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「よたよたランナーの手記」(179) ぎっくり腰、その後  文科系

2016年12月07日 07時40分58秒 | スポーツ
 前回「ランナー歴」の前に書いたが、24日にぎっくり腰をやってしまった。寝た姿勢から起き上がるのも怖々、這うようにしてやる痛さだった。ただでさえ前立腺癌への陽子線治療にとりかかることとて走る日が少なくなっている上に、泣き面に蜂である。「もうずっと走れなくなるかも知れない」という、この年になるといつも湧いて来る恐怖からだが、懸命にリハビリに励んだ。それこそ、僕の身体や走りやリハビリに関わる全知全能を振り絞って。

 その結果、リハビリを始めたのが27日、29日には長く歩いたうえにちょっと走ってみたが、何とか走れそう。その日のわずか6・8キロの嬉しかったこと! そして、12月1日が7・5キロで、昨日6日には7・9キロ。まだ左脚の付け根辺りの腰に違和感が残っているが、順調な回復ぶりに現金なもので今度は逆に「俺の身体、まだまだ大丈夫!」と自信が湧いて来る。加齢のいろんな現象って、誰にとっても初体験。当然一喜一憂も激しくなるのだろうが、高齢ランナーなどというもの、「加齢への恐怖」はみんな同じようにこんなに凄いのだろうか。

 さて、それもこれも、陽子線治療のお医者さんが、「治療中も走って良いです」と言ってくれたから出来ていることなのだが、今日今から行く治療で三日目になる。何の痛みも、熱さも感じない治療で、あっという間に終わる治療だ。
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随筆紹介  「夏」    文科系

2016年12月07日 07時07分30秒 | 文芸作品
 夏  H・Tさんの作品です

 私は岐阜県の小さな村で産まれ育った。夏半ばまでうぐいすが裏山で鳴き、夜は蛍が蚊帳の中。前の田んぼではいつもかえるが鳴いているという夏だった。
 窓は開けっぱなし、涼しい風がいっぱい。梅雨が開けて夏になると、母は部屋中いっぱいに着物を拡げて、虫干し。その間を走り回って叱られたことも。そう言えば″梅雨開け十日″という晴天続きの日もあった。
 むし暑い夏の日には、決まったようにやって来た気っぷのよい夕立。さっと涼しくなって、私は雷や夕立が大好きだった。名古屋に住んで、雷や夕立が大きらいという人に出会って驚いたもの。そう言えば、子どもの頃に出会ったような雷や夕立には、このごろ出会えない。ふる里の夕立も変わったかしら。梅雨開けも定かではなく、暑い暑い夏。猛暑ということばも飛び出している日々。
 あの田んぼの上を通ってきたさわやかな風は……。ふる里の家々にも冷房機が音を立てている。

 数年前の夏の日、カイロの遺跡を訪ねた。案内してくれたK青年の日本語はすばらしく、流ちょうな説明と案内。私が日本語のうまさをほめると、「僕はカイロ大学で日本語を学びました。そして方丈記に出会い、日本の古典に感動しました」と言って、方丈記について話し出した。私の方丈記の知識はテストのための暗記だけしかない。
 でも、聞いていてどうも落ち着かない。これは日本人同士でもあること。違いがあっても「あっ、そうか」と自分の考えを正すことも、意見を言い合いわかり合うことも出来る。けれどもK青年の方丈記はどうも違う。確かに古典は日本の風土の中で書かれたもの、日本人にしか分からないという人もいて、そういう考えに反発してきた私なのだが。K青年の方丈記から話題を変えようと、近くに咲いているキョウチクトウの赤い花を指さして言った。
「この花の名はエジプトでは?」
「エジプトでは、花は花。木は木であって、名前はありません。この花は一年中咲いています」
 花も木も一律にそう呼ばれているのか、いぶかっていた。そう言えば、カイロを流れている川の水も澱んで、黄土色。流れているのが分からないくらいで、ゆったりとした川面。大きな観光船ものんびりと浮かんでいる。
 方丈記を教えてくれた師もK青年も、日本へは行ったことがないとのこと。それを聞いた私は、落ち着けない理由が分かったような気がした。

 日本の夏も、大きく変わった。夕立も、台風も、雨さえも大変化。今年も、驚くこと多しの暑い暑い夏であった。

コメント (2)
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