「明治政府は太政官符をもって神社仏閣における女人禁制の結界廃止を命じた」 goo.gl/L5g6Qw
— takechan (@take1take26) 2018年5月19日 - 18:00
明治時代以前、比叡山や高野山や宮島など神社仏閣においては女人禁制の結界を定めていた。しかし、欧米諸国との関わりの中で明治政府が1872(明治5)年、太政官符(公文書)により廃止令を発した事により神社仏閣における女人禁制の結界は廃止された。
そのきっかけは、同年3月15日、滋賀県から大蔵省への伺いに「外国人が入京するについて、その散歩区域が定めてあるが、この度京都に博覧会が催されるので、琵琶湖遊覧が許された。これについて自然、外国人が婦女子を携えて比叡登山を望む事があるかも知れぬ、その時これを許さないというわけにはゆかぬが、外国人ならば婦女子といえども登山を許し、我が国の婦人にはこれを許さぬというのは、公平を失う、如何取計らうべきや」という内容があり、大蔵省がこれに対し「女人結界の事は、外国人登山に関係なく、千山万獄何処として人間の跋渉を禁ずべき理ある事なし、断然改めるべし」と意見した事にあった。