ふみさんの日々雑感

生活の事、家族の事、大好きなサッカーの事・・・日々いろいろ

クヌギの植え替え

2016-03-29 19:46:04 | 南ちゃんと南山
朝、用があたので、お弁当を作ってから家を出て、10過ぎには家に戻って来た。

着替えて、お弁当も持って山へ行った。

シイタケ山の、山の登り口でもみじさんに会った。もみじさんは野の花の写真を撮っていた。

二人で、カエデの広場から山に入り、芽吹き始めた木々を見て、咲き始めた山桜を見上げながら桜の広場からクヌギ林へ、そして、畑へと降りて行った。



畑では、ワダさんが、もう、クヌギの植え替えの作業をしていた。

シャベル等を準備していたら、ふうさんも来て、3人で賑やかにポットへの植え替えをした。







「この苗木は、いつ出荷するの」 と私。
「来年の冬よ」 ともみじさん。

ちょっと大きくなって、根が地中深くに潜り込んでいる苗木は、シャベルで掘り起こすのに難儀する。

小屋の屋根からの雨水を貯めていたタンクの蛇口の所から、水漏れがあってタンクがほとんど空になってしまったので困っている。早く、直してもらわないと。

植え替えたポット苗にチョロチョロとしか水をやれなかった。

しばらく雨も降りそうもないし、無事に育ってくれるといいけど…。

お昼には、ワダさんはお孫さんと来ていたので帰り、私たちは楽しくランチタイム。

食後に、のらぼうとほうれん草を収穫して今日の作業は終わり。

帰りは、一の森に行った。

久しぶりに一の森に行ったら、下の道の下の方の篠笹が刈り取られて、綺麗なミニ広場が出来ていた。

藪が茫々になっていた時には、斜面だと思っていたが、意外と平らな面になっていてチョッとビックリ。

少しずつ少しずつ綺麗な林になって行く。

今の時期は、虫もクモの巣も無く、サクサクと林の中を歩くのは気持ちいい。

ウグイスが、あっちでもこっちでも競争しているように鳴いている。

久しぶりに、のんびりと林の中を歩き回った。
























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苗木のポットに植え替え

2016-03-23 19:25:59 | 南ちゃんと南山
今日は一日用がなかったので、久しぶりに下草刈りでもしょうかな、と山へ行った。

最近、なんやかやと用があって南ちゃんの畑の作業日にも行けない。

今日は、作業日ではないが、しばらく山へ行けないので行く事にした。

カエデの広場から桜の広場、クヌギ林を通って畑に降りて行った。

カサコソと落ち葉を踏みしめ、ウグイスの鳴き声を聞きながら山の小道を歩くのは気持ちいい。

そして、畑に降りたら、ワダさんが作業をしていた。

畑にドングリから育てたクヌギを、ポットに植え替える作業。

「おはよう。いい天気ね」
「おはよう。早くポットに植え替えないと大きく育ち過ぎるから」

私も作業に加わる。

落ち葉の肥料をバケツで運んで来て、ポットの底に少し入れ、掘り起こした苗木を植え替える。

そして、畑に穴を掘って並べる。





ポットに植えておけば、根が大きく伸びないし、運び出すときに運びやすい。

どんな作業も仲間とおしゃべりしながらだと、苦にならないし、楽しい。

お昼が近づいた頃、終わりにした。

食べごろの“のらぼう”を収穫して、ワダさんの軽トラに便乗して家の帰った。









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南ちゃんの会と地元の保育園

2016-03-21 10:14:55 | 南ちゃんと南山
地元の保育園の保護者の会から、南山で遊びたいとの申し入れがあった。

昨日の第3日曜日は活動日だったが、私たちの活動を保育園の保護者&園児たちの活動のお手伝いの日にして、いつものメンバーが集まった。

事前の打ち合わせで、保護者の会の代表が、「年間、何回かいろいろな行事を計画するんですが、なかなか集まってくれなくて。役員の家族だけって事もあるんですよ。それに、いつも参加はママさんだけで。」 と。だから、何人集まるか分からないので、もしかしたら、あんまり集まらないかも知れないので、と凄く気にしていた。

私たちは、参加人数が多かろうが少なかろうが、全然気にしない。

昆虫観察会のように60人以上も集まる事もあれば、知的障がい者の人のお芋掘りで付き添い人を入れても10人ほどでも、私たちは一緒に楽しむ。

ただ、予報が雨だったので、それだけが心配だった。雨の日ために近くの無料の部屋を借りる手配もした。

予報がだんだん雨から曇りとなり、そして当日は天気になった。

当日、集まったのは何と親子70人以上。

代表さんが、「いつもは、参加してくださいと、役員で声掛けをしていたんですが、今回、パンフレットを配っただけなんですよ。それなのに、パパさんがいっぱい参加してくれて嬉しいです」と言っていた。

保育園だから、本当に赤ちゃんから、そして学校に行っているお姉ちゃんやお兄ちゃんまで。

午前中は、桜の広場で、“森のシンガーソングライターの証さんのライブ”。

証さんは、森の中でのライブや、子供達と一緒の歌遊びは大好きな方。私も彼の歌は大好きだ。





去年の森フェスの時は、地面のシートの上で仰向けになり、目をつむって、小鳥のさえずりや風のささやきと一緒に彼の歌を聞くのは、本当に気持ち良かった。

その後は、読み聞かせ。



その間も、ジッとしていないで体を動かしたい子は、3張りのハンモックで楽しそうに遊んでいた。







お昼には、私達が用意した鍋2つの豚汁(具が多すぎて豚煮だね、と言い合う)を振る舞う。





小さい子もいるので、昼食後は自由解散になるそうだ。でも、ほとんど帰らなかった。

これからが、お父さんたちの出番。

桜の広場で、ペアになって1等商品付きの丸太切りの競争。盛り上がった。競争の後、子供たちは自分で細い木をノコギリで何回もギコギコ。





その後、小さめの丸太を薄く輪切りにして絵を書いたりしてペンダントやコマ作り。これも子供たちが夢中に。



落ち葉を集めてカブトムシの寝床に運んだり。



土手にブルーシートを広げて滑り台。



畑でドングリから育てたクヌギの苗木をポットに移す作業も。



林の中で友達と楽しそうに遊びを見つけて遊ぶ子供達。

代表さんが、「保育所の子供は遊びを見つけて遊ぶのが得意なんですよ。ほっておいても自分たちで遊びを見つけて遊ぶから。幼稚園は、カリキュラムで動くから、自分でっていうのが苦手な子がいて」 と言っていた。

そろそろ幼児たちは昼寝の時間になるので、お母さんたちは帰えるために抱っこしょうとするが、もっと遊びたくて泣きながらヨチヨチと逃げる子がいて、思わず笑顔になる。

3時に解散の予定だったけど、まだまだ遊びたい子もいて伸びてしまった。

今回は、お手伝いだけだったが、それでも疲れた。でも、楽しかった。

今後も、こんな申し込みが増えて、里山で遊ぶ楽しさを知ってくれる人たちが増えてくれたらいいな。

そして、その中から1人でも私たちの仲間になって、一緒に里山の保全に携わってくれる人がいたらいいな。

もし、今度があったら、木(細い)を切り倒す体験もしてもらおうか、お父さん方が喜ぶかも、といろいろ考えた。



もう、山桜がチラホラと咲きだした。






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FC東京、雨の鹿島で敗戦

2016-03-20 08:07:14 | FC東京とサッカー
過去に、鹿島スタジアムでは1勝しかしていない。苦手なスタジアム。

毎年、今年こそは勝って欲しい、勝つ所を見たい、と懲りずに応援に行っている。

帰りは、車の中で友達と嘆き、そして、他の話題に逃避しながらの帰り道だった。

今年の鹿島へは雨の中を、「何とか今年こそは勝って欲しいね」 と話しながら向かった。

そして、幕張のサービスエリアで美味しいラーメンを食べた。去年はみそ味だったから、今年はしょうゆ味。

高速を降りてからは、恒例のようになっている「道の駅」に寄り、野菜等を買う。

そして、スタジアムへ向かう途中に友達が、「ガソリンがあまりない。どこかで入れたい」 と言う。

ずっと前に鹿島からの帰りに「どこかでガソリンを入れたい」 と言うのでガソリンスタンドを探しながら高速道路へと向かったが、ガソリンスタンドが見当たらない。「でも、だいたい高速の入り口近くにあるよね」 と。

でも、見つからずに高速に乗った。「サービスエリアまで、持ってくれるかな」と友達。

もう、二人でガス欠にならないかとドキドキした事を思い出した。

そして、キョロキョロとガソリンスタンドを探した。

「あ、あそこに看板がある」

それで、その方向に曲がって走り出したが、見当たらない。ウロウロしてやっと見つけた。

「本当に、鹿島ってガソリンスタンドが無いね。それに、東京よりも高い!鹿島国は不便。」

いつも止めているスタジアム駅の傍のいつもの駐車場へ。毎回、旬の野菜のお土産をもらっている。今年は、ネギの大束とほうれん草。帰りには、私までネギをいただいた。

線路を跨ぐ陸橋を渡りスタジアムへ。こっちからだと、私たちのアウェイの入り口が目の前。

着いたら、いつも食べ物の所には長い行列が出来ているが、ほとんど行列がない。もう、ほとんどの人が一通り買って食べているのだろう。

以前は、アウェイへ応援に行く友達も多かったので早く行って待機列に並んだものだが、最近は私1人か、または2人か3人くらいなのでアウェイにはだいたい開始1時間前くらいに着くくらいに行く。開始ギリギリだったりしても、2人くらいなら座りたい場所に空きを見つける事が出来る。

鹿島では、いつも通路の前の席に座るが、けっこう空いていた。

恒例のモツ煮やベーコンロールを食べたり、トイレに行ったりしているうちに時間になった。

選手紹介で、東京の選手を、「フルヤマ ユウイチ」 と。東京サポーターが、「オイオイ、フルヤマって誰だよ」 と突っ込みと笑い。

前半は連携良く鹿島を抑えていた。枠には行かないがシュートまで行っている。

もしかして、今年は「負けないかも」 と期待を持って後半を迎えた。

「でも、鹿島は連敗はしたくないだろうし、ホームだし、餌食の東京だし、きっとギアを一段も二段も上げて来るよね」
 
 と話しながら、応援に声を上げた。

案の定、鹿島は東京よりも上手だった。前半の、ボールを持つ相手を東京は複数で協力して奪い取ろうとしていたが、後半はそれがあまり見られなくて、単独でのコースを切る守り方はどうなんだろうと思う。私は素人だけど、もっと体を寄せてもいいのでは思ったり。審判はあんまり笛を吹かないのだし。

東が、せっかくボールをドリブルで運んできたのに、そこでダイレクトでクロスを入れてと思うときに、ちょっと立ち止まってしまう。相手は、直ぐに詰めて来る。するとバックパスしか方法が無くなるのがなア。

鹿島にゴールを決められて、なぜか、東京の選手の連携というか組織というか、崩れてしまったように思われた。だから、鹿島に振り回されているように見える。

鹿島は果敢にシュートを打つのに、どうして東京の選手は自分でシュートを打つのは嫌ってパスを選択するのだろう。それも、ペナルティーエリア近くや内で、相手選手達がいてスペースも無くて無理だろうと思う時でも。

いつもゴールを見ていないから、シュートを打つホンのわずかなチャンスを逃してしまう。で、シュートを打っても相手選手に当たったりキーパーの正面だったり。

ボールを奪っても次のパスが鹿島に行ったり、クリアが鹿島に拾われたり、パスを回されてただ追いかけまわしたり…。

まるで、次のゴールは東京が決めるのではなく、鹿島が決めてしまうのだはないだろうかと思えて、とドキドキしてしまう。

そして、とどめのゴールを決められる。何回も見せられたシーン。

どれだけ、鹿島に弱いんだろう。本当に鹿島の選手がうまく見える。

鹿島は、たとえ監督が代わっても鹿島のサッカーをする。

川崎だって、川崎のサッカーで、ガンバもやっぱりガンバのサッカーだと思える。

たとえ、監督が代わっても、選手が入れ替わっても。

東京はどうなのだろう。昔は専守速攻だった。見ていて面白かった。アマラオやケリーがいた頃、本当に楽しかった。

あるサポーターが今の社長に 「どうして、東京は2年で監督を変えるのですか。同じ監督で何年かじっくりと作り上げた方がいいのではないですか。」と聞いた。

「一人の監督のサッカーに染まるよりも、どんな監督でもシステムでも、柔軟に取り入れて勝てるチームを作りたい」というような事を言っていた。

その時、何かそうなのかな?と思った。だって、選手だって毎年、出と入りがあり、それに2年ごとに監督が代わっていたら、そのたびに一からの作り上げになるのではないだろうか。

やっと、新しい監督のスタイルが身に付いて来たら、また違う考えの監督のシステムに適応して行かないといけないのでは、選手たちはどうなのだろう。

やっぱり、東京の核としたスタイルがあった方がいいのではないだろうか。そんな事を帰りの車の中で友達と話し合った。

強く育てて外国に送り出すのもいいけど、それなら、チーム力を落とさないような選手を連れて来てほしい。サポーター達に夢や楽しみを与え続けて欲しい。

「また、同じことの繰り返しかよ。何回こんな試合を見せるんだよ」 と鹿島での帰りのサポーター達の声が聞こえただろうか。

帰りサービスエリアで夕食を食べて、何かぐったりとしてしばらく座り込んでいて、「さア、帰ろうか」 と、車の所に行った。

ナンバー入りのユニを来た小さな子供たちが何人も目に入る。友達と、「この雨の中を応援に来た、あの小さな子供たちの為にも負けないで欲しかったね」と言いながら。

車に乗り込もうとしていたら、直ぐ前の方にドロンパバスが止まった。

友だちは車の中にいて、私は外にいた。

選手たちが降りて来て、私たちの車の両脇を選手たちが通り過ぎて行く。

私の脇を通り過ぎて行く選手たちと目が合い、思わず 「お疲れ様でした」 と言った。堅い表情で目礼するようにお店の方に行った。お店の前では、東京のサポーター達が群がって近づいて来る選手たちを見ている。

車に乗ると、友だちが「選手たちがのぞき込んで行くから目があってドキドキした」 と言った。

そして、前を見ると、もう森重が戻って来ている。

「早く出よう。皆、戻る前に」

何か、選手達に会ったら鹿島戦の敗戦がどうでも良くなった。

それからは、明るい話をしながら家に向かった。














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FC東京、ACL引き分け

2016-03-16 20:45:49 | FC東京とサッカー
寒かった。

サッカーが始まってホームゲームは全て夜の試合。この時期の夜の試合は、正直、寒くて辛い。

飛田給の駅を降りてスタジアムへ歩いていたら、バーミアンの信号を渡った辺りに観光バスが止まっていて中国人が降りてスタジアムへ向かってゾロゾロ歩いている。

青いマフラーを持っている人もいるが、ほとんどの人がサッカー観戦とは縁のないような人ばかり。沿道の東京選手の顔のフラッグにカメラを向けていた。

ノロノロ歩いているので、追い抜きながら振り返ったら、おじさん(おじいさんに近いか)と目が合った。ニコっとしたら、向こうもニコッと笑って何か言ったが、分からない。

とにかく寒い。

そして試合もピリッとしなかったな。

爆買いのチームというから、もっと怖いと思ったし、もっと面白いゲームになるかなと思った。

前半からウチの方が攻めていたし、後半もウチの方が攻めていたと思う。

でも、なぜか以前のパスサッカーを見ているみたいで…。

ゴール前で、ボールは右へ左へのパス、パス。

右や左や後ろの仲間を見るのではなく、もっと前を見て、まずシュートの意識でボールを受けて欲しいな、と思いながら応援していた。

そう思うのは、私だけでなく「シュート打て」 コールが流れた。

ヒデトがミドルシュートを打って阻止されたが、もっと、低く強いミドルが欲しいなと思った。

それに、サイドからのたくさんのクロスや、コーナーキックの精度が悪すぎる。

相手は、引き分けでもいい、のゲームをしていたから、よけいに勝てなかったのが悔しい。

何か、パスを回しているうちにゲームオーバーになってしまったような試合だった。

次は、鹿島戦。鹿島にはこんなサッカーは通用しないだろうな…。

せめて今年こそは、カシマスタジアムで勝ちたい。

帰り、スタジアムの外では、東京のサポーターが中国の人達と記念写真を撮っていた。

そして、中国の人達が私たちとマフラーを交換したがっていた。

友だちと、「あんなペラッペラのマフラーとこのマフラーは、絶対に交換できないよね」
「そうよ、高かったんだから」

そうなのだ。私達仲間がしているマフラーは、あるサポーターの人が作って売っていた物。

私たちは気にいって欲しいと言ったら、「もう、売り切れたよ」 と。

「でも、欲しい」 と、言ったら探してくれて、「倉庫の隅の段ボールの中にあった」 と、仲間の分を持って来てくれた。

気にいっているし、もう絶対に手に入らない。

「ソシオでもらったマフラーなら交換してもいいかな」
「でも、あのマフラーはいらないね」 

あ~あ、勝ちたかったな。

次は鹿島戦。そして、しばらくリーグ戦はお休み。

ガンバレ!!  トーキョー!!



















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家族の誕生会と浦沢直樹

2016-03-13 19:34:37 | 家族
今日は、私と娘の合同の誕生会を渋谷のレストランで開催した。

私は2月、娘は3月。皆それぞれに忙しいので、家族の集まれる日を決めるのは大変。

息子は12月で、娘の夫とその子供は11月なので、3人合同でその頃のみんなが集まれる日を決めてレストランを予約する。

今は、幼児がいるので、幼児をOKの所を選ぶので、ちょっと選ぶ範囲が狭まるかな。

夫が生きていた時には、夫が6月だったので、年に3回はちょっぴりリッチに食事。

今は、夫が亡くなったのが5月なので、5月の祥月命日には、日にちを合わせてお寺さんでお経をあげてもらい、その時に夫を忍んで会食をする。だから、やっぱり3回かな。

チビちゃんは騒いだり大声を出したりはしないが、自分で食べたがるので、とにかく周りが汚れる。お店の人は、「いいですよ。大丈夫です」 と言ってくれるが。

離乳食の頃は何でも食べて、この間までは口に入るものは何でも喜んで食べていたが、最近は好きと嫌いがハッキリして来た。

今まで食べていたものでも、口に入れるとべーと出したり、お皿の中から好きではないものを、ポイポイと放り出したり。

パンなら何でも大好きで、「パンパン」 と言って食べていたのに、今は食べたいものしか食べない。

飽きて来た頃に、大好きな果物がのっているケーキが出て来た。ニコニコ。

帰りに、トイレに寄っておむつをかえなくてはと、ベビーカーで歩いている時に、ベビーカーを止めた瞬間、チビが放り出されてペッタンとうつ伏せになって大声で泣き出した。

ベルトをパチッと止めるのを忘れたのだ。

可哀そうに、慌てて抱き上げたが、その姿が可笑しくってみんなで笑ってしまった。今、思い出しても可笑しい。

外へ出て、娘の家族は買い物に行き、私と息子は夫のお参りにお寺さんに行った。

夫にいろいろな報告をし、息子と別れた。

帰りに芦花公園駅で降り、世田谷文学館で開催されている「浦沢直樹展」を見に行った。

サッカー仲間の漫画好きな友達に 「良かったよ」 と勧められたので。

沢山の人が見に来ていて、入場制限をしていた。歩いている時には、あんまり人影を見なかったので、この方向でいいのかなとパンフを見ながら歩いていたのに、ちょっとビックリした。

中で、浦澤さんが漫画を描いているシーンの映像を流していたので、しばらく椅子に座って見ていた。

鉛筆で書いてペンで書いて消しゴムで消して墨を入れて…大変な作業だなと思う。

TVで浦澤さんがインタビューする番組で、萩尾望都さんが漫画を描いていたが、たった1コマに3時間もかかる事があるという、凄いなー。

いろいろな漫画家の原画展に行っているが、漫画家によって本当に絵のスタイルが違うんだなと改めて思う。

それは当たり前の事なんだけど。






















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FC東京、ウノゼロで勝利

2016-03-12 17:49:35 | FC東京とサッカー
ウノゼロなんて、なんか懐かしい言葉になった。

平日の夜は、なかなか仲間も集まりにくい。7時開始だと間に合わない友達もいる。だから、いつく席を取ればいいのだろうと思いながっら、味スタ前の陸橋を渡っていた。

と、その陸橋にエレベーターからベビーカーを押しながら、東京のマフラーを巻いたお父さんが出て来た。

そして、ビックリ!

お父さんが押しているのは、双子用の大きなベビーカー。

あら、あら、お父さん、一人で双子を連れて味スタへ?

と、思っていたら、近くにいたビブスを来た報道カメラマンが近づいて行った。

平日の雨の降りそうな寒いスタジアムに、駆けつける双子を連れたお父さんは絵になる。

通り過ぎる時に、そのベビーカーをのぞき込んだら、丸々とした同じ顔をした男の赤ちゃん。ご機嫌そうにカメラマンを見上げていた。

優しそうなそのお父さんの為にも絶対に勝利を、と思いながらスタジアムに入った。

雨は降りそうもないけど、いつもよりも上の方の、雨が降っても大丈夫な席にした。

私が、上を向いていたので、その席の前と後ろに席を決めようかとしている男性達と目が合い、「雨降らないですよね」としばらく話をした。

最近、仲間に加わった人に、「誰とでも話が出来るのね、羨ましい」と言われた。

私には、東京サポーターは皆仲間だと思っているし、話しかければいつも東京の話で盛り上がるし、ゴールが決まれば、ハイタッチして喜ぶ。試合が終われば、「お疲れさま」 と別れる。

それで、知り合いになった人達がいる。そんな事もサッカー観戦の楽しみでもある。

試合が始まって、ちょっと退屈する展開に。

きちっと守っているが、大宮戦と違って前へ前へとボールは運ばれるが、なかなかゴール出来ない。

攻めている時にゴール出来ないと、先制される事がある。どうしても先制される事だけは防いでと応援していた。

去年の守りが身に付いているのだろうか、神戸はどうしても前にゴールを入れられない。そして、前に大きく蹴るか、サイドから崩しに行くか。

でも、ボールが前に行かないから攻められない。ウチの守り方と、それを崩そうとする相手との攻防を見ていても、それはそれで面白い。

東京は、ボールを持っている相手に、複数でボールを奪いに行く。

パスミスはあるが、そんなに危ないシーンは無い。

それにしても、ケントはシュートをするが枠を外す。せめて、枠に飛ぶように練習しようね。

昨日は、流れからのゴール。

仲間とも、そして、前や後ろの人達と、ハイタッチハイタッチ。

負ける気はしなかったが、このまま引き分けかな、と思った時のゴール。

アディショナルタイムは長かったが、終了と同時にもう一度周り中の人とハイタッチ。

1-0  ウノゼロ。

去年、アウェイ柏戦で、本当にヒリヒリするほどのウノゼロの面白さを経験した。

確かに、つまらなく退屈なウノゼロもあるが、でも、勝つ事が何より重要。

帰り道の全ての東京サポーター達の笑顔を見れば分かる。みんな満足そうに笑顔だ。

寒さなんて、全然、気にもならない。

次回は、またまた平日。

それも、7時半。7時半なら十分間に合うが帰りが遅くなると、どうしょうか迷う友達もいる。

ACLはしょうがないが、リーグ戦は何とか平日開催をやめてほしいな、お客さんも減るし。

私は、友だちの中で一番スタジアムに近いので、いいんだけど。

さア、次回はACL

ガンバレー!!  トーキョー!!













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朝の霧

2016-03-08 10:41:42 | Weblog
いつも目が覚めると、起きて直ぐにベランダに出て、空や目の前の里山や、下の道路を見渡したりして、それから着替えて布団をしまったり朝食の準備をする。

今日は、ベランダに出てビックリ。霧が一面を覆ている。





遠くのマンション群は、重たそうな霧をまとい頭の方だけが見える。



昨日、寝る時に、ベランダに出たら、外が真っ暗だった。まるで、ウチ以外が全て停電しているみたいに。

暗くてよく分からなかったが、濃い霧に覆われていのだろう。

その霧が朝までずっと、そのまま出ていたのだろう。

太陽が出て来たので、そろそろと霧も薄れて来た。

霧に覆われた風景は、なんか幻想的でいい。

もう、3月。暖かい春は、そこまで来ている。

年とともに、寒いのが苦手になって来た。

若いころは、暑さも寒さも気にならなかった。

今は、時間がゆったりと流れているように思うから余計に、暑さも寒さも体にとどまってしまうのだろうか。

でも、なぜか、一か月、一年単位で考えると、時間の経つのが早いと感ずる。

毎朝、仏壇の夫や姉や両親の写真を見ながら、まだまだ、呼ばないでねとお参りしている。

朝、コーヒーメーカーでコーヒーを2杯入れ、コーヒーが大好きだった彼らと分かち合って飲んでいる。

夫が生きていた時は、それが夫の朝の行事だったなと思いながら。

そして、毎朝、そのコーヒーの良い香りで目を覚ましたなと思いながら。

霧で周りの風景が見えない時には、夫達の世界(あるのなら)が、その霧の向こうに見えるような気がする。

世の中に絶対は無いけど、確実にある事は、私も含めて全ての生ある物たちが、必ずあっちの世界に行く事。

それが、いつかは分からないが、いつかいつの日か、私は彼らの元へ行く。まだまだ、こっちの世界にいたいと、霧の向こうにつぶやいた。



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FC東京、仙台に勝利

2016-03-07 22:07:45 | FC東京とサッカー
仙台は、思ったよりも暖かく、防寒用に持って行った物が邪魔になるほどだった。

仙台には、友達と二人で行った。彼女と一緒に行くと、新幹線のチケットからすべてをやってくれるので、私は付いて行くだけ。楽だ。

いつものように、お食事券付きの新幹線往復券を取ってくれた。

「今度は、指定のお店ではなく、割引券にしたよ」
「何を食べようかな」

東京駅にも新幹線の中にも青赤の人達がいる。でも、見ただけではわからない東京の人達がいっぱい乗っているのだろうな。

仙台に着いて、まず、お昼を食べるために駅ビルの中の牛タンのお店に行った。

入り口の牛タンのお店から、ずっと奥の方まで並んでいる牛タンのお店には、それぞれ長い行列。もちろん、東京のサポーター達も。

どこにしょうかと奥に歩いて行ったら、奥の方はお寿司のお店が並んでいた。

「今日は、お寿司にしょうか。並んでいないし」

メニューを見比べて、一番奥のお店にした。

それぞれ、盛り合わせを頼んで、お茶で勝利のために乾杯。美味しかった。

レジで、割引券を出していたら、レジのお姉さんが、「サッカーの試合ですよね。3時半からですよね」と。ちゃんと仙台の試合が頭に入っているんだ。

そろそろ開場かな、と思う頃にスタジアムに着いた。





相変わらず、東京サポーターの長い長い行列。

中に入り、通路の直ぐ下に席を確保して、外へ出る。

周りは素敵な公園になっている。二人でそぞろ歩きながら、「何回も来たけど、外を歩いたことなかったね」

植物園があったので、中に入って花々を見て回った。

クリスマスローズの展示会をやっていて、クリスマスローズに、あんなに沢山の種類があるとは知らなかった。小ぶりで八重のぽったりとした白いクリスマスローズが可愛かった。欲しいかも。

そして、やっとサッカーの試合が始まる。



その前に、国家の独唱。リーグ戦で「君が代」を聞くのは初めてかも。



開幕戦の大宮戦を、相当反省したのだろうと、分かる試合の入り方だった。

が、なぜか、早くに失点…。

友達に、「あの、10番は上手よね。コーナーキック怖いよね」 と言った瞬間にネットが揺れた。

「あ~あ、言ったのに。彼は仙台に長いよね」 とちょっとため息。

でも、ゴール裏の応援は、ため息どころか一層の力が入る。

そして、私も力を入れて応援の声を上げる。

ホームでは、ゴール裏の中心地から離れているので、周りの様子によって立って応援したり、座って応援したり。

でも、アウェイでは、必然的に中心地に近くなる。そして、だいたい前の方に席を取るので、終始立って声を張り上げ手をたたく。

最近のビートの利いた応援歌の時には、太鼓が乱れ打ち状態に力が入ると、体の底から共鳴して心の底から興奮してくる。

昨日の後半がそうだった。本当に、絶対に勝つんだ勝たせるんだ、との思いがゴール裏全体を包んだ。

ウチの太鼓さんて上手いなと思う。

以前、大阪でのガンバ戦でバックスタンドの真ん中で座って応援していた時に、右からガンバの太鼓の音が、左から東京の太鼓の音が等分に聞こえて、比べて聞いていると、東京の方がはるかに上手だ。それに、東京の太鼓のたたき方はバリエーションが豊富だ。

いつだったか、太鼓を叩く知り合いにその事を言ったら、「90分叩き続けるのは大変なんだよ」 とニコニコしていた。

そして、ゲームは失点後、直ぐに同点としたが、「え、誰のゴール?」状態が長く続いた。私達には、遠い向こうの方でのごちゃごちゃだったので、余計に分からなかった。結局はオウンゴールだったが、何でもいい、ネットが揺れれば。

試合前に、水を撒きすぎたのか選手たちが滑っていた。「仙台の方が、滑っていない?」 と友達と話していたら、相手キーパーがキックの時に滑って転んだように見え、結局は交代になった。

そして、目の前での前田のゴール!!

もう、周り中の人達と興奮のハイタッチ、ハイタッチ。

仙台の猛攻も、しっかりと守り勝利。

友達と、「これで、ゆっくりと牛タンを食べて帰れるね」 と、駅に向かった。

駅に着いたら、身動き出来ないほどの人が改札前に溢れていた。

それで、行きに“3階食堂街”の看板を見ていたので、そこに行く事にした。

そこに入り、数量限定の牛タンを食べる事にした。私たちの後に直ぐに売り切れになったが。

そこは、サッカーのチケットの半券を見せると、ビールかウーロン茶を一杯サービス。半券を探していたら、「いいです、いいです」 と出してくれた。

私たちが入ってすぐに満員になった。仙台サポーターはいるが、東京の人達は見当たらない。みんな仙台に出ての乾杯なんだろう。

でも、そこでの厚切りの牛タンは、本当に美味しかった。

友達と、「今まで食べたなかで一番美味しいかも。今度来た時もここにしょう」 と大満足。

ガラガラに空いた地下鉄に乗り、お土産を買って東京へ向かった。

ホントに楽しかった。

次回も ガンバレ!!  トーキョー!!

















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お雛様を片づけた

2016-03-04 20:54:20 | Weblog
今日、お雛様を片づけた。

私の一人暮らしが続いているが、毎年、お雛様は飾っている。



小さな可愛いお雛様だが、私にとっては大事な思い出。

私は、田舎の貧しい農家の三人娘の次女だった。

子供の頃は、まだまだ、日本は貧しかった。周り中が同じように貧しかったので、何の不満も無く育った。

友達の家に、お雛様のあるうちはあまり無かった。

だから、私の家にもお雛様は無かった。私の村では、それは普通だった。

結婚して、娘が生まれたが、なんとなく買わなかったし、今と違って私や夫の両親からも、お雛様の話も無かった。そんなものと思っていた。

もちろん、娘の友達の家にはお雛様が飾ってあった。

買ってあげてもよかったのだけど、家は狭いし、転勤もあるし、しまう場所も大変だし、考え中で過ぎて行った。

夫は、箱を組み立てて、段々を作り、赤い布をかけ、リカちゃん人形やバービー人形やクマちゃん・ワンちゃんたちの小さなヌイグルミ等を並べた。下の段には、おままごとの道具も。

娘は大喜びで、娘の友達も「いいな、いいな」 と毎日遊びに来てお人形遊びや、おままごとをしていた。帰る時には、皆で段々に並べて帰って行った。

でも、私は、なぜか、私自身のお雛様が欲しかった。

夫にそんなことを言った事があったのか、夫はある日、小さいが可愛いお雛様を私にプレゼントしてくれた。

娘は大きくなり、お雛様には興味を示さなくなったが、毎年、夫は私の為にお雛様を飾ってくれた。

夫が亡くなってからは、私が飾っている。娘が結婚して出て行ってからも、夫が私に買ってくれたお雛様を私の為に飾っている。

夫は、優しい人だったな、私は幸せだったなと、思いながら 「また、来年会いましょうね」 と箱にしまった。



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