九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

菅さん、しばらくがんばれ!    らくせき

2011年02月21日 10時27分25秒 | Weblog
官僚をコントロールするには、人事権を行使して
首を挿げ替えるしかにない。

これには、総理の首を挿げ替えてはダメだから
不満でも、しばらくがんばってもらうしかない。

まあ、あまり悪政でないように願いたいもの。

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なんなんだ!これは?   らくせき

2011年02月19日 15時22分36秒 | Weblog
民主党のゴタゴタ、首を差し出すから、予算を通して?
16人の反乱。
菅さんはわが道を・・・

一体、これはなんなんだ!

行き着く先は大連合か?

結局、なにが変わったんだろう? 

前原さんが総理候補のNO1だって・・・

声ばかり威勢がよくて、なにも実績があげられない
人物を総理にしてどうなるの?
まだ菅さんのほうがマシ。

集中砲火のなか、菅さんは見事、生き残れるのか?

なにが政治に求められているのかが、
案外、見えてくるのかも・・・

どうも政界再編の声が大きくなりそう。





  


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日本サッカー希望の星とザック監督など(44)サッカー評論の好い加減さ 文科系

2011年02月18日 13時51分10秒 | スポーツ
ザックの評価について、あるところにこういう文章を書いた。
【 ザックジャパンのアジアカップ総括に関わっていろんなコラム、評論などを読んだが、サッカージャーナリストってまー随分勝手なことを書くモノだというのが第一印象である。どんな物事を論ずるのでも多くの側面があり、それらが絡み合って「あー言えばこー反論」と難しいモノであることは確かだが、「話を始める視点を先ず正しく据える」ということが実にいー加減なのである。僭越ながら、ザックについて何を語る前にも先ずこれだけは出発点としてという、その例を示してみたい。以下の点に先ず触れずには、何を語っても正しいザック評価にはならないはずだと考える。
1 就任以来無敗である。その相手も、韓国2回、アルゼンチン、オーストラリアと、ガルフカップ優勝者などが入った強敵揃いだった。
2 なぜ1が起こったかと言えば、従来の代表よりも得点力が増えたことが第一の原因であるのは明らかだ。これは岡田ジャパンも含めて、日本の最大の課題であり続けてきたことだ。だから、逆転、スリルなど、見ていて楽しいゲームをするようにもなってきたと言える。
3 従来より失点が多いのをあげつらう論があるが、サッカーとは失点を恐れすぎたら得点も減るゲームであって、かつ「得点が失点より1点多ければ勝つ」ものだ。これはザックも常に強調してきたこと。マイナス思考ゆえにゴール前で縮こまってしまう日本人には、こういうプラス思考の方がよほど合っているのではないか。
 なお、以上の2と3はザックが全て意識して選手に植え付けようとして、見事果たしてきたことであるというのが、大事な点だと思う 】

 さて、以上のような批判は、多くの評論に当てはまると思う。欧州サッカー贔屓には、イタリアでけっして成功したとは言えないザックを素直に評価せず「今に失敗するだろう」まがいの変な「期待感」まで滲ませている感じの人もいる。ちょっと前金子達仁が、同じゲームについて「結果こそ大事」と「結果はどうでも良い」と2様の文章を書いて顰蹙を買った。私見を言えば、スポーツ評論ではこれもありなのである。が、以下の様な評論は論外だと思う。ゲーム総括で、監督や選手の総括の言葉を聞きもしないで書いていることもよく見られるし、ポゼションとかシュート数とかの数字も余り出てこないから、随分勝手に、一面的視点から書いているというのがほとんどではないか。スポーツ評論のはずがいつのまにか、面白くもない「関連エピソード随筆」に転化しているのを見ることもあるが、気楽な売文商売だなという気さえしてくる。
 以上全てにサッカー評論は難しいということが関わっていよう。何よりも、論理性がいるし、矛盾する諸側面を統一的に、できるだけ全体を見なければならないからもっと難しいということもある。例えば「得点を狙い攻勢的に出れば失点も増える」し、南ア大会パラグァイ戦のように「同じレギュラーでも守備重視に傾けばたちどころに点が入らなくなる」。反面、「攻撃は最大の防御なり」という側面もあったりするからまた、難しい。事ほど左様に「あー言えば、こう反論」と、一つだけの命題や視点からゲームを見たら必ず反論が出てくるし、多分その反論にも正しい側面もあるのだから、難しい。
 こんな難しい世界で、新聞のサッカー担当記者はどんどん入れ替わっていくという。強くなってまだまだ間もない日本サッカ-、評論の質が上がらないわけだ。大マスコミが、サッカー人気は上がらなくとも良いと思っているフシもあるから、なおさら話がややこしくなる。いつも言うように、大マスコミはことスポーツに関しては野球互助会である。さらに、国民のごく少数がやっているだけのスポーツでも、視聴率を稼ぐ人物を生み出せればよいとしているのは明らかだ。こうして、マスコミには国民皆スポーツとか、生涯スポーツとかいう考え方はないらしい。国民皆スポーツの思想が広まらないと、実際にスポーツをする人口が減っていって、プロを目指すような少数の選手だけが残り、長い目で見れば結局、マスコミスポーツも人気が無くなっていくのではないか。相撲人気の陰りも、やる人々が少なくなって若い人が観なくなったという側面があるはずである。

 矛盾する2側面にいつも気を配るなど、広く浅くでもゲームの全面を見ている評論を良しとすることにしている。野球のようにボールだけを追いかけているサッカー観戦が大事なことが見えないのと同じ理屈で。もちろん、観ていて楽しければよいという考えも当然ありえようが、僕はサッカーをより深く理解したいと思っている。これを、世界最大の、ダントツメジャー・スポーツ文化だと観ているから、広く世界の人々と共感しあえるような気もするのである。次回ワールドカップ・ブラジル大会前に日本が世界10位突入(2月現在は世界206カ国、地域中で、17位)などと期待するから、こういう楽しみがさらに増しているこのごろだ。

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金は天下の回りもの     らくせき

2011年02月18日 10時26分15秒 | Weblog
オバマさんがアメリカの経営者に、国内に投資をしてほしいと訴えた。

菅さんは法人税を5%もオマケします、という。
この時、雇用も考えてほしいと言ったが、
経営者たちは、そんな約束はできないとツレナイ返事。

卒業する大学生のために就職口をひろげて欲しいとも。
でも色よい返事は聞えてこない。

同じ民主党を名乗っても、迫力に圧倒的な違い。

オバマさんは、金を国内に回せ、と言っている。
利益があがったら、国内にも投資して、ということ。
菅さんなど、プレゼントをしてお願いしても、全然聞く耳もたぬ相手。
大体、格下に見られている。

日本は資源のない国。材料を輸入して、国内で加工、製品を輸出して
お金を稼ぐ。
この方程式でやってきた。

輸出最優先。競争力が落ちたら、どうする!という恫喝に弱い。
私も、子供のころから、そう教えられてきたから
5%のプレゼントも仕方にないか・・・と思っていた。

ところが、輸出最優先は豊かになった国に採用する国策ではない、という。

東京大学の松原隆一郎さん。

グローバル経済のなか、競争力を上げろ、というのはオカシイという。
変動相場制の現在、日本の競争力があがれば、
円高になって、自動的にハンディ・キャップが与えられるという。
(競争力をあげて利益を得るのは、固定相場の場合。
現在の中国のように実質的に固定相場であれば、競争力を
高めることが良いのか?)

現在、トヨタなど日本の輸出企業は、グローバル化のなかで生き残るために、
雇用を切り、給料をあげずに、利益をあげている。
それが、円高となって自分の首を絞める結果となる。

アメリカの金利が高かった時、輸出産業は儲けたお金をどうしていたのか?
米国の国債に投資していた。
今は、どこへ投資してるのか?ブラジルや南米かな・・・

問題は、お金が日本に投資されなかったこと。
菅さんは、日本国の総理として、国内への投資を訴える力があるはず。
日本国のため投資するなら、法人税も下げても良い。
つまり国の政策として法人税の減税をする意味があり、
多くの国民の賛成が得られるはず。

目先の自己の利益のみを考えて行動している輸出企業に、
国として便宜を図るのは確かにオカシイ。

加工して輸出しないと国は成長しない、
だから輸出産業を保護して当然、という思い込みは
もう時代遅れだ、というのが松原さんの主張。

これは目からウロコでした。

先進国の公平な経済政策は、どうあるべきか?
TTPなども輸出産業の利益を優先するためのもの。
金は天下の回りもの。
それが偏った流れをしているのが今の日本らしい。
どうしたら隅々まで、健康的に流れるようになるのか?
一旦、立ち止まって考えてみよう。

金は天下の回りモノ、といって、人間が中心なら良いが
現在では、金という絶対的な力を持った『神』が世界制覇を狙っている。

金の前での平等・公平といった価値観が最優先されているのがTTPみたい。

ローカルの神々は絶滅するのだろうか?

河村さんの『税金を払っている人が苦労して、
税金を使っている人が楽をするのはオカシイ』という主張。
これも金の神の神託かも・・・




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異様な「TPP開国論」歴史の連続性を見抜け  内橋克人氏講演会

2011年02月17日 17時03分41秒 | Weblog
異様な「TPP開国論」歴史の連続性を見抜け 内橋克人氏講演会・“四つの異様”
・MAI蘇る・マネーの意思・自覚的消費者というテーマで
 (社)農協協会、新世紀JA研究会、農業協同組合研究会の3団体は経済評論家の内橋克人氏を講師に講演会を開催、内容を農協新聞に紹介していた。
 示唆に富む講演なので紹介したい。
                         ネット虫

=======================================   講演要旨

 TPPについて東京発マスコミの「開国」一辺倒論ぶりは異様なものです。例えば去年秋の日比谷での大規模な反対集会について1行も報道していません。
 これに対して、地域社会に密着するジャーナリズムは違っておりまして、私が書いた『TPP開国論を問う』『市場原理主義 再び』といった反対論を大きく掲載しています。お手許に配ってあります資料をご覧ください(中国新聞、北海道新聞)。すでに崖っぷちに立たされている日本農業の背中をさらに押す、というような圧力が出てきた時、中央紙とはまるで違う対応をする。それがコミュニティ・ペーパーの特徴でもあるでしょう。ともあれ、いまやTPPをめぐって「国論二分」の状況になってきました。
 協同組合の中にもいまだTPPに関して態度を決めかねている方がいます。「まだ情報を収集中」などという、ある協同組合トップの方に私は率直に「情報が集まった時にはもう手遅れですよ」と申し上げた。
 菅直人首相は歴史上、幕末・明治を第一の開国、あたかも輝かしい開国であったかのごとく信じているようですが、蒙昧とはこのことをいうのでしょう。第一の開国こそは欧米列強への隷従的・片務的な「不平等条約」でした。相手国は一方的に関税を決め、日本は独立国家の当然の権利である関税自主権さえ奪われた。それから領事裁判権という名のもと、犯罪を犯した外国人を日本の法律で裁けない治外法権も強制されました。対等な関係における日本の「開国」がやっと実現したのは、第一の開国から60数年も経った第1次大戦後のことです。近代日本がいかに苦悶を迫られたか、それを菅氏はご存じない。
 「開国」という「政治ことば」に秘められた大きな企みが人々を間違った方向へ導いていく。「規制緩和」「構造改革」がそうでした。これに反対するものは「守旧派」と呼び、少数派として排除しましたが、今回も同じ構図です。「改革」とか「開国」とか、一見、ポジティブな響きの、前向きの言葉の裏に潜む「政治ことば」の罠、その暗闇に目を注ぎながら言葉の真意を見抜いていかなければなりません。「国を開く」などといいますが、その行き着くところ、実質はまさに「国を明け渡す」に等しい。「城を明け渡す」とは落城のことです。光り輝く近代化というイメージ、その実態は?と問わなければなりません。「第一の開国」についての詳細はお手許の資料に詳述してあります。


◆“四つの異様

 TPPにつきまして事情はすでにご存じの通りです。シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイといった4カ国に始まる多国間協定への経緯、またこれにアメリカ、カナダなどが参加表明するに至ったそもそもの理由など、基礎的、常識的な事情は省略いたしまして、なぜいまアメリカは「米主導のアジア圏」形成に向けて動き出したのか。TPPにかけるアメリカのしたたかな戦略性ということについて、考えを述べたいと思います。
 昨年10月、米国際戦略問題研究所(CSIS)と日本経済新聞社共催のシンポジウムで前原誠司外相は「(日本の第1次産業の割合は)1.5%。そのために(これを守るために)残り98.5%が犠牲になっている」と発言しました。場所も内容も不適切です。が、これを問題にするジャーナリズムは皆無でした。
 私はこれを「三つの異様」と呼び、第一に菅首相の開国論の異様、第二に前原発言の異様、そして第三に新聞・メディアの異様、三つを揃えて批判の論拠を書きました。こうしたあり方になびく日本社会全体の異様、これを含みますと「四つの異様」となります。
 ところで、CSISとはいったい何を研究するシンクタンクなのか。ワシントンのジョージタウン大学のなかにある。1960年代から長期間、アメリカの世界戦略に携わってきたこのシンクタンクをめぐっては、さまざまな説がありますが、今日はその部分は控えておきましょう。前原氏はこの機関と日本の大手マスコミとの共催シンポジウムの場で30分ほどの基調講演をし、そのなかで先程のような発言をした。アメリカにとってはまさに「舌なめずり」したくなるような言葉です。
 1990年代半ば、「多国間投資協定」(MAI)をめぐる大きな騒動がありました。
 米国のクリントン政権がこの協定を“21世紀における世界経済の憲法”とまで称して、多国間で資本、マネーに関する協定を結ぼうと画策していたのです。市民、NGOが気付いたときには、すでに、通商交渉に関して議会の承認なく大統領の一存ですべてを決めることのできる「ファストトラック」という手続き開始の直前。物事は進んでおりました。
 以後、全世界1000を超えるNGОが猛烈な反対運動を展開して結局、クリントン大統領は構想の撤回に追い込まれた。フランスのNGO・ATTACはじめ世界中の市民あげての一大反対運動が盛り上がったからです。1997年のことでした。日本から声を上げたのは「市民フォーラム2001」というNGОだけで、いってみれば日本は“ただ乗り”の形で難を逃れたことになります。だから、今回、市民も無防備なのかも知れません。


MAI蘇る
 このMAIの狙いがTPPに姿を変えていまに蘇った、と私は考えています。長い歴史の連続性をきちんと認識できるジャーナリストがいなくなってしまいました。
 もし今回のTPP騒動にヨーロッパが巻き込まれておれば、とっくの昔にNGОが反対運動を立ち上げ、世界中に広げていたことでしよう。
 MAIの狙いはマネーにとって障壁なき「バリアフリー社会」を世界につくるということでした。協定批准国が外資に内国民待遇を与えることを義務付けます。
 重要な点を挙げますと、まず第1に、例えば日本の自治体が不況対策として地場の中小企業に制度融資などを行った場合、これを協定違反とみなします。国内企業への公的支援、優遇策はすべて外資に対する差別であるとするのです。
 第2は、投資に対する絶対的自由の保障で、外資に対して天然資源の取得権まで含めて投資の自由を保障する。つまり国土の切り売りを認めなさいということです。今、外資による森林や水源の買収が問題になっていますが、すでに南米などでは国土を切り売りしている国もたくさんあります。
 第3は、外国人投資家に相手国政府を直接、提訴できる損害賠償請求権を与えるとしたことでした。例えば地場産業育成のための公的支援を差別待遇だと外国人投資家が判断すれば、当該国政府を相手取って賠償を求めることができるのです。
 以上は、外国資本への“逆差別”の奨励であり、徹底した外資優遇策です。その背景にウォール街の意思、マネーの企みがあること、いうまでもありません。
 13年ほど前、こういう協定が結ばれようとしていた事実を認識していただきたい。もし実現していたらどうなっていたか。いずれにせよ、こうした長期の国際戦略を研究し、政策提言するシンクタンクは、たとえ大統領が何代変わろうとも、生き続けているのです。
 今、形を変えてMAIの戦略性が息を吹き返した、それがTPPに盛り込まれた高度の戦略性です。ここを見抜かなければなりません。関税ゼロはその一つに過ぎない。
 米国の狙いは対中国戦略にもあります。中国はいまなお社会主義市場経済を名乗り、アングロサクソン型市場経済とはルールが違います。


協調と緊張
 例えば中国には個人に土地所有権はありません。資本主義市場経済の最も重要な要素は私的所有権、つまり財産権です。その一部がないという中国のルールを変えて完全な私的財産権を確立させる、これによって、アメリカ覇権による「グローバル・スタンダード」を世界に普遍化していく、と。TPPの真意の一つは中国経済への対抗力、包囲力というものを日本を巻き込んで日米共同で形成していく、これが米国の狙いの一つです。TPP加盟予定、参加表明国も含めた環太平洋9カ国の合計GDPの95%が日米二国で占められています。実質は日米FTAといわれるのも、その故ですが、FTAなどとは比較にならないほど、重大なアメリカの対アジア戦略がTPPには込められています。その一つが、いまいいました対中国戦略です。
 中国はEUとFTAを結び、むろんアジアでも覇権を確立しようとしています。ルールの違うものが大変な勢いで伸びていることに米国が脅威を感じないはずはありません。
 軍事的にはもちろん、経済的にも米中間には協調と緊張の両側面があり、米国のシンクタンクはこれを両立させていくために、“協調的対決”あるいは“対決型協調”をもって、世界に広がっていく中国の勢いを喰い止めようと政策提言を重ねてきました。
 米国の多国籍企業、超国家企業にとって中国市場こそは人口規模の大きさ、今後の成長力からして、まさに舌なめずりしたい利益機会です。しかし、他方で戦略的緊張関係は増大する。この二律背反のなか、米中のルールの調整が大きなテーマになってきました。
 どちらのルール(法的・経済的諸制度)に合わせるのか。むろんのこと、アングロ・サクソン型ルールへの呑み込み(吸収的等質化)をはかることが、アメリカの長期の戦略なのであり、その目的の実現に向けてあらゆる手法を採ろうとするでしょう。
 イラク攻撃ではアメリカは対テロ戦という大義を掲げましたが、その真意がイスラム社会のルールを変えさせることにあったことが、いまや歴史的にも明らかにされてきました。イスラム世界でも中国の土地と同じように財産権の概念が薄い。アングロ・サクソン型資本主義市場経済の基礎的条件である「私的財産権の絶対化」というインフラは、こと少なくとも正統なイスラム圏には存在しない。


マネーの意思
 イスラムでは「正当な労働の報酬以外は受け取ってはならない」という戒律があります。当然ながら「利が利を生むマネー」を正当化したり、壮大な不労所得を是認したり、というマネー資本主義は、少なくとも正面玄関から入っていくことはできません。利子を取らないイスラム銀行が世界中で伸びています。マネー資本主義にとってこれは大きな障壁です。マネーは運動できる場の領域が広ければ広いほど、利が利を呼び、高い蓄積を可能にする。こうしたマネーの意思はイラク・アタックのさなか、各所で実現に向けて展開されていたことが、いま明らかになってきました。世界のNGOが伝えています。
 たとえば米軍がバグダッドを攻めた時、彼らの戦車は汚水を飲み水に浄化できる「逆浸透膜」という精緻な技術の浄化装置を積み込んで進みました。
 バクダッドの南、ウムカスルスという街に米軍の部隊が入ったとき、その街では米空軍の猛爆のため水道水はじめほとんどのインフラが破壊されていて、住民は飲み水にもこと欠き、渇(かつ)えていた。やってきた米軍は真っ先に何をするか、それを現地にとどまったNGOが逐一、見届けた。米軍はまずその街の人びとに声をかけ、タンクローリー車の所有者を探した。給水車ですね。タンクローリーをもっている、というのは、むろんのこと富裕層です。名乗りを上げた富裕層に米軍は何を指示したか。「街の人びとは水に飢えているでしょう。ここに水があります。これを皆さんに無料で差し上げます。皆さんはこれを街の人びとに与えなさい。ただし、条件がある」と。それが「代金をとって売りなさい」ということでした。つまり飲み水を「商品」として売らせよう、ということです。
 タンクローリーの所有者たちは最初、「もらった水を売るということはイスラムの戒律からしてできない」と。しかし、目の前に喉の渇えた人びとがたくさんいる。給水された水を代金をとって売ってみる。すると、苦労しなくてもカネは入ってくる。「あ、これはいいな」と。次第に感覚が麻痺して、これはいい商売だ、と。つまり市場経済の餌付けですね。
 こうしたやり方はヘリテージ財団系のシンクタンクがマニュアルを作成した。レッスン1からレッスン10まで明示されている。米軍は忠実に実行していった。こうして先般、米軍はイラクから撤退しましたが、その後にはかつてのイスラム世界とは違う市場化されたイラク経済が残りました。国有企業の民営化が進み、銀行には外資が入り、それまで禁じられていた利益の海外送金も自由になった。
 こうした歴史からも明らかなように、経済的ルールの違う中国経済圏への対抗力(一面協調・他面敵対)をどう保つか、アメリカにとっては最重要のグローバル・ポリシーです。TPPに込められた戦略性、その網のなかに日本はからめとられていくでしょう。


大黒柱を抜く
 以上、TPP構想に込められた、これまで触れられていない、しかし重大な側面を指摘しました。TPPについてはひとまずこれくらいにして次のテーマです。
 日本経済を振り返りますと、昭和30年代後半から「貿易・資本自由化」が実施に移され、モノとカネの自由化がどんどん進められました。日米安保改定のもう一つの顔が日本市場の開放にあったことを知る人が少ないのに驚きます。小麦も大豆も粗糖も飼料用トウモロコシも、すべて自由化の対象として開放を迫られた。日本農業の大黒柱が、このとき、抜かれたのです。穀物すべてにわたる低い低い自給率への道が掃き清められた。いま、最後の砦、コメが狙いであること、そして背後にアメリカの長期にわたるグローバル・ポリシーがあること。何も、景気回復に必死のオバマ政権に始まったことではないこと、重ねて強調しておかなければならないでしょう。
お配りした『TPP開国論を問う』に、前原発言の虚妄について具体的な数字を挙げて反論しておりますので、じっくりお読み頂ければ、と思います。
 さて、いま、日本の自動車は25%以上が海外生産です。日本経済がこういう日本型多国籍企業、私は「グローバルズ」と呼んできましたが、わずか百社ほどのグローバルズにおんぶしておれば、国内での雇用力は衰退し、高度失業化社会に至ること、目に見えています。完全失業者350万人、雇用調整助成金で辛うじて保たれている雇用が199万人。そのほかに「雇用保蔵」が600万人超(GDPの需給ギャップから推計)。表に出た数字からは想像もつかない大量失業の現実です。
 誰が日本国内における雇用を守るのか。私は「ローカルズ」と呼んでおりますが、日本列島に固着して生きる中小企業、農業、そして協同組合などを措いてないこと、明らかなところでしょう。国内の地域社会に密着して生きていくほかにない日本人、そして地域に固着する社会的企業です。私たちはこれからますます“シンク・スモール・ファースト”(小さきもの、弱きものの利益から先に考える)という、ヨーロッパでは常識の思想性を深めていかなければならないと思います。
 私は地域社会に根ざした人間中心の経済について「人間主語の経済」、あるいは「理念型経済」と呼んできました。「市場」が主語でなく「市民」が市場を制御する社会です。そういう社会は可能かと、多くの実例を挙げて問うてきました。


自覚的消費者
 例えば北欧における「自覚的消費者」の積極的な育成が挙げられます。家電製品の場合、全ての商品にエネルギー・マークが貼ってある。ABCD・・・と。当初は価格の安い、しかし、エネルギー効率の悪いAが売れます。値段が安いから。ところが消費者のうちの自覚的な人びとが、いや、値段はやや高いけれども、電力消費の少ない、効率的なDのほうがよい、こちらを選択すべきだ、と。すると一般の消費者もDを選ぶようになる。Dの価格の中には地球環境を守るコストが込められている、とそう理解して選ぶ消費者が増えていく。するとDに量産効果が出てきて、AよりDのほうが安くなる。Dが一般化していくと、今度はさらにEという次の、もっと省エネの商品を開発する、といった具合です。そういう形で市場を市民社会的制御の下に置くわけです。
 またデンマークでは一般家庭の電気代に上乗せしてグリーン料金というのが課せられる。これを出資金として風力発電を行う市民共同発電方式が大きく育った。配電会社は市民共同方式による電力を高く買う一方、企業からは安く買う制度になっており、政策的に優遇している。市民の出資金は「グリーン証書」という証券となって流通していきます。
 また同国は原油価格の国際相場が下がっても国内の石油製品価格は下げないという二重価格制をとったこともありました。そのようにしてオイルショック時には1.5%だったエネルギー自給率がいまや180%となり、実力ある電力輸出国になった。因みに同国の食料自給率は300%です。
 ワイルドな資本主義、むき出しの市場原理主義、新自由主義の時代を超克していくためには、これに歯止めをかける「対抗思潮」というものを盛り上げていかなければならないでしょう。そのために協同組合の力の結集、内部の革新、そして「協同の協同」(協同組合間連携)が必要なのです。
 最後に「賢さをともなわない勇気は乱暴なだけであり、勇気をともなわない賢さなどはくそにもならない」というドイツの作家エーリッヒ・ケストナーの言葉を紹介しておきたいと思います。ナチに弾圧されたケストナーは「賢さをともなった勇気」だけが人間社会を幸せにできる、と書き遺しました。いま、ケストナーの言葉のなかにこそ「協同組合人」が備えるべき資質の核心が込められているのではないか、そう信じています。
 こうした認識をいっそう深めるため、皆様のお手許にありますように、価値高い2本の論文が宇沢弘文先生から寄せられました。心から御礼申し上げる次第です。
(2011.02.08)

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米軍沖縄駐留が抑止力は方便だった」許せない国民を欺く鳩山前首相の発言      大西五郎

2011年02月16日 20時38分09秒 | Weblog
  鳩山由紀夫前首相は2月12日まで2回にわたって琉球新報や沖縄タイムスそれに共同通信との合同インタビューに応じ、「普天間基地の移転先は国外、少なくとも(沖縄)県外」と国民に約束していたのに、昨年5月に国外・県外の移転をあきらめ、名護市辺野古へと日米共同声明の線に戻った経緯について語りました。

 琉球新報や沖縄タイムスによりますと、鳩山前首相は「(国外や県外への移転が難しく、移転先が)辺野古しか残らなくなったときに、その(県内回帰の)理由に理屈付けをしなければならず『抑止力』という言葉を使った。方便といわれれば方便だった。」と述べました。
 その上で、米側とは「県外移設」に向けた具体的交渉はなく、「最後はオバマ大統領との間でやるような話だったと今、後悔している。『県外』を困難視する閣僚や辺野古支持の官僚を最後まで統率できなかったのは力不足だった」と述べました。
 また、沖縄に駐留する海兵隊の「抑止力」については「(海兵隊は)一朝有事のときに米国民を救出するのが役割だから、存在自体が直接、戦争の抑止、攻撃の抑止になるわけではない。全体として4軍そろっていることが必要で、全て関連している中での抑止力になる」という見解を示しました。

 「方便発言」が報じられると、当然のことながら沖縄県側から強い抗議の声が挙がっていますが、鳩山前首相は14日に東京都内で報道機関に囲まれると「自分から『方便』と言ったわけではない。インタビューで『方便だったのではないですか』と聞くので、『そう言われたらそうかもしれない』と答えたのだ」と弁解しました(15日朝日新聞)。
 鳩山前首相は普天間飛行場移設問題を巡る迷走で社民党の連立政権離脱を招いたことや自らの資金管理団体を巡る「政治とカネ」の問題の責任を取り昨年6月に首相と民主党代表を退き、政治家を引退すると表明しました。しかし舌の根も乾かぬうちに「現役復帰」し、政治とカネの問題で多くの国民から批判されている小沢元民主党代表を擁護する発言を行うなど、言葉の軽さが問題となっていますが、言葉の軽さだけでは済まされず、鳩山氏は、沖縄県民だけでなく、国民全体を欺いたことになります。

 普天間基地の辺野古への移転の根拠が作り上げられたものであることが明らかになった以上、後を継いだ菅内閣は改めてアメリカ側との共同声明を見直し、米軍基地の国外・県外移転を交渉すべきです。

 このような大きな問題であるにもかかわらず、沖縄以外のメディアの反応の鈍さが気になります。中日新聞は共同通信の配信を受けて13日に短く報じましたが、14日が新聞休刊日だった関係もあり、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞が報じたのは15日になってからですが、直接取材したのが沖縄のメディアだったということもあって、朝日が沖縄タイムスの記事を紹介しましたが、毎日と読売は大きな扱いにはなりませんでした。読売新聞の見出しは「放言止まらず…鳩山前首相『方便』発言が波紋」でした。「放言」と捉えているのは問題です
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金さん70歳に    らくせき

2011年02月16日 10時48分36秒 | Weblog
朝鮮日報によれば、
年満70歳となる金正日(キム・ジョンイル)総書記の健康状態は、
いつ何が起ってもおかしくない状況にある、という。

韓国政府の安全保障担当部処(省庁)の当局者は
「金総書記が急死するか、意識不明の寝たきり状態になるか、
徐々に体調が悪化するかによって、
北朝鮮の状況はかなり異なってくるだろう」
「70歳となる金総書記の健康状態は、
今や韓半島(朝鮮半島)情勢における最大の不安定要素として浮上した」と語る。

北朝鮮の急変事態は決して仮想のシナリオにとどまるものではなく、
あすにでも起こりかねない現実の問題ということだ。
そのため政府、軍、国民のいずれもしっかりと備えておかなければならない。

こうした報道のなか、北朝鮮では誕生日を祝う食料の配給があった。
ちょっと前に、食糧援助をアメリカに求めたのも
こうしたお祝い用の食料が足らなかったからか?

韓国や、とくにアメリカの一部から、金さんが亡くなって
北が混乱するという推測が盛んに流されるが、
これは眉唾モノでは?

人は危機に陥れば陥るほど、身体を固くして防御姿勢を取る。
金さんが亡くなれば、一時的に団結が強まると考えたほうが良い。

北の変化を一番促したのは、おそらく韓国の経済援助だった
可能性が高い。
中国の援助も、韓国ほどではないが、変化を引きおこしていく。

日本も戦後処理をして経済援助をしたほうが
金さん体制は早く終ると思いますが・・・


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許せない国民を欺く鳩山前首相の発言   大西五郎

2011年02月15日 19時00分39秒 | Weblog
「米軍沖縄駐留が抑止力は方便だった」
許せない国民を欺く鳩山前首相の発言   大西 五郎


 鳩山由紀夫前首相は2月12日まで2回にわたって
琉球新報や沖縄タイムスそれに共同通信との合同インタビューに応じ、
「普天間基地の移転先は国外、少なくとも(沖縄)県外」と国民に約束していたのに、
昨年5月に国外・県外の移転をあきらめ、名護市辺野古へと日米共同声明の線に
戻った経緯について語りました。
 琉球新報や沖縄タイムスによりますと、鳩山前首相は
「(国外や県外への移転が難しく、移転先が)辺野古しか残らなくなったときに、
その(県内回帰の)理由に理屈付けをしなければならず『抑止力』という言葉を使った。
方便といわれれば方便だった。」と述べました。

 その上で、米側とは「県外移設」に向けた具体的交渉はなく、
「最後はオバマ大統領との間でやるような話だったと今、後悔している。
『県外』を困難視する閣僚や辺野古支持の官僚を最後まで統率できなかったのは
力不足だった」と述べました。
 また、沖縄に駐留する海兵隊の「抑止力」については
「(海兵隊は)一朝有事のときに米国民を救出するのが役割だから、
存在自体が直接、戦争の抑止、攻撃の抑止になるわけではない。
全体として4軍そろっていることが必要で、
全て関連している中での抑止力になる」という見解を示しました。

 「方便発言」が報じられると、当然のことながら沖縄県側から
強い抗議の声が挙がっていますが、
鳩山前首相は14日に東京都内で報道機関に囲まれると
「自分から『方便』と言ったわけではない。
インタビューで『方便だったのではないですか』と聞くので、
『そう言われたらそうかもしれない』と答えたのだ」と弁解しました(15日朝日新聞)。

 鳩山前首相は普天間飛行場移設問題を巡る迷走で社民党の連立政権離脱を招いたことや
自らの資金管理団体を巡る「政治とカネ」の問題の責任を取り
昨年6月に首相と民主党代表を退き、政治家を引退すると表明しました。
しかし舌の根も乾かぬうちに「現役復帰」し、政治とカネの問題で
多くの国民から批判されている小沢元民主党代表を擁護する発言を行うなど、
言葉の軽さが問題となっていますが、
言葉の軽さだけでは済まされず、鳩山氏は、沖縄県民だけでなく、
国民全体を欺いたことになります。

 普天間基地の辺野古への移転の根拠が作り上げられたものであることが明らかになった以上、
後を継いだ菅内閣は改めてアメリカ側との共同声明を見直し、
米軍基地の国外・県外移転を交渉すべきです。

 このような大きな問題であるにもかかわらず、
沖縄以外のメディアの反応の鈍さが気になります。
中日新聞は共同通信の配信を受けて13日に短く報じましたが、
14日が新聞休刊日だった関係もあり、
朝日新聞、毎日新聞、読売新聞が報じたのは15日になってからですが、
直接取材したのが沖縄のメディアだったということもあって、
朝日が沖縄タイムスの記事を紹介しましたが、
毎日と読売は大きな扱いにはなりませんでした。
読売新聞の見出しは「放言止まらず…鳩山前首相『方便』発言が波紋」でした。
「放言」と捉えているのは問題です。


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日本サッカー希望の星とザック監督など(43)ここまでの総括(後編)文科系

2011年02月15日 08時50分46秒 | スポーツ
5 ザックジャパンの今後

A 今後の背景になるザック理論
 ザックは今後、いわばFCバルセロナのような戦い方を模索していくだろう。組織性と走力、そして高度な基礎技術を基とした全員攻撃・全員守備のパスサッカーである。オシムも岡田もこういうイメージを目指していたのは、これが日本人に合っているからだ。岡田が南ア大会の土壇場になって諦めたバルサ型守備の理想「高い構えの、前からの全員プレス」をザックは早速採用して見せ、アルゼンチン戦に観えたように少しの手直しで速くも成功を収めている。
 ザックのサッカー理論の骨子は、以下のようなモノだ。
 ウディネーゼからミラン優勝までの最初のベースは、アリゴ・サッキの「ゾーン・プレス」と、クライフの「トータルフットボール」をミックスして、固有の「バランス」の考え方を作り上げたものである。それでもどちらかと言えばクライフ寄りを自認していて、イタリアには珍しい攻撃型の監督であって、ビアホフ、アモローゾなど組織的な点取り屋を作るのも、上手かった。さらにその後、わざわざバルセロナに滞在して、FCバルセロナを熱心に学んだことは有名な話であって、「あー言う戦い方をしたい」と常々語ってきたようだ。
 彼が日本監督を引き受けたのは、以上の背景があったからだと思う。日本協会のイメージはいろんな意味でスペインと共通性があったはずだし、事実監督候補にスペイン人複数も上がっていた。
 なお、日本が最も弱かった守備についてすぐに指導した内容を観ていると、モウリーニョがインテルでやった最先端の守備を研究した形跡もある。「敵ボール・プレスではサイドに追いやり、中央は厚くして破らせない」「プレスに行く者は後ろなど気にせず、ボールに集中する」などを徹底しており、特に後者については選手たち全員が「初めて聞く指導だ」と語っていたのは目新しい話である。

B 日本の欠陥とザックが観ているもの
 ザックはアジアカップ総括で、「このチームに足りないのは経験だ」と語り、「相手やゲーム展開に合わせて戦い分けること」を今後の最重要課題と述べた。その意味では、南ア・ワールドカップ、アジアカップという修羅場を主力として乗り越えた選手たちとともにその経験を若手に徹底していくことが、当面の最大課題となろう。「流れが読めて、リズムが切り替えられる」長谷部、遠藤、松井らが、アジアカップの出だしで浮ついていた若手をきちんとたしなめて一つにまとめ上げていった経験なども、ザックは非常に誉めていたものだ。あれがなければ、ヨルダン戦、シリア戦の酷さからするとアジアカップもどうなっていたかと、今鳥肌が立つ。

C 方向性
・Aのバルセロナ型チームというなら、旧代表選手たちが望んできたところだろう。さらに、B「流れが読めて、リズムが切り替えられる」という点でも、ベテランの財産が貴重だと思う。遠藤に受け継がれたヒデ、中村俊輔らの財産や、前田、岡崎に受け継がれた中山・原系列の財産やには、近年の日本サッカー急成長に繋がった重いモノがあると考える。特にオシムがアジアカップ総括でここまで言う遠藤から、若手がとことん学んで欲しい。
『遠藤は、まだこれからだ。彼がもっと走り、アグレッシブなプレーをすれば、今からでももの凄い選手になれる。それをぜひ本人に伝えてくれ』
今後のザックはこれらベテランを大切にするはずだ。「日本は技術が高い。良いFWもいて、得点力もあるはずだ」と語ってきたのだし、「優勝したのだから、このメンバーが今後の骨子になる」とも語っているのだから。つまり、当面の幹部たちはほぼ決まっているということだろう。

・DFだけでなく、守備プレス時などの球際を中心にプレーが軽い時がある。その一部修正はザックが最初に手を付けたものだが、「ファールをしない守備」とともに、全員に今後も最も厳しく求められていくだろう。Jリーグゲームの守備が世界基準で観て全体として軽いのも、問題ではないだろうか。

・以上のようなザックのチーム・コンセプトからすれば、パススピードと精度、および、走りながらボールを受ける技術を、もっともっと高めねばならない。特に走りながらボールを受ける技術について憲剛は、「日本でこれが世界水準なのは、ほとんど香川だけだ」と述べていた。ちなみに、ザックが理想としていると観られるFCバルセロナは、アーセナルなどとともにこの技術では世界有数と言える。
 関連して、余談を少々。憲剛がこの「走りながらパスを受ける技術」の世界水準を教わったのは、長年の相棒ジュニーニョからであることは明らかであろう。こうして、憲剛を観ていると日本にいても考え方、やり方次第でいくらでも世界水準になれるということが分かる。

・上記2点から言って、若手の発掘に向けては、小さくても体幹などが強く、何よりもスピードのある選手が候補になると思う。このスピードこそ、長谷部、香川、長友が世界3位のドイツなどで大成功した最大の要因だったと述べて良いのだから。もちろん高度な日本流基礎技術は、前提となるのだが。
 また、センターバックの若手人材発掘は急務である。条件は、先ずスピードとパス力、次いで高さと強さ。

・本田は、「代表での自分」をもう一度考え直さないならば、レギュラーからは外した方が良いと思う。この代表で彼に期待されている第一のことは、前田、岡崎、香川に得点させることであって、自身の得点ではないはずだ。彼が第一に得点を狙ったら、ヨルダン戦のようにチームが狂ってくる。大会中、岡崎、香川にこんな注文も出していたようだ。
「俺がパスを出しているんだから、オマエラももっと俺にパスをくれ。俺は得点が欲しい」
 これに対して岡崎は「そこまで言うんだったら、得点力をもっと磨いとけよ」とだけ応えたらしいが、これは一種の悪しきセクト主義だ。3人で「パスの出し合い」をギブアンドテイクよろしく談合したら、前田は一体どうなるのだ? アジアカップで前田が孤立しがちだったというその原因の一つに、本田の責任もあったのではないかと思い、サッカー選手としては特に好ましくないチームを壊す言動だと思うが、どうだろうか。
 この点については、本田自身が日常のスタイルを変えて、代表で求められるとおりに振る舞うことができるとしたら、別の話である。カタールの本田は、特に後半にはこれができていた。
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日本サッカー希望の星とザック監督など(42)ここまでの総括(中編)文科系

2011年02月13日 06時17分21秒 | スポーツ
3 防御に関わっては、従来より失点が多いのを問題にする論調が多い。これについては今回は特に、何よりもまず、こんな意見を出したい。
 サッカーとは、失点を恐れすぎたら得点も減るゲームである。これは、南ア大会岡田ジャパンがパラグァイにPK戦で敗れ、8強を逃したあのゲームの最大の反省点にも上げられていたはずだ。また、「得点が失点より1点多ければ勝つゲーム」でもある。これはザックが選手相手に常に強調してきたことだ。ザックのようにリスクを冒して得点を目指させれば、敵カウンターなどによる失点も増えるだろう。得点との相関関係を観ないで失点を語るだけのやり方、論法は非科学的だと言いたい。マイナス思考ゆえにゴール前で縮こまりがちな日本選手には、こういうプラス思考の方がよほど合っているはずだ。ザックがプラス思考、リスク冒しを勧めてきたからこそ、岡崎が今大会でここまでの自信を語れるようなチームになったという点を、けっして忘れてはいけないと思う。
「僕らは、苦しい時でも何とかしてしまうチームなんで」
 こういうチームであれば、負けない間は失点を論ずるのをしばらく止めようではないか。その方が、ザックと選手とを励ますことにもなるだろう。

 こういう観点からは、それぞれの失点をその局面だけで見るのが主要な側面ではないと主張したい。今回に関しては「2ほどの一大改革が出来たのだから、その反面3は起こるさ」と語ったら、乱暴だろうか。失点が多くても、得点がその2.5倍もあって、無敗を続けてきたならば、そういう失点にさほどの大問題はないとしておこう。しかも、新しいセンターバックなど、若い選手を多数使って、準備期間も少なかった大会でもある。
 まー、事ほど左様に、守備だけ、攻撃だけを語ったら誤った総括になるというのがサッカーであると、ザックはいつも強調する。ザックが最も重視する発想法「バランス」というのは、そういう考え方のことらしい。「あー言えばコー言う」がサッカー批評では全てに成り立つのだが、この「あー」と「コー」を一体のものとして考えねばならぬということなのだ。

4 ナンバーのトルシェ総括は短いけれど要を得て、賢い文章とも思い、秀逸だと観た。
『日本は親善試合でアルゼンチンを破った。リスクを冒し、決断して、攻撃的でアグレッシブなサッカーを実践させたのだった』
『厳格なシステムでプレーするのではなく、選手が自由に自分を表現することで攻撃志向を維持し続けた。私の印象では、ブラジルのようなチームだった』
『日本が見せたのは、目の前の試合を勝ちきるための、相手をほんの少し上回る強さと、それを可能にした選手の適応能力と戦術的な知性の高さだった』
 ここに言う「適応能力と戦術的な知性」が多分、ザックがよく言う「日本の選手たちは頭が良い」ということなのだろう。

 オシムの戦評で特徴的なことを、抜粋、転載したい。
 まず、サウジ戦の大量点について
『(本田が欠場して)誰もが同時にプレーに参加したからよかったと、本田にもきちっと説明すべきだ』
 日本の評論家たちが良く語る「サウジのモチベーションが低かった(から5点も取れた)」ついても、こういう批判をする。
『(サウジ側に)モチベーションがないというのは私にはよくわからない。(中略)彼らだって勝って大会を終えたかったし、監督もそう思っていたはずだ』
 この通りだと思う。選手だって、明日のレギュラーはもちろん、代表が保証された者などいるわけがないのであって、あーいう連敗となれば必死になるというのが普通だろう。特に、相手が日本ならば、名誉挽回のチャンスではないか。そんな絶好機に「未来へ向かって自分を目立たせるために、チームを壊す」ようにする者もないだろう。そういう「行為」、選手はまた、未来には切られる要素を増やしたのだ。ドイツ大会日本がばらばらになったことによって以降、何人かの選手が切られているのを忘れてはいけないと思う。このよく言われるモチべーション論は、ゲームを観る観点を狂わせる「業界の変な常識」と言えるのではないか。
 韓国戦については、本田の大きさをこう語っている。
『さまざまなポジションで起用でき、他の選手よりも屈強だから、どこに置いても危険な存在だ。戦いを恐れず、自分から仕掛けるから相手はファールを犯す。優れたシュート力もある。あとはやるべきときに、やるべきことができるかどうか。シュートは必要なときに打てばいいのであって、いつでもどこでもというものではない』
 同じく韓国戦で、長谷部の重さなどに関わっては
『(後半以降は韓国ペースになったが、その理由は)長谷部の運動量が落ちたのが大きかったが、それでも選手交代などで状況をよくコントロールしていた。それ以上に、選手たちが見せた精神力は驚異的だった』

 オーストラリア戦は、オシムから観れば勝つべくして勝った戦いとなる。単純素朴な戦法しかできない敵に、複雑・高等な日本、ということらしい。
『日本はオーストラリアに何もさせなかった。彼らがしたことといえば、組織力で守ったのと、ロングボールで得点機を作ったことだ』
4人の中心選手に対するこういう評もまた、面白い。
『(本田と香川の共存、調和は)プレーの質が違いすぎる。私には疑問だ。中盤では長谷部も良かった。彼はキャプテンの仕事を全うした。遠藤は、まだこれからだ。彼がもっと走り、アグレッシブなプレーをすれば、今からでももの凄い選手になれる。それをぜひ本人に伝えてくれ』
     (この表題で続く)

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八百長と統計学    らくせき

2011年02月12日 19時24分41秒 | Weblog
中央日報が、こんな記事を載せていました。

スポーツの勝負操作の可能性に対して統計学的にアプローチしたのは
米国の行動経済学者スティーブン・レビットだ。
レビットは『ヤバい経済学(Freakonomics)』で日本の相撲を分析した。
1989年1月から2000年1月まで力士281人が行った
3万2000回の対戦に関するデータを出した。
力士の対戦に不正な取引が行き来した可能性が高いという結論を出した。

1場所15番のうち8勝以上してこそ昇格する。
レビットは7勝7敗の力士が8勝目を目指して臨む最終日の対戦に注目した。
7勝7敗の力士が8勝6敗、9勝5敗の力士と対戦した時、
幕内で80%、十両で73.4%の勝率を記録した。
普通50%にすぎない勝率が80%台に急激に上がるのは、
相手が故意に負けるからだと推論した。
お金または次回の対戦で故意に負けるなど、補償の約束が働いたということだ。
これを「インセンティブの誘惑」といった。

なるほど・・・



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日本サッカー希望の星とザック監督など(41)ここまでの総括(前編) 文科系

2011年02月12日 01時37分11秒 | スポーツ
日本サッカー希望の星とザック監督など(41)ここまで8戦の総括(前編) 文科系

 アジアカップ優勝を含めて、ここまでのザックジャパン8戦の総括をしてみたい。アジアカップ優勝はもう終わったこと。この優勝への過程も含めて、起こった変化と今後の正しい課題設定こそが大切なことだと考える。アジアカップの総括はいろんな人のものを読んだ。最も参考になってきたのは、いつものように何よりもザックと選手たちの言葉。外から見た文章としては、トルシェ元監督の文章と、同じくオシムの講評とを、「流石の広さ!」「こういう着眼点!」という感じで、勉強になった、。いずれも、スポーツグラフィック「ナンバー最新号 アジア杯特集」に載っている。

 先ず大きく振り返った上で、最も重大な点から始めたい。
1 ザックジャパンになってから、8戦無敗(5勝1PK勝2分)であって、得点15、失点6である。強豪アルゼンチン、格上オーストラリア、最近勝っていない韓国2戦が含まれているのだから、画期的な戦績と言える。結果、世界17位と近年珍しい高評価をこの2月発表世界ランクにおいて、受けるに至った。

2 好成績をあげてきた最大の原因が、日本長年・最大の難点、課題であった得点力の向上にあるのは明白だ。合計得点15の内訳は、岡崎4、前田3、香川2の他、6人が各1得点している。ザック特有の得点戦略の結実と見るしかないだろうが、それはザックらの言葉によれば、以下のようなものだった。
 サイドバックも含めたサイド陣が敵陣横外に張って敵守備陣を横に広げること、縦パスを出し入れしたり敵の裏への走り込みを繰り返したりして敵守備陣を縦にも広げること。こうして作った敵ゴール前スペースに走り込む者目指して、クロスや縦パスを入れて得点している。
 こういうこと全てに必要な要素、技能、知性、自信を選手たちが高度に備えていたから、短期間で成果が上がったのだと見ることが出来る。この点は、トルシェもオシムも強調している。ザックは現状を尊重して、ちょっと手を加えただけだと。粘り強い長短の走りをくり返す能力、クロスや縦パスの精度、性能などなどは元々備えていたものだし、何よりも南ア大会で自信を付けていると。
 なお、点を取る者やアシストをする者だけでなく、彼らがやりやすくなるように自己を犠牲にして点取りを助けるプレーをザックは高く評価して、よく言葉にも出す。香川が中へ行くのを我慢して外に張っている行為や、前田が岡崎に付いた敵を自分に引きつけて剝がしていくプレーなどへの高評価のことだ。これは、オシムもよく口に出して誉めたものだった。

 なお、本田が自分の得点が少ないことを気にしていたが、厳しいゲームになるほどに、本田が強い体を活かして前線のボールキーパー・好パサーに徹し始めたことが優勝の原動力になっていったと言いたい。だからこそ彼は、大会MVPに選ばれたのである。
 初戦ヨルダン戦の引き分けは、攻撃陣が全く連動できず、ここまで8戦中最悪のゲームであったと観たが、本田がパサーの役割を軽視していたことが原因であったと、僕は思った。オシムのヨルダン戦評にこうあった。
『本田がすべてをひとりでやろうとする』
 これは、このゲームで前田が孤立した原因について質問された回答の中で出てきた言葉だ。僕も「本田のプレーが、前田を孤立させた」と観たので、我が意を得たりと嬉しかった。
            (この表題で続く)
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日本サッカー希望の星とザック監督など(40) ザックの「イタリアと日本」  文科系

2011年02月11日 11時19分04秒 | Weblog
 ザックは「イタリア・サッカーには何の未練もない」と述べている。念のために申し添えるが、彼はイタリア嫌いというのではない。イタリアでホテルとレストランを家業として堅実に経営しているイタリアンテイストの好漢なのだから。ただザックが「僕は日本人に似ている」と語るのは、イタリア人のルーズで自分勝手な悪い一面を嫌いだからだろう。チーム一丸の規律を重んじて、利己的な有名選手は使わず、それでいて攻撃好きというのも、南イタリア的な家族主義を思わせる暖かい雰囲気も、どこか日本人的だ。
『イタリアは母国なので、少し懐かしく感じるのは当たり前だが、日本はいいよ。なかなかホームシックにならないね。一番良い国に来たと思っているよ』(週刊朝日2月18日号)

 長友がインテル(ミランでなくて良かった)に呼ばれたことにケチを付けるつもりはないが、ザック好みではないらしいイタリアサッカー界について 僕も一言申してみたい。ちょっと落ち目の国を追い込むようでようで申し訳ないが、あの男が首相を務め、同時にサッカー界とマスコミ界とのドンでもあれば、どうしようもないだろう。ウィキリークスのイタリア大使公電にもあるように「無能で、自己顕示」が極まる彼に取り入って、地位を確立しようという人々がうようよしているはずだからだ。サッカー界、テレビ界、出版界にはもちろん、サッカージャーナリストなどにも。インテル・ミラノを率いて去年ヨーロッパチャンピオンズリーグ優勝杯を穫ったのにスペインに去ってしまった名監督、ジョゼ・モウリーニョは何度もこう語った。
『イタリアのサッカージャーナリストたちは、売春婦である』
『シルヴィオ・ベルルスコーニが審判たちに対してカルチョーポリを行なっているのではないか(カルチョーポリとは、サッカーにおける贈収賄疑惑のこと)』
 日本監督になった時のザックは逆に、イタリアマスコミによってこう叩かれたものだった。
『昨シーズンの醜態にもかかわらず日本人は拍手で迎えている(「トゥット・スポルト」紙)』
『日本という遊技場は、過去の監督の末路としては良い(「コリエレ・デッロ・スポルト」紙)』(いずれもサッカーダイジェスト2月22日号)
 こういう新聞が今は、手のひらを返したようにザックをべた誉めして、部数を伸ばしているのだ。
 
 こうして今、イタリアの若手育成システムは、スペイン、ドイツ、イングランド、そして日本などのようにはなかなか上手くいっていない。それでいてビッグチームが手っ取り早く世界チャンピオンなどを目指そうとするから、外国人選手、それも世界の点取り屋ばかりが目立つことになる。ザックはこんなことも語った。
『日本の選手は上達することだけを考え、日々、練習している。一方、イタリアの選手は自分がもうトップだと思っているので、自分をさらに成長させるということについては余り重要視していない。それがイタリアの欠点です』(週刊朝日2月18日号)
『今回は若い選手たちが、自分たちにとってチャンスだということをすぐに把握して力になってくれた。いい選手たちだが、それ以上に頭がいいと感じている』(サッカーダイジェスト2月22日号)
『「私の選手たちに抱いていた印象が『確信』に変わった。選手たちは、もっと自信を持って欲しい。Jリーグの監督さんたちには、本当に素晴らしい仕事をしていると申し上げたい。』
 イタリアは、外部や外国から名選手を連れてくるばかりでは、国内中堅選手のやる気が育ちにくかったとも読めるが、どうだろうか。名古屋グランパスも、中村、阿部の他に、せめて小川ぐらいがレギュラーになってくれないかな。
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未来とは思い出すもの春の雪   遅足

2011年02月11日 10時18分23秒 | Weblog
今、ONE PIECE というマンガが爆発的に読まれているそうです。
私は読んだことはありませんが、若者の冒険ストーリーということです。

このマンガの下敷きになっているのは、
黒澤の七人の侍や、仁義なき戦いのような任侠ものだとか。
経済発展してゆくなかで人気を博したモノガタリ。
任侠モノのキャッチフレーズは、こんな古いワタクシですが、でした。

豊かになった日本人は、不機嫌になってしまったようです。
不機嫌な人ほど優位に立てる社会とか。

他人を排除、ココロが乾燥しているようです。
カラカラになったココロを捉えたマンガは、他人を受け入れる。
それも無条件で。ここが魅力になっているそうです。

今日は春の雪。春は一直線にはやって来ない。



   
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韓国と北朝鮮の会談、中断     らくせき

2011年02月10日 19時25分58秒 | Weblog
朝鮮日報によれば、韓国と北朝鮮の実務者協議で、
北朝鮮の首席代表は、「本会談の議題に『天安』『延坪島』のほか、
軍事的緊張緩和措置を含めたい」と要求。
韓国は天安爆沈事件と延坪島砲撃の事態解決を優先させ、
軍事的緊張緩和はその後だとする原則で譲らず、平行線。

今日午後、北朝鮮は態度を急変させた。
「天安の事件はわれわれ(北朝鮮)とは無関係だ」
「超大型の謀略劇だ」「南側が延坪島を挑発の根拠地にした」
などといった言葉を浴びせた後、席を立った。

午前中の会談まで、今回の予備会談が合意可能とみていた韓国側代表団は、
驚いた表情で北朝鮮代表団の退場を見守るしかなかったという。

韓国政府当局者は「昼食時に平壌の指導部から
『いったん会談を決裂させろ』という訓令を受けたようだ」と話した。

             

これは、北が良く取る戦術。
不利と見れば、会談を中断。時間をかせぐ。計算のうち。
再開は、そんなに遠い時期ではないでしょう。
目的は経済援助ですから。

今日、香港テレビの討論番組『東アジアにとって
危険人物は、金さんか、李さんか?』を見ました。

金さんが危険というのは、日本の常識ですから、紹介は不必要でしょう。
一方、韓国の大統領は、太陽政策から対決政策へ舵を切り替え、
米韓の演習をして圧力をかけている、というのが李さんが脅威という根拠。

どちらが正しいかは別にして、興味深いのは視聴者の反応。
金さんが脅威の元凶という人は25%。
李さんというのが圧倒的で75%。

北が核を持つことは脅威と感じていないこと。
(核を持ったのが日本だったら、逆転していたでしょうね。)
中国にとって敵対するほうが危険という認識ですね。

これは日本から見れば???でしょうが、
自分の味方のほうに甘いのは同じですね。




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