落穂日記

映画や本などの感想を主に書いてます。人権問題、ボランティア活動などについてもたまに。

戦場のピアニスト

2003年03月25日 | movie
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作中、ポーランド人に匿われた主人公が、隠れ家でアップライトピアノをみつけるシーンがある。
そっとふたを上げ、鍵盤の覆いをとると、なつかしい白黒のキーの列が目をつく。ナチスの占領下でやむなく手放してしまった自分のピアノ。ユダヤ人居住区(ゲットー)が崩壊してからはバーのピアノを弾く仕事もなくなってしまった。ピアノを持たないピアニスト。
目の前にピアノがあるのに、決して物音をたててはならない隠れ家生活者の主人公は、鍵盤の上に指を浮かせて、妄想の中でピアノを弾く。

この映画は非常に特別な映画です。これまでもホロコーストを描いた戦争映画はたくさんありましたが、実際にホロコーストを体験した映像作家が、実在の芸術家の回想録を映画化すると云う二重のノンフィクションとなると、これはちょっと他にはナイなと思います。
映画を観た後すぐに原作を買って読みましたが、文筆のプロでない人の書いた回想録は、まさに当時の心情を反映するように混乱し、とても読者に客観的に状況を伝えるような文章にはなってません。雰囲気はリアルだし文章としては面白いけど。
それを、時系列に整理し、魅力的なキャラクターを配置し、随所に象徴的なエピソードを盛り込み、リアルなノンフィクションでありながらひとりの芸術家のサバイバルストーリーに構成した脚色力には非常なパワーがあります。台詞の少ない、寡黙な映画なのにとても分かりやすい。これがすごいです。

しかも、これは監督自身がゲットーで生活した経験を生かした演出なのだと思いますが、路上のいたるところに死体が放置された風景描写や、理由も無く人が殺されることに徐々に麻痺していく感覚の再現、異様に狭いゲットーの中でさえ階級差別が横行するユダヤ人社会の描写は本当にリアルです。
主人公であるシュピルマンが芸術家である上に、彼の一家は代々音楽家=芸術家のためか(シュピルマンはドイツ語で「楽器を奏でる人」の意)ただでさえ世間知らずで楽天主義的な傾向が強く、戦時下では政治的なコネも影響力も全く持たない、非常に無力な人々です。
地下活動にも向かない、かと云ってコネを使って食料や安全な地位を確保するにはプライドが高すぎる。強制収容所への移送が始まっても、それを避ける術もない。
またシュピルマンは作中で多くの死を目撃します。餓死する人、警察に撲殺される少年、ナチスに粛正されるユダヤ人、ガス室で殺されるために移送されるユダヤ人、制圧されるレジスタンス・・・。彼はただそれを見ているだけです。それしか出来ない。
でも、今私たちがそうした戦時下に放り込まれたら、やっぱり見てるしかない。どうしようもない。ひたすら逃げ隠れ、戦争が終わるまで自分が生き延びる奇跡にしがみつく以外に何も出来ないと思います。
そういう意味ではとても共感できるホロコースト映画です。

シュピルマンは奇跡的に生きて終戦を迎え(当時ワルシャワ市内に生き残っていたユダヤ人はわずか20人。ちなみに戦前のユダヤ人人口は36万人)、ポーランドの国民的作曲家として永年愛され、2000年に亡くなりました。
ただ生前は戦時下の体験を家族にも話さなかったと云います。
従来の映画であれば、生き残れた、ああ良かったでハッピーエンドなのかもしれないけど、この映画では、シュピルマン含めポランスキー含め生き残れたユダヤ人の、亡くなった肉親や同胞や恩人への「申し訳なさ」が先に立ちます。
民族や宗教で人々が憎しみあい殺しあうことはやっぱり無意味です。そのことはこの当時の人間にも分かっていたのに、半世紀以上過ぎた今も同じことをやってる人間て、ホントーにバカな生き物なんですよね。