九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

随筆 「山火事」夫婦    文科系 

2019年11月26日 12時50分57秒 | 文芸作品
  暗くなるのが早まった秋の五時過ぎ、保育園帰りの自動車でいつもの道を左に曲がろうとして、止まった。左に自転車を引いて横断しようとしていた初老の女性が見えたからだ。その途端に、「ガシャーン!」。俺の身体が大きく揺れた。「大丈夫だった!」、とにかく隣に座った五歳の男の子、孫のセイちゃんに声を掛ける。「何があったの?」、けろっとした顔に、救われた。調べずとも状況は分かっている。後続車に追突されたのだ。おもむろに車を再発進、後ろの車が着いてくるのを確認しつつ、前方脇にあった駐車場に入る。続いて来たでっかい黒ワゴン車の車窓から、中年の女性がなにか大声を出していた。
 さて、その後の結果から見てもほんの小さなこの事故が、俺ら老夫婦に近年たびたび勃発する冷戦に繋がっていくなどとは、その時は夢にも思えなかったのである。それも、ほぼ一か月後に長い冷戦を招くことになるなどとは。
 連れ合いが俺に言う。「二週間安静の診断書が出たんだから、通院期間の書類なんかももらって来てね。私の職場で掛けて来た共済保険の保険金が出るから」。(なお、セイちゃんは安静一週間。子どもはダメージが少ないのだそうだ)対して俺はといえば「レントゲンを撮って軽い触診の後、一応様子見という診断書が出ただけで、なんともないんだよね」と応えを濁し続けてきた。以降も、彼女はそう言い続けて、二週間後。「ちゃんと書類をもらってきてよ!」。「いや、なんともないのに、余分な保険金なんかいーよ。僕の身体に関わることだ。鞭打ちの後遺症は後で出るということも含めて、僕の身体は僕が一番よく知っていて、分かるんだから」。と応えた途端にいつものように切れたことが、すぐに分かった。「なんでそんな『いじわる』するの! 僕の身体は僕が一番よく知ってるって、そんなの関係ないでしょ」。はて、「いじわる?」とはまた一体、どういう言葉か。俺も例によって切れてしまって例によって激しい言葉の応酬が起こったが、そんな平行線の応酬なんかは全く覚えていないもの。ただ、この応酬の時に、ちょっと前にあった別の応酬も持ち出して反撃したことは確かである。
 セイちゃんと、小学三年生の孫、女の子のハーちゃんの保育園と学童保育どちらかの週三日ほどのお迎えを娘夫婦が断るように彼女が仕向けていたと分かって、俺が元に戻したことに絡む応酬だった。「白内障が酷いから、秋の夕方は危険でしょ」とした彼女の越権行為に、「なぜ僕の頭越しに僕の行動を君が決められるのか!」という理屈、怒りが爆発した。この時も今度も、彼女が折れるということは金輪際無いことだから、常に終わりのない論争になる。彼女が持ち出したケンカはもちろん、俺が持ち出した数少ない抗議でも上手く決着が付いたためしなど、ほとんど思い出すこともできないのである。

 世間では夫婦とは、特に老夫婦になると、水か空気みたいなものとよく語られる。が、その伝で行くと我が夫婦は「火と油」。一方が燃え出すと、双方の応えが油となって、家は大火事である。一方が給油を止めなければ延々と燃え広がる山火事みたいなもんだ。大抵は馬鹿馬鹿しい気分になった俺の方が部屋に引っ込んでいくしかないのだが、リタイアーの後には、この山火事からしばらく緊急避難したことも二度ほどある。つまり、家出をした。こんな夫婦が、付き合い始めた二〇歳の時から五八年もよく続いてきたもんだ。はて、どうしたもんだろう?

 そんなわけで、いつだったか、直線距離三百メートルに住んでいるセイちゃん達の母、娘のマサに相談してみたことがあった。彼女も流石、俺らの娘。今や「大火事」「山火事」の中堅家庭になっていたのは知ってはいたが、こんな予期せぬ返事にとても驚いた。
『父さんが、リタイアした前後から母さんに言い返すようになったから、激しくなったんだよ。母さんは絶対に引かない人だし・・。』
『母さんの方はその通りだが、以前の俺が言い返さなかった??・・・ウーン、言われてみれば・・・。「他人の領域にも強引に踏み込んで指図する支配的性格」、これが「山火事」の原因なのは確かだが、俺がずっとこれを助長して来た? すると今の俺は何で言い返すようになった?』
 なんか、「山火事」の本質に一歩迫れたような気がした。確かにリタイアー後の俺は食事作りとその片付け、ゴミ出し、掃除や、買い物から孫の世話まで何でもできるようになって、家へも注文も出るようになった。これに比べれば昔は「文句を言わないことで協力している」などと、我が家をよく見知った友人女性に言われたことがあったなー。相棒にしてみれば何でも自分だけがやってきたんだから、何でも自分だけで回していくよなー。などなど、その時思い出したことも多かったのである。がそれにしても、俺の注文など無視されることも多い、一方的なこの支配的性格は一体どうしたものか。俺がちょっと抵抗するとあの爆発的出火だし・・・いや待てよ、そう言えば最近、それも減ったかも知れない。俺も適当に聞き流す事を増やして来たけど、相手も抵抗せずに黙っている事が増えた? 思っているよりは反省しているのかも知れん。いやいや、もっと黙らせんといかんし、そもそもすぐに怒るのをもっともっと抑えさせないといかん。 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする