韓国映画の「新感染半島」を観に行って来た。
ゾンビ物が好きな私は、前作品の「新感染ファイナルエクスプレス」を娘と観に行って来た。韓国のドラマや映画をみないので、初めて韓国物を観た。
ゾンビのドラマや映画を沢山見ている私には、突っ込み処満載だったが、単純に面白かった。
ゾンビが現れたて、ひたすら逃げる、逃げるだけで、その間に生きている人間のあれこれがあって、ただ単純に可笑しくて可笑しくて笑った。
娘と一緒に観に行った、プラッドピットのゾンビ映画の、あのゾンビと一緒だね、あのゾンビも笑ったけど、と話した。確か、あの映画のゾンビウイルスが韓国の山奥から来たとかだったような・・・。
そして、ラストシーンがドラマの「ウオーキングデッド」にあんなシーンがあったなと、つい、突っ込みながら見ていた。
初めて見たゾンビ映画は、何十年も昔のアメリカの白黒映画。月夜に墓場(土葬だから)からボコッボコとゾンビが起き上がってくる。怖かったな。
アメリカドラマの「ウオーキングデッド」は本当に怖かった。初期の頃は、録画して観た。それも片目で(笑)それほど怖くてハマってしまった。最近の「ウオーキングデッド」は、ゾンビドラマというよりは、人間間の争いになって、ちょっとなと思っている。
続編のこの韓国のゾンビ映画を、娘と一緒に行くはずだったが、日にちが合わなくて一人で観に行って来た。
あれから4年後の韓国との事だけど、これはゾンビ映画というよりは、人間同士の戦いだった。
でも、4年しか立っていないのに、この大都市の荒れようはどうよと、まるで100年も経っているように崩れる落ちているビル等の荒廃ぶりを突っ込む。
荒廃した都市でのカーチェイス、こういうシーンはアメリカ映画でよく見たな・・・。
まるっきりゾンビの怖さを感じられなかった。
人間同士のバトル映画なら、違う映画を見に行く。
我が子を守る為に、髪振り乱して機関銃をぶっぱなす母親。イケメンで終始クールで、お兄さんが殺されても悲しみ感じさせない、あまり表情のない主人公の男性は、何なのと思ったり。
それに、たったあれだけ(バック何十個?)の、たかがお金の為に、命がけで香港から韓国に渡る動機が弱すぎ。
娘に「面白かった?」と聞かれたので、「お金払って行くまでもないよ」と答えた。
NHKのゾンビドラマ「ゾンビが来たから人生見つめなおした件」の、あのホンワカしたゾンビの方が、思い出しても私には面白かった。
今、コンピュータで映画を作ったりするので、都市から人を消したり、または加えて荒れ果てた風景を作ったり、高層ビルを爆破したり、そしてカーチェスも迫力満点に作れる。
昔、何十年も前の映画で、チャールトン・ヘストンの「オメガマン、地球最後の男」を見た。
彼の大フアンだった私は、彼の映画は必ず観に行った。
その映画の冒頭で、早朝、車でロスアンゼルスの町を疾走するシーンがある。
それこそ、人っ子一人いないし、犬だっていない。動くものは、風で飛ばされる破れた紙くらい。
昇って来た朝日に照らされる高層ビルの窓にも、動くものは何もない。
主人公が一人で、高層ビル群の道路を延々と車で走るシーンが続く。
いまも忘れられないシーン。
そして、このシーンの撮影の為に、ロスアンゼルスの住民たちが一定時間、全ての人達が外に出ず、映らないように窓から離れて協力したという。たかが映画の為に、アメリカって凄いな、と思った。
「クレオパトラ」の映画だって何万人ものエキストラが当時の服を着て協力したという。やっぱりアメリカって凄いなと思った。
あの頃の映画作りは、それこそ、知恵と工夫と手作りと情熱で、私達を感動させれてくれた。
今は、何だって、どんな映像だって作れる。
だからこそ、映画好きな私には、もっと細部に拘ってほしいな、と思う。