《社説①》:転換期の日本外交 安保政策は重層的視点で
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:《社説①》:転換期の日本外交 安保政策は重層的視点で
ロシアによるウクライナ侵攻は、国際社会が約100年かけて築いてきたルールを破る暴挙だ。
2度の世界大戦を経て発足した国連は、憲章で「武力による威嚇または武力の行使」を禁じている。独立国の主権と領土を侵害する武力行使は許されない。戦時下でも民間人は保護されねばならないという国際人道法に背いた疑いも濃厚だ。
ロシアは国連安全保障理事会の常任理事国で、世界最多の核兵器を保有する。責任を果たすべき大国が自ら国際秩序の根幹を揺るがしていることの影響は甚大だ。
米国の抑止力の衰えは隠しようがない。冷戦後、「米国1強」を経て米中競争時代にあった国際社会は、秩序なき分断への転換期を迎えているように見える。
こうした情勢のもと、日本はどういう道を取るべきだろうか。
◆アジアの秩序築く責任
今回、日本は主要7カ国(G7)と足並みをそろえて、ロシアに厳しい経済制裁を科した。
だが、世界はロシア非難で一枚岩になっているわけではない。国連総会で採択されたロシアへの三つの決議では、反対や棄権に回った国もある。
中国は非難を避けつつ、ロシアの「失敗」の要因と帰結を見極めようとしている。非同盟のインドは、国益に応じて連携相手を選ぶ「戦略的自律」路線を取っている。東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々も日米だけでなく中露との関係を重視している。
G7とロシアの分断は避けられないだろうが、新興国や途上国にはどちらの陣営にも組み込まれたくない国が多い。
ウクライナ侵攻の影響はアジア太平洋地域にも及びかねない。
最大の課題は中国とどう向き合うかだ。急速な軍事的台頭と東シナ海・南シナ海で見せる一方的な現状変更の動きは、地域の懸念材料となっている。
日本は、法の支配にもとづいた「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)の実現を米国などとともに掲げる。中国を意識した戦略で、それを推進するために、日米豪印の4カ国の枠組み(クアッド)がある。
しかし中国を排除するだけでは、アジアに安定をもたらすことはできない。国際秩序に包摂する努力が求められる。クアッドを軍事的な枠組みに矮小(わいしょう)化してはならない。新型コロナウイルス感染症や気候変動への対策、先端技術、インフラなど、地域に貢献する幅広い協力の場に育てていくことが重要だ。
ASEAN諸国との連携強化にも力を注ぐべきだ。自由、民主主義、法の支配、人権という普遍的な価値を守ることが、長い目で見れば各国に発展をもたらす。国情を考えながら、その原則が理解されるように丁寧に外交を進めていく必要がある。
中国だけでなく韓国とも対話の道を模索し、関係改善の努力をするのは当然のことだ。両国を一方的に非難したり、偏狭なナショナリズムをあおったりするような政治は、国益を損なうもので厳に慎むべきだ。
◆「軍拡ありき」の危うさ
日本外交を強化する一方、防衛体制を再点検することも避けられない。しかし軍拡ありきの議論は危うい。
自民党は、防衛費を5年以内に国内総生産(GDP)比2%以上に増額するよう政府に提言した。だが、どのような防衛装備を増強するのかなど必要額を具体的に積み上げた数字ではなく、北大西洋条約機構(NATO)諸国の国防予算の対GDP比目標を念頭に置いたという。
また相手国がミサイルを発射する前に発射拠点などをたたく「敵基地攻撃能力」について、自民党は「反撃能力」と名称を変えて保有を提言した。ミサイル基地だけでなく相手国の「指揮統制機能」も対象にするという。
そもそも日本は、専守防衛の基本方針のもと、そのような装備体系を持たない方針を貫いてきた。どう整合性を図っていくのか、米軍と自衛隊との役割分担をどうしていくのか、精緻な議論のないまま先走っているように見える。
国際安全保障環境を俯瞰(ふかん)し、外交と防衛のバランスに配慮した議論が足りない。それは本来は国会の役割だ。外交・安保への国民の関心は高まっている。議論を活発化させ、日本外交の針路を定めていく必要がある。
元稿:毎日新聞社 東京朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2022年05月01日 02:01:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。