そのバスは意外にこんでいた。乗り込んだとたんに若さがそこらじゅうから、加代子に迫ってきた。服装、会話、においまで。それら全部が迫ってきた。
学生たちだわ。少し早すぎたかな、いやだなぁ。そう思う間もなく、加代子は、彼らの話に耳を運んでいるのだった。あっ、あの二人が話しているのは山上憶良のこと、国文科なんだろうか。
心でこんな反応をしながらバスの片隅に縮こまっていると、何か強い視線を左手から感じた。あわてて、あごを引いて背筋を伸ばし、立ってますと意思を示した。また、顔を動かさないようによそおいながら、急いで身のまわりを確かめてもみた。別に変な所は無い。それでも視線は外れない。
少し間をおいてから、左手の車外をのぞき見るようにそっと一瞬、視線の元、座っている一人の青年をうかがってみた。加代子を見ているのかどうか、よくわからない。
いつものことか。このごろの。
ふっと、そのように頭が切りかわった。私に見つめられるような何かがあるわけはない。こんなことばっかり、何度も繰り返して。
自嘲的に苦笑いするしかなかった。なにか寂しいきもちだった。
バスを降りて三百メートルばかり、整形外科病院への道を歩く。三週間以上も痛みが引かない胸をかばいながら。それでも、いつもの癖で姿勢を正し、少し速めに、元気に歩く。痩せてもいるし、ずいぶん若くは見えるが、八十一歳である。皺が多い顔は気になっているところだ。脚は膝のところで外に折れ曲がっているように見える。踵がない緑色が混じったベージュの靴は、小指が外に盛り上がっている。
その右足の小指で目の前の石をそっと蹴ってみる。石は歩道の端の草むらに転がっていく。そこに、ツユクサが三、四輪のぞいていた。「おやまぁ、おはよう」、そんな感じに、加代子の口許が少しゆるむ。
街なかの大通りでも、目立つ病院である。腰痛の病院としてこの大都市でも知れわたっていた。ここの外観が加代子は好きだ。壁のほとんどが薄く緑色にぬられ、かなり大きめにとった前庭の、欅は大木で、ムクゲも分厚い。低い草木も、意識して緑を伸びやかにそだてている。コデマリやユキヤナギなどもあって、それもできるだけ伸びるにまかせているように見える。
「少し痛みが長びいているようですから、もう一度、胸のレントゲンを撮ります。撮ったら、腰の牽引の方へ先に行って、戻って来てください」
若い勤務医はていねいにそう言った。
加代子は腰椎変形性の腰痛で、しばらくこの病院に通っていた。さらに、少し前に胸を打って、そこも診てもらっているのである。
リハビリ室から戻って、診察待合室の一団に入る。林さんの一団である。六十代半ば、リハビリ室と腰痛の主のような女性だ。彼女は、今も一人の若者に腰痛の何やらを話している。まわりの数人も彼女の方に視線を向けている。
「牽引は前も後も腰の力を抜かないとだめよ。それがなかなか難しくてね。力抜くにはまぁ、いろいろやってみることね。ゆっくり深呼吸してみたり、腰のもわりをこんなふうに動かしてみたり」
加代子は知らぬ間に、話を聞くふりをしていた。
ここでこんなふうにお話しすることが、林さんの、いきがいなんだろうな。いつもいっしょうけんめ教えてあげる人だなぁ。
こんなことを考えているその間も、側に来かかった患者を気にして、席をあけたりしていた。
「木村さーん、木村加代子さん」
「あっ、はいっ、はい。すみません」
そう言いながら、診察室に入る。
「これは、肋骨の一本が折れてますねぇ。わかりにくいですが、ここです。ここがそうです」
言われていることが、信じられなかった。
「でも、初め、院長先生の診断のときは、単なる打撲ですって」
強い口調である。この頃の彼女にしては珍しいことだった。
「ええ、本当にわかりにくい所ですから。撮影のかげんもありますし」
その医師はあわてるふうもない。加代子はそれ以上、何も言えなかった。 (続く)
学生たちだわ。少し早すぎたかな、いやだなぁ。そう思う間もなく、加代子は、彼らの話に耳を運んでいるのだった。あっ、あの二人が話しているのは山上憶良のこと、国文科なんだろうか。
心でこんな反応をしながらバスの片隅に縮こまっていると、何か強い視線を左手から感じた。あわてて、あごを引いて背筋を伸ばし、立ってますと意思を示した。また、顔を動かさないようによそおいながら、急いで身のまわりを確かめてもみた。別に変な所は無い。それでも視線は外れない。
少し間をおいてから、左手の車外をのぞき見るようにそっと一瞬、視線の元、座っている一人の青年をうかがってみた。加代子を見ているのかどうか、よくわからない。
いつものことか。このごろの。
ふっと、そのように頭が切りかわった。私に見つめられるような何かがあるわけはない。こんなことばっかり、何度も繰り返して。
自嘲的に苦笑いするしかなかった。なにか寂しいきもちだった。
バスを降りて三百メートルばかり、整形外科病院への道を歩く。三週間以上も痛みが引かない胸をかばいながら。それでも、いつもの癖で姿勢を正し、少し速めに、元気に歩く。痩せてもいるし、ずいぶん若くは見えるが、八十一歳である。皺が多い顔は気になっているところだ。脚は膝のところで外に折れ曲がっているように見える。踵がない緑色が混じったベージュの靴は、小指が外に盛り上がっている。
その右足の小指で目の前の石をそっと蹴ってみる。石は歩道の端の草むらに転がっていく。そこに、ツユクサが三、四輪のぞいていた。「おやまぁ、おはよう」、そんな感じに、加代子の口許が少しゆるむ。
街なかの大通りでも、目立つ病院である。腰痛の病院としてこの大都市でも知れわたっていた。ここの外観が加代子は好きだ。壁のほとんどが薄く緑色にぬられ、かなり大きめにとった前庭の、欅は大木で、ムクゲも分厚い。低い草木も、意識して緑を伸びやかにそだてている。コデマリやユキヤナギなどもあって、それもできるだけ伸びるにまかせているように見える。
「少し痛みが長びいているようですから、もう一度、胸のレントゲンを撮ります。撮ったら、腰の牽引の方へ先に行って、戻って来てください」
若い勤務医はていねいにそう言った。
加代子は腰椎変形性の腰痛で、しばらくこの病院に通っていた。さらに、少し前に胸を打って、そこも診てもらっているのである。
リハビリ室から戻って、診察待合室の一団に入る。林さんの一団である。六十代半ば、リハビリ室と腰痛の主のような女性だ。彼女は、今も一人の若者に腰痛の何やらを話している。まわりの数人も彼女の方に視線を向けている。
「牽引は前も後も腰の力を抜かないとだめよ。それがなかなか難しくてね。力抜くにはまぁ、いろいろやってみることね。ゆっくり深呼吸してみたり、腰のもわりをこんなふうに動かしてみたり」
加代子は知らぬ間に、話を聞くふりをしていた。
ここでこんなふうにお話しすることが、林さんの、いきがいなんだろうな。いつもいっしょうけんめ教えてあげる人だなぁ。
こんなことを考えているその間も、側に来かかった患者を気にして、席をあけたりしていた。
「木村さーん、木村加代子さん」
「あっ、はいっ、はい。すみません」
そう言いながら、診察室に入る。
「これは、肋骨の一本が折れてますねぇ。わかりにくいですが、ここです。ここがそうです」
言われていることが、信じられなかった。
「でも、初め、院長先生の診断のときは、単なる打撲ですって」
強い口調である。この頃の彼女にしては珍しいことだった。
「ええ、本当にわかりにくい所ですから。撮影のかげんもありますし」
その医師はあわてるふうもない。加代子はそれ以上、何も言えなかった。 (続く)