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随筆紹介 『出会えてよかった』  文科系

2011年03月03日 19時24分36秒 | 文芸作品
 今回も同人誌の月例冊子1月号(第230号)から、一つ紹介します。A・Mさんの作品です。60歳前後と覚しき彼女、最近は友人の死が続いておられて、それを扱った作品の一つです。


【 出会えてよかった

 熱帯夜の続いた夏。真新しい病院の個室で、向き合った彼女は言った。「いい人生だった。ひと足先に逝くわ」
 それからちょうどひと月。彼女は享年七十歳で旅立ってしまった。通夜で残された夫さんが、「私、やっと目玉焼ができるようになりました」の挨拶の言葉が妙にこたえた。
 なんでもきちんと自分がしなければ気が済まなかった彼女。睡眠時間を減らしてまで、仕事はもちろん、家事も完璧にしようとした。忙しいときなど手抜きばかりの多い私を「ちゃんとしなきゃダメ!」、まるで姉になって叱ったものだ。あるときなど、調理室で「うま煮」を作るのに人参を切っていたら、自分の切り方が違ったのだろう。「教えてやろうか?」とまで口を出す。
 〈お節介だな〉と思いながら、いつもゴマカス私。そんな人だから、私のすることはいつも見ていたようである。いつも姉のような口ぶりだったのも、始終一緒にくっついていた年数が長かったからだろうか。価値観と基本的な判断も似通っていることが多かった。小さな意見の対立はあっても。
 ここ数年は少しだけ距離を置いたけれど、二人で立ち上げた会もあって、信頼していた。だが、彼女と相談した、会からの秋の旅も、今年はもうその姿がなかった。他の教室にも、二度と彼女は来ない。少し会わない日があっても、そのうちに──と、待っても詮ない日々が現実になってしまった。
 こんなふうに、親しい人や親族が一人、またひとりと去ってしまうことが多くなった。そういう年齢になったといえばそれまでだが、少しずつ喪失感が強くなってくる。病室へ手紙で、「いろいろあったけど、あなたに出会えてよかった」と書き送った。すると、電話で「嬉しかった」と応えてくれたことだけが、救い。生きているうちに、そう思える人に伝えておきたい気持ちが強くなった。】

コメント (4)
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