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保守系論客の歴史欺瞞・偽造を切る その16 ‥‥ 千里眼

2006年12月18日 14時02分25秒 | Weblog
 前回投稿の「その15」で、秦郁彦氏が保守系の論者と誤解されているが、そうではなく実証主義の立場に立つ歴史学者であると論じた。前回投稿の直後に、彼がそのように誤解される原因をもう一つ発見したのだ。関連して1枚の写真にまつわる経過について書くと同時に、前々から投稿したいと思っていた保守系論者の言う「ニセ写真」問題について、関連して触れたいと思いっている。

 南京事件調査研究会編「南京虐殺否定論 13のウソ」(柏書房)に、その経過は詳しく触れられている。1957年に刊行された笠原十九司の著作「南京事件」(岩波新書)のなかで使用されている写真の1枚について、秦郁彦氏が次のように指摘した。国民政府軍事委員会政治部作成の「日寇暴行実録」に収録されている写真と同一のものではないか、と。その写真は日本軍が中国女性を護送しているのを写したものである。が、「日寇暴行実録」では、そのキャプション(写真の説明、添え書き)で、日本軍が中国女性を日本軍司令部に連行して、凌辱、輪姦、銃殺と書いている。その写真は朝日新聞のカメラマンが撮影したものを、国民党側がそのような形でプロパガンダに利用したのである。

 笠原氏はそのことを知らずに、キャプションに「日本兵に拉致される中国人女性たち」と付して利用したのだ。秦氏は実証主義者の悪癖(?)とでも言おうか、徹底的に史料にあたるので、その事実を見つけたのである。そして、実証主義者の「さが」とでも言おうか、その事実を指摘したのだ。

 保守系論者は大喜びして、正統派学者の笠原攻撃にそれを利用した。口火を切ったのは小林よしのり氏であった。それに続いて、産経新聞、読売新聞、雑誌「正論」、雑誌「諸君」、など数え切れない集中砲火を浴びせられるのである。1枚の写真の誤用をネタに、その著作全体が虚構にみちているかのような印象を与え、出版停止に追い込もうとしたのである。岩波書店は右翼の陰湿な攻撃にさらされることになった。
   
 岩波書店は毅然たる態度を取り、機関誌「図書」で真相を明らかにし謝罪はしたが、この図書の回収はせず、出荷を一時停止し、写真を1枚取り替えた形でその後の刊行を続けた。
 こうした攻撃は、刊行時期よりおくれた1990年代の出来事である。この時期には、完全に否定された南京虐殺否定論の復活のための保守の策謀がいろいろ試みられた時期である。その先端を切ったのが、田中正明氏であった。1983年に旧陸軍将校の団体である偕行社に働きかけにより、機関誌月間「偕行」に「証言による“南京戦史”」連載することになった。ところが、田中氏の意に反し、上官の命令で数千人の捕虜を殺害したなど虐殺・暴行を証言する内容が多数寄せられ、偕行社はそれらの証言もそのまま機関誌に連載した。そして、連載の最後に、編集部の責任で「旧日本軍の縁につながる者として、中国人民に深く詫びるしかない。まことに相すまぬ、むごいことであった」と謝罪の言葉で閉じたのである。

 田中正明氏の思惑は完全に裏目に出たのだ。偕行社の仕事なら虐殺肯定の証言は出さないと思っていたのだろう。ついで、失敗回復のための仕事が1985年「松井岩根大将の陣中日誌」における史料の改ざんである。偕行社の失敗による「あせり」のあげくの悪行だったのだ。その史料かいざんの事実が暴露されても、どうしても、南京虐殺事件否定の火蓋を切るべく、1987年に「南京事件の総括」を出し、全面否定論を展開したのだ。

 こうした保守系論者の論陣の流れのなかに、上記の写真問題を位置づけて見る必要がある。彼等は失地回復のため、完全否定された南京虐殺事件虚構論の復活のためには、どうしても、上記「写真問題」を利用する必要があったのだ。それだけに、陰湿で執拗な攻撃が繰り返されることとなったのだ。こうして、「南京虐殺事件は存在しないのだ」という議論が復活・再登場することとなった。その先兵となったのが、田中正明氏であったのだ。

 ここで、思い出して欲しい。森村誠一氏「悪魔の飽食」と中国帰還者連絡会議編「三光」の誤用写真に対する右翼の攻撃である。両方の図書を、ともに出版社は廃版にしてしまった。写真1枚の誤用が、その著作の価値を減ずるものではない。現在は両著とも別の出版社から写真を差し替えて出版されている。(森村誠一氏はその取材の多くを友人でもある「赤旗」特報部長の下里正樹氏に依拠していた。731のある隊員の提供した写真が贋物であったのだ。私は右翼の謀略に乗せられたのだと思っている)
 
 こうした保守系、右翼の成功の自信と経験が、すさまじい笠原氏への攻撃となったのだ。そして、これらの経験から写真誤用に対する攻撃がきわめて有効であることに気づき、味を占めた保守系論者たちは、「自由主義史観研究会」のなかに「プロパガンダ写真研究会」を組織して、鵜の目、鷹の目で、正統派論客の著作の写真チェックを克明に実施している。それだけではない。全国の地方自治体の設立した平和記念館、個人の企画した平和展などのチェックも怠らない。

 現在、雑誌「正論」では毎号のように、NHKの番組内容に対する攻撃、朝日新聞に対する攻撃が掲載される。上記写真チェックとあわせて、彼等のメディアに対する攻撃は今後ますます強化されていくに違いない。インターネット上の保守系・右翼の活動ぶりも目にあまる。われわれもその対応を迫られている。

 ここに書いた内容は、すべて秦郁彦著「昭和史の謎を追う 上・下」、南京事件調査研究会編「南京虐殺否定論 13のウソ」と「ウィキペディア」に依った。ただし、田中正明氏の思惑については、私の推定を混じえている。
コメント (10)
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