九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

随筆です  文科系

2007年01月09日 06時46分31秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
 最後の絆
         
 病院の夜の個室にもの音は稀だけれど、川音が間断なく聞こえてくる。二県にまたがる大川が窓の向こうにあるのだ。そしていつものように、僕の左手がベッドに寝た母の右手を軽く握っているのだけれど、そこでは母の指がトントンと動いている。
 死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかわづ天に聞こゆる
 誰の作だったか、高校の授業で覚えたこの歌を、このごろよく思い出す。

 左脳内出血が招いた三途の川から戻ってきて、五年近い。失語症の他はなんとか自立できたと皆で喜んだのも、今振り返ると束の間のこと。一年ちょっと前、思いもしなかった後遺症、喉の神経障害から食物が摂れず、人工栄養に切り替えるしかなくなった。食べさせようとして何度か嚥下性肺炎を起こしたその末のことだった。人工栄養になってからも、唾液が入り込んで肺炎をまねくという始末で、既に「寝たきり」が四ヶ月。お得意の「晴れ晴れとした微笑」も、ほとんど見られなくなった。
 九十二歳、もう起き上がるのは難しそうだ。言葉も文字もなくなったので記憶力はひどいが、いわゆる痴呆ではない。痴呆でないのは我々には幸いだが、本人にはどうなのだろうかと考えてしまうことも多い。
 せっせと通って、ベッドサイドに座り、いつも手を握り続ける。これは、東京から来る妹のしぐさを取り入れたものだが、「頑張って欲しいよ」というボディランゲージのつもりだ。本を読んでいる今現在、母の指の応答は、「はいはい、ありがとう。今日はもうちょっと居てね」と受け取っておこう。表情も和らいでいるようだし。

 僕は中篇に近い小説九つを年一作ずつ同人誌に書いてきた。うち最初の作品を含めて四つは、母が主人公だ。もう十年近く母を、老いというものを、見つめ、描いてきたことになる。老いからの失敗、寝室の中、ベッドの上も、時には四肢さえもさらけ出して。普通ならマナー違反と言われようが、親が子に教える最後のことを受け取ってきたつもりだ。そして、僕がこんなふうに描くのは、母の本望だとも信じている。
 
 看護士さんが入ってきて、仕事をしながらこんなことを言った。
「不思議ですねぇ。手と指だけがいつも動いてるんですよ。ベッドの柵を右手でよく握ってる、その時もなんです。右側に麻痺がある方でしたよねー?」

《母にもまだできることがあった。僕らが通う限り、生きようとしてくれるのだろうか》

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする