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随筆  友の「音楽」  文科系

2020年12月23日 12時43分44秒 | 文芸作品

  そのギター曲を弾き終わってすぐに顔を上げ、彼の様子を見る。目の前の車椅子から、コルセットをきつく締めて斜め前に曲がった身体で、いつもと同じように僕の目に向かって「良かったよ」と無言で語りかけてくる音のない小さな拍手を贈ってくれている。なんとかかんとか形だけはやっとという前回の演奏よりももっと長い拍手と感じたのは、僕の気のせいではないだろう。ここまで一か月以上かかって暗譜や、この曲の難しい和音装飾などもあれこれと考えて何とかひとまず完成と、そんな彼の前での二回目の演奏だった。

「この曲を弾いてくれないかな。挑戦したけど、物にならなかった奴で、僕の葬式に弾いてくれると嬉しい・・・」。
 本気なのか冗談なのか、六十年も前に入った大学同級生一番の親友からこんな注文がでたのは、一か月以上前のこと。家も近くて以来ずっと行き来が続いてきた彼はパーキンソン病を患い、この二年程で急激に悪化した。なんでも、運動神経がやられ、歩行も困難になり、骨密度が通常の四割を大きく割って椎間板などあちこちの圧迫骨折から車椅子と、そんな段階に達している。ついこの前までは、訪れた時には、悪化防止のための運動・スクワットなどを普通に手助けしていたのに、あっという間に要介護五度の重病人なのである。ただし、意識、頭脳は明晰で、明らかに僕の訪問を楽しみにしている。こちらも大学同級生であるお連れ合いさんも僕を歓迎してくれる。そんなある日、僕がギター教室の帰りに思いつきギターを弾いた折、彼自身がギター曲集を持ち出してきて注文したのだった。結構難しいと感じた曲名に覚えもないこの楽譜だったが、すぐに思い出したことがあった。
「これって、あんたが大学時代にもちょこちょこ弾いてたやつだよな?」
「鏡の中のアンナ」。付き合い始めたころ彼の家で、彼が持っていたクラシック・ギターをいつも一緒につま弾いていたそのおぼろげな記憶が蘇ってきた。〈あれ以来ずっと、どうしても弾いてみたい曲で、これまで何度も挑戦してきたけど・・・、独学のギターでは、確かに難しそうだ・・・〉。同じように僕にも、あの曲、この曲・・・、音楽が持っているそんな力は、いろんな場の自分自身にあれこれ活用してきたから、よく分かった。そう、尾瀬を唄った「夏の思い出」のように、昔を思い出しているようなちょっと愁いを帯びた曲で、美しい和音装飾がその懐かしいような情感を倍増させている。

 さて、二回目の演奏のこの時、思いついてアンコールをやった。ギターの高い単音だけで十分すぎる程に聴けるある名曲を。弾き終わって前と同じような拍手を贈りながら彼が訊ねる。「いーねー。何と言う曲なの?」。彼も当然これを知っていると思い込んでいた僕は、面食らいつつ答えたもの。「シューベルトのアベマリアという曲だけど・・・」。
「ところで、最近の句作はどんなのがある?」と、今度は僕がご披露を注文。彼は今でも十五人程の句会を主宰していて、コロナ渦中で会は開けないのだが、ネット句会という形で開会を続けているのだ。十一月は「新蕎麦メール句会」とあって、彼の提出作はこれ。
 新蕎麦や野武士のごとき指が打つ

コメント
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