完全なるワンフレーズポリティクスの勝利です。
まんま小泉手法引き写しです。
もちろん名古屋市議会は批判されるべき点が色々あったでしょう。しかし市民の不満とリコール制度を逆手にとって、自分に従わない議会を悪玉に仕立て上げ解散させるとは、狂気の沙汰です。
そもそもリコール制は住民が主体となって住民自治を直接実現させるための究極手段です。
なのに権力者である首長が住民を煽って自分に逆らう「抵抗勢力」を潰す手段に流用するとは、実に斬新なアイディア(皮肉)。
地方公共団体の首長と議会議員を住民が直接投票で選ぶ二元制(憲法93条2項)は、首長と議会の両者を独立・対等の関係に置き、お互いに活動をチェックしあうことによって権力の暴走を防ぎ民意を反映させることを目指しています。
しかしカワムラシがやったことは「自分に賛同する御用議会以外は許さない」ということであり、もはや議会の存在否定です。これをファシズムと言わずして何というのでしょうか。
カワムラシはこれをいかにも庶民のための民主主義を実現させる行動であるかのように装うわけですから、許されない詐欺です。
多数の市民が再びやすやす「小泉手法」に騙されたことを不思議だとは思いません。だって未だに小泉氏に騙されたなんて思っていない人が結構いるのですから。
今でも小泉が総理に返り咲くことに賛成する市民は多いでしょう。だからカワムラシの小泉手法は大成功を収めたのだと思います。
多数の市民が小泉構造改革で酷い仕打ちをうけたことから何も学んでいないのは、ある意味当然でしょう。
もともと「お任せ民主主義」な国民性ですから、自分たちが選んだ小泉がどういう政治を行い、その結果どういう事態を招いたのか、自分たちで検証しようなんてほとんどしません。
現に小泉時代に格差社会が歴然としたモノになったのにかかわらず、小泉氏が格差社会を作ったなんて思わず、せいぜい「なんかようわからんけど、構造改革が不徹底だったせいで格差社会になったらしい」とか「今は世界的な不況なんだからうまくいかなくても仕方ない」位の認識しか持ち合わせてない人が多いのではないでしょうか。
ですから小泉構造改革やワンフレーズポリティクスのような小泉手法に対する批判は政権交代した新政権の役目だったと言えるでしょう。
しかし新政権はこの総括を全くと言っていいほどしませんでした。
これが大間違いの元です。
野党時代に批判していた官房機密費やイラク派遣などを政権についた途端追認したことからもわかるように、民主党は前政権の悪政を黙認しました。
そりゃそうでしょう、今の政権をみてもわかるように、民主党は小泉構造改革をまんま継承する政治がしたいというのが本音ですから、本気で自民党の悪政を総括するはずなどありません。
野党時代の「国民の生活が第一」の視点に立った国会での発言は所詮国民の味方を装ったカモフラージュに過ぎなかったわけです。
かくして、「小泉手法」は郵政選挙の時と全く同じように、名古屋市民に対して実に有効でした。
あれだけ痛い目にあったのに、進歩無し。
次にマスコミの問題があります。
マスコミ、特にお膝元の中日新聞はカワムラシの主張や政治手法に甘かったと思います。
というのは、減税したら財政の財源はどうする?というというツッコミはよく掲載していたものの、河村減税はほんの一部の金持ちを優遇するだけで多数を占める庶民には美味しいところなど実は一つもなく負担が増えるだけ、減税が市民サービスなんて嘘八百であることはあまり暴露しませんでした。
財源不足はもちろん真実ですが、そればかりを強調するようでは対立候補が選挙に負けるのは必死でしょう。
だって、年収2000万の市議会議員の給料削れば良いではないかと議会への憎悪の種に転化されてしまうのがオチだからです。
河村減税は貧乏人が泣きを見、金持ちが笑うだけである事実を、マスコミ特に地元紙はもっと報道することが「権力を監視するウォッチドッグ」としての役割だったと思います。
地方発信の草の根ファシズムはますます強固に増殖中。
「ファシズム批判は権力批判だけでなく国民批判も行わねばならない」と私は何度か書きました。今回は遠慮無く書かせてもらいます。
河村陣営に投票した名古屋市民は愚かな選択をしたものです。
減税で手痛いしっぺ返しをくらう以上のものをもたらしました。この選挙でポピュリストに熱狂して後押しする風潮をますます促進させたのです。
このツケは名古屋市民に留まらずやがて国民に回ってくるでしょう。
まんま小泉手法引き写しです。
もちろん名古屋市議会は批判されるべき点が色々あったでしょう。しかし市民の不満とリコール制度を逆手にとって、自分に従わない議会を悪玉に仕立て上げ解散させるとは、狂気の沙汰です。
そもそもリコール制は住民が主体となって住民自治を直接実現させるための究極手段です。
なのに権力者である首長が住民を煽って自分に逆らう「抵抗勢力」を潰す手段に流用するとは、実に斬新なアイディア(皮肉)。
地方公共団体の首長と議会議員を住民が直接投票で選ぶ二元制(憲法93条2項)は、首長と議会の両者を独立・対等の関係に置き、お互いに活動をチェックしあうことによって権力の暴走を防ぎ民意を反映させることを目指しています。
しかしカワムラシがやったことは「自分に賛同する御用議会以外は許さない」ということであり、もはや議会の存在否定です。これをファシズムと言わずして何というのでしょうか。
カワムラシはこれをいかにも庶民のための民主主義を実現させる行動であるかのように装うわけですから、許されない詐欺です。
多数の市民が再びやすやす「小泉手法」に騙されたことを不思議だとは思いません。だって未だに小泉氏に騙されたなんて思っていない人が結構いるのですから。
今でも小泉が総理に返り咲くことに賛成する市民は多いでしょう。だからカワムラシの小泉手法は大成功を収めたのだと思います。
多数の市民が小泉構造改革で酷い仕打ちをうけたことから何も学んでいないのは、ある意味当然でしょう。
もともと「お任せ民主主義」な国民性ですから、自分たちが選んだ小泉がどういう政治を行い、その結果どういう事態を招いたのか、自分たちで検証しようなんてほとんどしません。
現に小泉時代に格差社会が歴然としたモノになったのにかかわらず、小泉氏が格差社会を作ったなんて思わず、せいぜい「なんかようわからんけど、構造改革が不徹底だったせいで格差社会になったらしい」とか「今は世界的な不況なんだからうまくいかなくても仕方ない」位の認識しか持ち合わせてない人が多いのではないでしょうか。
ですから小泉構造改革やワンフレーズポリティクスのような小泉手法に対する批判は政権交代した新政権の役目だったと言えるでしょう。
しかし新政権はこの総括を全くと言っていいほどしませんでした。
これが大間違いの元です。
野党時代に批判していた官房機密費やイラク派遣などを政権についた途端追認したことからもわかるように、民主党は前政権の悪政を黙認しました。
そりゃそうでしょう、今の政権をみてもわかるように、民主党は小泉構造改革をまんま継承する政治がしたいというのが本音ですから、本気で自民党の悪政を総括するはずなどありません。
野党時代の「国民の生活が第一」の視点に立った国会での発言は所詮国民の味方を装ったカモフラージュに過ぎなかったわけです。
かくして、「小泉手法」は郵政選挙の時と全く同じように、名古屋市民に対して実に有効でした。
あれだけ痛い目にあったのに、進歩無し。
次にマスコミの問題があります。
マスコミ、特にお膝元の中日新聞はカワムラシの主張や政治手法に甘かったと思います。
というのは、減税したら財政の財源はどうする?というというツッコミはよく掲載していたものの、河村減税はほんの一部の金持ちを優遇するだけで多数を占める庶民には美味しいところなど実は一つもなく負担が増えるだけ、減税が市民サービスなんて嘘八百であることはあまり暴露しませんでした。
財源不足はもちろん真実ですが、そればかりを強調するようでは対立候補が選挙に負けるのは必死でしょう。
だって、年収2000万の市議会議員の給料削れば良いではないかと議会への憎悪の種に転化されてしまうのがオチだからです。
河村減税は貧乏人が泣きを見、金持ちが笑うだけである事実を、マスコミ特に地元紙はもっと報道することが「権力を監視するウォッチドッグ」としての役割だったと思います。
地方発信の草の根ファシズムはますます強固に増殖中。
「ファシズム批判は権力批判だけでなく国民批判も行わねばならない」と私は何度か書きました。今回は遠慮無く書かせてもらいます。
河村陣営に投票した名古屋市民は愚かな選択をしたものです。
減税で手痛いしっぺ返しをくらう以上のものをもたらしました。この選挙でポピュリストに熱狂して後押しする風潮をますます促進させたのです。
このツケは名古屋市民に留まらずやがて国民に回ってくるでしょう。