【社説①・03.29】:熊本市電の事故 安全を脅かす病根を断て
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①・03.29】:熊本市電の事故 安全を脅かす病根を断て
安全第一であるべき運行体制に、やはり構造的な欠陥があるのではないか。
熊本市電の停留所で今週、停車していた路面電車に後続車両が追突した。
いずれも1両編成で乗客ら15人が重軽傷を負った。あばらの骨折や足を縫うけがをした人もいた。見過ごせない重大事故である。
市交通局によると、後続の車両は時速17キロで追突した。内規では前方車両との距離が100メートルになれば時速15キロ以下まで減速するとしており、違反が疑われる。
衝突地点から約60メートル手前までレールに油が付着しているのも見つかった。前方車両などが油漏れしていた可能性がある。後続車両のブレーキに異常はなく、油で滑ったとみられる。
市電では昨年、運行トラブルが相次いだ。ドアが開いたままの走行や脱線、運転士が赤信号を見落とすなど、事故発生の可能性がある「重大インシデント」と認定された事案も含め16件に上った。
九州運輸局は昨年9月に改善指示を出し、今年1月には文書で安全確保を求める行政指導をした。
市は有識者による検証委員会を設置し、課題をまとめた最終報告書を受け取った。1月には交通局に安全対策チームを発足させ、運転士の育成や指導、教育など事故防止策に乗り出した。
しかしまたも事故を起こしてしまった。九州運輸局は早急に原因を究明し、再発防止策を講じるよう警告した。
大西一史市長は「極めて重大、深刻な状況で市民に申し開きできない」と陳謝した。なぜトラブルが止められないのか。いまだに組織として危機意識が欠如していまいか。市民の信頼回復はさらに遠のいたと言わざるを得ない。
検証委員会が出した最終報告書は、運転士不足による長時間労働や処遇を理由とする意欲の低下に加え、車両やレールの老朽化を指摘した。
市交通局はコスト削減のため、運転士らの非正規化を進めてきた。教育も行き届かず、技能面で基準に達していない運転士に運転させていたことも明らかになった。
設備投資は貧弱だ。市電が保有する車両の約半数が、製造から60年以上経過している。今回の事故の2両も1950年代の製造だ。
経営を優先し、安全対策を軽視してきたつけが回ってきたのだろう。やるべき再発防止策は出そろっている。市は予算をかけて前倒しで取り組まなくてはならない。
相次ぐトラブルを受け、市は2031年度の開通を目指していた市電の延伸計画の延期を決めている。延伸計画は凍結し、安全対策に投資すべきではないか。
熊本市電は市民だけでなく多くの観光客が利用する大切なインフラである。市は乗客の命を預かっている責任を自覚すべきだ。安全を脅かす病根を断たねばならない。
元稿:西日本新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2025年03月29日 06:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。