スーパーの講義おじさん H・Sさんの作品です
胡桃パンを食べたくなってショッピングセンターに行った。パン売り場で、何種類もあるパンに見とれていた私の側に、カートを押しながらおじさんが近づいて来た。おじさんの籠の中には、刻み野菜二袋、ヨーグルト一パックと、六個入り胡桃パン二袋を棚からとり、籠の中に入れた。それで、パン売り場から立ち去るのかと見ていたら、棚の前から動かない。近づいて来たおばさん達の前に、籠の中からわざわざ取り出した胡桃パンを示し、
「私は、元女子大の教授で、栄養学の専門家です。食べ物の事なら何でも聞いて下さい。胡桃パンはいいですよ。女性に特にお勧めしたい食品なのですよ。お肌つるつる。シミを作らない優れものをぜひ食べてくださいね」と、おばさん達相手に自説をご披露し始めた。
「私の朝食は、このパンにヨーグルト、野菜を食べれば完璧です。この袋の刻み野菜をいつも愛用しています。一人分の袋のなかに六種類の野菜が入っています。食べた後、袋を捨てるだけですから、ゴミも出ません。私のやり方を実行して下されば、お肌にシミなど作らなくてすみますよ」と、大演説。
棚から胡桃パン一袋をとって私は籠に入れた。もともと、このパンを買う予定で売り場にいた私なのだが、おばさん達から見れば、おじさんの講義を聞いて買っているようにも思える。これって、集まってきたおばさん達を誘導している「サクラ」の役割を担っているわけだ。いやだな。なのに、おばさん達が、争うように胡桃パンを籠の中に入れる買い物競争が始まってしまった。
「さっそく私の理論に共感して、胡桃パンを買って下さった奥様。ありがとうございます。ほら売り切れましたよ。胡桃パン」と、おじさんは得意げに言った。
直径5センチ厚さ3センチの大きさのこのパンに入っている胡桃は、小指の先ほどの大きさ6粒ぐらいだ。これでお肌つるつる、シミを作らないとは大げさだが、それよりも、私の気持ちにひっかかったのは、袋入りの刻み野菜の方だった。おじさんは多分独り暮らしなのだろう。早速、野菜売り場に引き返し、冷蔵棚を見回した。あるある。刻み野菜は、二列の棚いっぱいに並べられていた。一袋を手に取った。キャベツ、キュウリ、水菜、玉葱、人参、ピーマン等を刻んで混ぜ合わせ、二百グラムを専用のポリ袋に詰めたものだ。一袋一八〇円。これを二袋摂取すれば一日の野菜の必要量は賄えると説明がついている。消費期限三日。手軽だから売れ筋なんだろう。元女子大の先生が持ち上げた野菜袋には三〇%OFFの値段表示がついていた。売れ残り防止のため値下げした。そういうことだ。もし、独り暮らしになったとしても、私は、最小単位で売られる野菜を、自分の目で見て選び調理する習慣を捨てたくない。私には刻み野菜は必要のないものだ。
暫く日がたったある日。ショッピングセンターを訪れた。パン売り場で元女子大教授のおじさんが、おばさん達に胡桃パンを勧めていた。胡桃パンが売れたとしてもこのおじさんが儲かるわけではないのによくやるなあと眺めていた。
「これは、優れものですよ」と勧められても、どこが優れているのか、どんな栄養素がお肌をつるつるにするのか、誰も尋ねる人はいない。勧めるから買っている、買わないとそこを離れづらいからとか、いろんな思いを込めて、おばさん達の胡桃パンの争奪合戦が今日も繰り返されていた。
胡桃パンを食べたくなってショッピングセンターに行った。パン売り場で、何種類もあるパンに見とれていた私の側に、カートを押しながらおじさんが近づいて来た。おじさんの籠の中には、刻み野菜二袋、ヨーグルト一パックと、六個入り胡桃パン二袋を棚からとり、籠の中に入れた。それで、パン売り場から立ち去るのかと見ていたら、棚の前から動かない。近づいて来たおばさん達の前に、籠の中からわざわざ取り出した胡桃パンを示し、
「私は、元女子大の教授で、栄養学の専門家です。食べ物の事なら何でも聞いて下さい。胡桃パンはいいですよ。女性に特にお勧めしたい食品なのですよ。お肌つるつる。シミを作らない優れものをぜひ食べてくださいね」と、おばさん達相手に自説をご披露し始めた。
「私の朝食は、このパンにヨーグルト、野菜を食べれば完璧です。この袋の刻み野菜をいつも愛用しています。一人分の袋のなかに六種類の野菜が入っています。食べた後、袋を捨てるだけですから、ゴミも出ません。私のやり方を実行して下されば、お肌にシミなど作らなくてすみますよ」と、大演説。
棚から胡桃パン一袋をとって私は籠に入れた。もともと、このパンを買う予定で売り場にいた私なのだが、おばさん達から見れば、おじさんの講義を聞いて買っているようにも思える。これって、集まってきたおばさん達を誘導している「サクラ」の役割を担っているわけだ。いやだな。なのに、おばさん達が、争うように胡桃パンを籠の中に入れる買い物競争が始まってしまった。
「さっそく私の理論に共感して、胡桃パンを買って下さった奥様。ありがとうございます。ほら売り切れましたよ。胡桃パン」と、おじさんは得意げに言った。
直径5センチ厚さ3センチの大きさのこのパンに入っている胡桃は、小指の先ほどの大きさ6粒ぐらいだ。これでお肌つるつる、シミを作らないとは大げさだが、それよりも、私の気持ちにひっかかったのは、袋入りの刻み野菜の方だった。おじさんは多分独り暮らしなのだろう。早速、野菜売り場に引き返し、冷蔵棚を見回した。あるある。刻み野菜は、二列の棚いっぱいに並べられていた。一袋を手に取った。キャベツ、キュウリ、水菜、玉葱、人参、ピーマン等を刻んで混ぜ合わせ、二百グラムを専用のポリ袋に詰めたものだ。一袋一八〇円。これを二袋摂取すれば一日の野菜の必要量は賄えると説明がついている。消費期限三日。手軽だから売れ筋なんだろう。元女子大の先生が持ち上げた野菜袋には三〇%OFFの値段表示がついていた。売れ残り防止のため値下げした。そういうことだ。もし、独り暮らしになったとしても、私は、最小単位で売られる野菜を、自分の目で見て選び調理する習慣を捨てたくない。私には刻み野菜は必要のないものだ。
暫く日がたったある日。ショッピングセンターを訪れた。パン売り場で元女子大教授のおじさんが、おばさん達に胡桃パンを勧めていた。胡桃パンが売れたとしてもこのおじさんが儲かるわけではないのによくやるなあと眺めていた。
「これは、優れものですよ」と勧められても、どこが優れているのか、どんな栄養素がお肌をつるつるにするのか、誰も尋ねる人はいない。勧めるから買っている、買わないとそこを離れづらいからとか、いろんな思いを込めて、おばさん達の胡桃パンの争奪合戦が今日も繰り返されていた。