訓的ではない。それは人間の徳性を良い方向には導かないし、高めもしない。かくあるべしという行動規範を示唆したりもしない。また人がそれまでやってきた行いをやめさせたりするようなこともない。もし教訓的に思える戦争の話があったら、それは信じないほうがいい。もしその話が終わったときに君の気分が高揚していたり、廃物の山の中からちょっとしたまっとうな部品を拾ったような気がしたりしたら、君は昔からあいも変わらず繰り返されているひどい大嘘の犠牲者になっているのである。そこにはまともなものなんてこれっぽっちも存在しないのだ。そこには徳性のかけらもない。だからこそ真実の戦争の話というのは猥雑な言葉や悪意とは切っても切れない関係にあるし、それによってその話が本当がどうかを見わけることができる。(文春文庫『本当の戦争の話をしよう』117p)

戦争という大量殺戮には何の意味もない。それがもう誰の目にも明らかになってからずいぶん経ったような気がする。
人の命を犠牲にしてまで果たすべきことなんて、この世の中にもうあるとは思えない。
なのに人はどうしていつまでたっても戦争をやめようとしないのだろう。
映画館の座席で力一杯足を踏ん張りながら(なぜかは自分でもわからず)、ずっとそのことを考えてました。
なんでなんだろうね。

ところで冒頭で大好きなコリン・ファースが出てたのに(1シーンのみ)クレジットが流れるまで気づかなかったよ…どんな顔して映ってたかすら記憶にない…後で予告編見直したらもろセリフばっちりあったのになんで気づかないかな自分…。


関連レビュー
『アメリカン・スナイパー』
『ハート・ロッカー』
『リダクテッド 真実の価値』
『アメリカばんざい』
『告発のとき』
『キングダム─見えざる敵』
『華氏911』
『ボーフォート ─レバノンからの撤退─』
『戦場のアリア』
『バルトの楽園』
『マジシャンズ』
『ワルツ』
『エルミタージュ幻想』




劇中歌『I Am a Poor Wayfaring Stranger』はアメリカの古いゴスペル曲。歌詞には様々なバージョンがあり、劇中で歌われているのはオリジナル歌詞だそうです。

I am a poor wayfaring stranger
I’m travelling through this world of woe
Yet there's no sickness toil nor danger
In that bright land to which I go

I’m going there to see my father
I’m going there no more to roam
I’m only going over Jordan
I’m only going over home

I know dark clouds will gather round me
I know my way is rough and steep
But golden fields lie just before me
Where god’s redeemed shall ever sleep

I’m going home to see my mother
And all my loved ones who’ve gone on
I’m only going over Jordan
I’m only going over home

I am a poor wayfaring stranger
I’m traveling through this world of woe
Yet there’s sickness toil nor danger
In that bright land to which I go

I’m going there to see my father
I’m going there no more to roam
I’m only going over Jordan
I’m only going over home