【HUNTER・10.22】:北海道のハンターが控訴審で逆転敗訴|ヒグマ駆除めぐる銃所持許可取り消し事件
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【HUNTER・10.22】:北海道のハンターが控訴審で逆転敗訴|ヒグマ駆除めぐる銃所持許可取り消し事件
自治体の要請でヒグマを駆除した猟友会のハンターが公安当局に銃を取り上げられた事件( 既報 )で10月19日午後、当事者のハンターが処分の撤回を求めて起こした裁判の控訴審判決が札幌高等裁判所(小河原寧裁判長)で言い渡され、同処分を違法とした一審・札幌地裁の判決が取り消されて原告側が逆転敗訴を喫した。訴えを起こしたハンターは「理解を超越しており、ちょっと考えられない判決」と、上告の意志を固めている。
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2020年に北海道公安委員会を訴える裁判を起こしたのは、北海道猟友会砂川支部の支部長を務める池上治男さん(75)。提訴2年前の18年8月、砂川市の鳥獣被害対策隊員を務める池上さんは市の要請でヒグマを駆除し、その発砲行為が違法だったとして地元警察にライフル銃を押収された。警察は現場の平面図を根拠に当時の発砲を「建物に向かって撃った」ものとみなし、池上さんを銃刀法違反などで書類送検したが、実際の現場には高さ約8メートルの土手があり、銃弾はその土手を背にしたクマへ向けて発射されていた。事件送致先の地元検察庁が出した結論は、不起訴(起訴猶予)。狩猟免許を扱う北海道の振興局は池上さんの免許を取り消さないことを決め、砂川市も鳥獣対策隊員の委嘱を継続する。ところが銃所持許可を所管する道公安委のみはこれに抵抗、当初の警察の主張を鵜呑みにし、駆除から8カ月が過ぎた19年4月に池上さんの銃所持許可を取り消してしまった。これを不服とする池上さんの行政不服審査申し立ても奏功せず、翌20年5月に公安委処分の撤回を求める裁判の提訴に到った。
訴えを受けた札幌地方裁判所(廣瀬孝裁判長=当時)が池上さん全面勝訴の判決を言い渡すことになったのは、冒頭に述べた通り。裁判官らによる現場検証を含む証拠調べを重ねた同地裁は、21年12月の一審判決で公安委の「裁量権の逸脱」を指摘し、警察と公安委が言い募る「建物に向かって撃った」なる主張を次のように退けた。
《原告が本件発射行為により発射した弾丸については、本件ヒグマから逸れたりすることもなく、これに命中したものである》
《また、この弾丸がヒグマの身体を貫通し、さらに跳弾してどこかへ飛んだような事実を窺わせる証言も見当たらない》
《そもそも、原告が発射した弾丸が本件現場付近の建物に当たったとか、その建物を損壊させたなどといった事実は、本件証拠上まったく認められない》
その上で、仮に当時の発射行為に違法性があったとしても、それを理由に銃所持許可を取り消すような処分は「社会通念上著しく妥当性を欠く」と判断、公安委処分は違法だったと結論づけた。
争いが継続することになったのは、完敗した筈の道公安委がただちに控訴したため。二審の審理にあたった札幌高裁(佐久間健吉裁判長=当時)は昨年9月、一審・札幌地裁と同様に駆除現場の検証に踏み切り、改めて駆除の状況などを調べることになった( 既報2 )。検証に立ち会った池上さんは「これで銃弾の射線がより明確になった」と高裁の判断に期待を寄せていたが、そこから1年あまりを経て言い渡された判決は、あまりに「理解を超越した」結論だった。
今回、一審判決を破棄した札幌高裁は、先述した地裁判断を真っ向から否定し、池上さんの撃ったライフル弾がヒグマに命中した後で跳弾したとの事実を認定した。その銃弾は、駆除に立ち会った「共猟者」の銃に当たったのだという。根拠は、その共猟者自身や警察官の証言など。ところがその事実は、裁判どころか警察の捜査の段階で早々に否定されているのだ。先に述べたように、銃所持許可の取り消し理由は「建物に向かって撃った」行為とされており、現場で跳弾があったという事実は確認されていない。一審判決を言い渡した札幌地裁も、このような指摘を残している(伏字は筆者)。
《そもそも本件処分の理由は「弾丸の到達するおそれのある建物に向かって」銃猟をしたとするものであって、■■の所持していた猟銃の銃床を破損させたとか、■■に向かって銃猟をしたなどということは、処分の理由として一切挙げられていない》
そして、高裁が採用することになる供用者の証言は、次のように斬り捨てられていた。
《その証言内容には、疑問を差し挟むべき不自然な点が多々みられるものと言わざるを得ない》
今回の高裁判決ではこの不自然な言い分が亡霊のように息を吹き返し、一審被告の公安委でさえ主張していない跳弾説が事実として認定されることになった。池上さんの代理人を務める中村憲昭弁護士(札幌弁護士会)は「非常に問題のある事実認定」と批判し、憤りを隠さずこう指摘する。
「検挙する側の都合に沿った杓子定規な判断で、公務員の無謬を盲目的に信用したもの。この判決が確定してしまうと有害獣駆除の現場に悪影響を及ぼすことになるのは間違いないと思います」
当事者の池上さんも、猟友会支部長の立場で「今後の駆除活動は、私の事案以上に難しくなるだろう」と懸念する。
「ハンターは誰も好きこのんで殺処分を引き受けているわけではありません。これではとてもじゃないけど、現場の会員に駆除を頼めなくなる。人のためを思ってボランティアでやったことで、平気でこういう不当な事実認定をされるのであれば、恐くて誰も撃てなくなりますよ」
地元の砂川市は現在も池上さんに鳥獣対策隊員を委嘱し続けており、また先述のように道も狩猟免許を取り消さずにいる。ただ銃所持許可のみがこの6年間あまり取り消されたままで、そのため池上さんはヒグマの目撃情報が伝わるたびに丸腰で現場へ駈けつけ、プロファイリングを兼ねて周辺への注意喚起やクマの追い払いなどにあたっている。ボランティアとしての対応は今後も続ける考えだが、今回の判決が現場に大きな動揺をもたらすことになるのはほぼ確実。猟友会砂川支部の奈井江部会長を務める山岸辰人さん(72)は、憮然として言い放つ。
「判決には科学的根拠がなく、裁判所の見識を疑わざるを得ません。駆除が処罰の対象になるなら『もうやれない』ということになる。銃も使わない、箱罠も使わない。今回の判決が確定したら、ヒグマ管理計画そのものが頓挫することになりますよ」
判決を不服とする池上さんはすでに上告の方針を固めており、争いは今後も続くことになりそうだ。
※ なお今回の裁判の傍聴取材に際し、筆者は記者クラブ非加盟者として札幌高裁へ「判決文の交付」「記者席の使用」及び「開廷前撮影」の許可を求めていた(既報3)。申請を受理した高裁は判決言い渡し当日の18日午後までに判決文の交付を認める決定を出し、地元司法記者クラブ加盟社と同様に非加盟の筆者にも同文を提供することになった。記者席についてはクラブ加盟の有無にかかわらず今回は設けられないこととなり、また開廷前撮影についてはクラブの代表撮影のみが認められ、筆者の申請は退けられた。(小笠原淳)
【小笠原 淳 (おがさわら・じゅん)】 ライター。1968年11月生まれ。99年「札幌タイムス」記者。2005年から月刊誌「北方ジャーナル」を中心に執筆。著書に、地元・北海道警察の未発表不祥事を掘り起こした『見えない不祥事――北海道の警察官は、ひき逃げしてもクビにならない』(リーダーズノート出版)がある。札幌市在住。 |
元稿:HUNTER 主要ニュース 社会 【事件・疑惑・裁判・自治体の要請でヒグマを駆除した猟友会のハンターが公安当局に銃を取り上げられた事件】 2024年10月22日 05:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。