【社説①】:週のはじめに考える 格差をなくす処方箋は
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①】:週のはじめに考える 格差をなくす処方箋は
ビートルズのメンバーで、二〇〇一年に亡くなったジョージ・ハリスンの邸宅がロンドン郊外にあります。その前で写真を撮り、念のためビートルズに詳しい音楽専門家に見てもらうと「これは警備員の詰め所ではないか。ジョージの家の全景は上空からしか撮影できない」。その豪邸ぶりにあらためて驚いた記憶があります。
「タックスマン」。ジョージが一九六六年に発表した名曲です。当時、英国の労働党政権は富裕層に極めて高い税金を課していました。ジョージはあまりに高い税金を嘆く曲を作ったのです。歌詞には皮肉を込めて当時のウィルソン首相の名前も出てきます。
この曲は傑作アルバム「リボルバー」に収められていますが、聴くたびに「あれだけすごい豪邸に住んでぜいたくしていたのだから税金が高くても我慢しろよ、ジョージ」と言いたくもなります。
◆富裕層の課税逃れ激増
場所と時代は変わり、日本の国税庁が先月、驚くべき発表をしました。今年六月までの一年間に行った税務調査の結果、富裕層の申告漏れが過去最高の八百三十九億円に上ったというのです。前年度比で72・3%の激増ぶりです。
多くの富裕層は課税が免除されたり大きく軽減されるタックスヘイブン(租税回避地)に財産を移して課税を逃れようとします。
国税庁の調査は、日本国内でも富裕層の一部で課税逃れが横行している実態を裏付けています。
しかも発表額が氷山の一角にすぎないことも想像に難くありません。課税逃れに走る富裕層は税の専門家を雇うなどして節税を巧妙に繰り返しているはずです。
複雑な確定申告の手続きに苦労している中小事業者や、源泉徴収されて節税のしようもない会社員にとっては別世界の話です。
怒りを禁じ得ない税関連のニュースはこれだけではありません。十月下旬に開かれた政府税制調査会で、中長期的視点から「消費税の税率を引き上げるべきだ」との意見が相次いだというのです。
政府の予算の使い方は目に余る野放図ぶりです。中長期的視点とはいえ、消費税増税に言及するのは、政府が無駄遣いしない姿勢を鮮明にしてからにすべきです。
もちろん無駄遣いを改める姿勢に転換したといっても、消費税を含む増税を簡単に認めるわけにはいきません。増税は国民が納得するまで議論し尽くした上で、慎重に行うべき重大事だからです。
「家計の値上げ許容度も高まっている」。今年六月、日銀の黒田東彦総裁=写真(上)=がこう発言したことには本当に驚きました。
ロシアのウクライナ侵攻を背景とする資源高や円安で国内物価は年間を通じて急騰し続けました。年明けには再び値上げのピークがくるとも予測されています。
富裕層ではない大半の人々は暮らしを守るため部屋の電気をこまめに消したり、入浴回数を減らしたりして懸命に節約しています。黒田総裁は、そうした暮らしの実態を知らないのでしょう。
黒田総裁に限らず、日本経済をけん引するはずの人々が「民の暮らし」を軽視する傾向が顕著になっています。
岸田文雄首相=同(左)=は昨年の自民党総裁選で、格差是正を念頭に富裕層への金融所得課税強化を訴えましたが、反発が強く就任後は言及しなくなりました。
◆自己責任という身勝手
企業が利益を還元せずにため込む内部留保も十年連続で増え続けています。大企業の利益の多くは円安による追い風の恩恵にもかかわらず、経営者たちは大胆な賃上げに二の足を踏んでいます。
この一年で格差は一段と広がったというのが実感です。その深い断層に、権力を握る人々や富裕層の「格差は自己責任の結果」という身勝手な考えが潜んでいるのなら深刻です。
子どもの未来を育む保育士、高齢者らの世話をする介護士、病人に寄り添う看護師ら、社会貢献の大きさや激務に比べて十分な収入を得られない人が多くいます。
格差を放置すれば求人がままならず、社会生活を支える体制を維持できません。収入格差の是正は必要不可欠なのです。
格差是正に最も効果がある処方箋は税制の見直しです。ジョージには悪いのですが、富裕層やもうけた大企業への課税を強化する仕組みに変えればいいのです。
政府は毎年末、次年度の税制のあり方を決める税制改正大綱を決定します。首相は本気で格差を是正しようとしているのか。来年度の大綱が試金石になります。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2022年12月11日 06:51:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。