『ルポ 大阪・関西万博の深層』迷走する維新政治 ②経済効果6兆円の胸算用は誰がしたか…大阪万博とIRの「ブラックユーモア」な組み合わせはこうして生まれた ■万博誘致が実現に動いた"2015年の会食"
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:『ルポ 大阪・関西万博の深層』迷走する維新政治 ②経済効果6兆円の胸算用は誰がしたか…大阪万博とIRの「ブラックユーモア」な組み合わせはこうして生まれた ■万博誘致が実現に動いた"2015年の会食"
※本稿は、朝日新聞取材班『ルポ 大阪・関西万博の深層 迷走する維新政治』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
4月13日に開幕する大阪・関西万博は、10年前には「夢物語」だったという。実現にいたる経緯はどのようなものだったのか。朝日新聞取材班は「万博の誘致が実現に動いたのは、2015年12月に行われた大阪府知事らと安倍政権との会食だった」という――。
◆大阪都構想の政策としての万博とIR誘致
大阪万博の話がもちあがった2013年の翌14年、誘致に向けた検討が本格的に動きだした。
大阪維新の会の府議団などは8月6日、府の施策について提言を出した。
「東京オリンピックが開催される2020年は、IR(統合型リゾート)の誘致が大阪で可能になれば、東西の2極において世界中から日本に注目が集まる年となる」
「IRとともに(25年に)国際万国博覧会の開催が可能となれば世界中から大阪へアプローチするイベントとなる」
提言にはそんな言葉を並べ、万博の誘致を促した。府知事の松井(一郎)は同じ日、政策企画部企画室に対して、誘致について検討するよう指示した。
それから9日後。大阪維新の会は、大阪都構想の住民投票に向けた政策素案(マニフェスト)を発表した。
大阪都として実現する政策として、万博の開催やIRの誘致を掲げた。都構想でめざす街の姿をアピールするのが狙いだった。IRはカジノのほか、ホテル、国際会議場、展示場、ミュージアムなどが集まる統合型リゾートだ。それらを実現して「国際エンターテイメント都市」をめざし、年2%以上の経済成長を果たすという目標を掲げた。
◆6カ所の「国際博覧会開催可能地」の例示
だが翌15年5月17日、大阪都構想は住民投票で否決された。
反対70万5585票、賛成69万4844票。差はわずか、1万741票だった。
橋下(徹)は「(住民投票の結果を)大変重く受け止める。悔いのない政治家としての人生をやらせてもらった」と話し、大阪市長の任期(15年12月まで)を終えてから政界を去った。
都構想はかなわなかったが、万博の誘致は続けられた。
住民投票から約2カ月後の7月28日。府市や財界の幹部、有識者でつくる国際博覧会大阪誘致構想検討会の4回目の会議で、府が委託した調査会社は「国際博覧会開催可能地」を例示した。選ばれたのは、次の6カ所だった。
・彩都東部+万博記念公園(吹田市など)
・服部緑地(豊中市)
・花博記念公園鶴見緑地(大阪市鶴見区など)
・人工島・舞洲(大阪市此花区)
・大泉緑地(堺市)
・りんくう公園+りんくうタウン(泉佐野市など)
府側はこれらについて、開催の規模に合う100ヘクタール(阪神甲子園球場約26個分)以上の用地が確保できると見込んだ。鉄道や道路など、交通の利便性も高いと考えた。
◆関西経済界が示した慎重論と難色
その後の万博誘致を引っ張ったのは、松井だった。都構想が否決されてから半年後の15年11月の知事選で「万博誘致」を公約に掲げ、再選を果たした。同じ日の大阪市長選では、後に「維新の顔」となる吉村洋文が橋下の後継指名を受けて出馬し、初当選した。
松井の前には、大きな壁が立ちはだかった。万博を開くためには協力が欠かせない関西経済界が、難色を示したのだ。経済界は万博の開催が決まった後、巨額の出資も引き受けている。だが当時は、慎重論が根強かった。
「投資への効果が期待できない」
「いまの時代に、いったい何をアピールするのか」
2005年の愛知万博では経済界が会場建設費の3分の1を負担したが、大阪にはトヨタ自動車のように中核になる企業も見当たらなかった。
府は約3.3兆円と見積もった府域への経済波及効果を記したパンフレットをつくり、企業を回った。だが、反応は冷ややかだったという。
◆府知事が頼った安倍政権とのパイプ
ある関西財界の幹部は言った。
「費用対効果をシビアに見る必要があり、(各企業に寄付を割り当てる)『奉加帳方式』による募金は難しい」
松井が状況を変えるために頼ったのが、安倍政権とのパイプだった。憲法の改正に前向きな維新は、自民の「悲願」を達するための協力相手として期待されていた。松井は首相の安倍晋三や官房長官の菅義偉と親交が深かった。万博が政権の後押しを受けて成長戦略に組み込まれれば、関西経済界も無視できなくなるだろう――。そんな思惑があったとみられる。
万博の誘致は当時、「夢物語」(府幹部)だと思われていた。事態が動いたのが、15年12月19日の会食だった。東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急。その中にある日本料理店「水簾」で、松井、橋下、安倍、菅の4人が向き合った。
松井が万博の必要性を訴えると、安倍は東京五輪後に経済を底上げする一手として、関心を示した。関係者によると、安倍はその場で菅に協力するよう指示。菅はすぐに経済産業省に連絡して、万博について大阪府と検討するよう指示したという。
◆急浮上した人口島「夢洲」での開催
年が明けて2016年1月14日。松井は首相官邸で菅と会い、「大阪万博から55年後の25年に万博を開催したい」と正式に協力を求めた。
健康・長寿を万博のテーマにする考えも説明した。誘致に挑むには閣議了解が必要になるが、菅は「検討する」と応じたという。
「国家プロジェクトとしてやろうという国の意思表示がはっきり出れば、大阪の経済界も参加してもらえると思う」
人工島・夢洲での開催が、突如として浮上する。
6つの「開催可能地」が例示されてから約10カ月後の16年5月21日。松井は東京都内で菅に再び会い、会場は夢洲を軸に考える方針を伝えた。
大阪府・大阪市(府市)はすでに、夢洲をIRの候補地として位置づけていた。交通インフラの整備や周りの開発が進めば、IRの誘致に向けて相乗効果が得られると考えたという。数キロ圏内にはユニバーサル・スタジオ・ジャパンがあり、集客での利点もあるとみた。
当時の関係者は後に、こう振り返った。
「6カ所の候補地が挙がっていたが、(心の中の)『本命』はずっと夢洲だった。堺屋太一さんは70年大阪万博の会場(万博記念公園)で2度目の万博開催を推していたが、さすがに森は開発できない。ほかの候補地も広さの確保などで問題があった」
◆万博とIRのセットは「ブラックユーモアのようだ」
健康・長寿を掲げる万博と、ギャンブル依存症が懸念されるIRをセットで考える発想には、疑問の声も上がった。
「(万博とIRは)相性が悪い」(府関係者)
だが「維新一強」の府市は、万博とIRの二兎を追う戦略で突き進む。府は誘致構想の原案を取りまとめ、6月16日に経産省などに伝えた。
テーマは「人類の健康・長寿への挑戦」とした。発展途上国での飢餓や感染症の広がり、先進国で進む高齢化などを踏まえ、設定したという。府が成長戦略の柱に据える先端医療分野を生かす狙いがあった。
会場の候補地は「夢洲」と記した。参加は150カ国・機関、来場者数は3000万人を目標として掲げた。会場建設費は1500億〜1600億円と見込み、全国での経済波及効果は6兆円とはじいたのである。
元稿:ビジネス誌「プレジデント社」 主要出版物 PRESIDENTOnline 政治・経済・社会 【話題・『ルポ・大阪・関西万博の深層 迷走する維新政治』】 2025年02月27日 16:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。