撮り溜めた、朝と夕の雲を。
雲の形が好きで、時々、見つめている時がある。
一人でいる事が好きだった子供の頃、よく空を見上げていたな、と思い出す。
夜、カエルの無く田んぼで星空を見上げていた事もある。
子供の頃は、田舎は街灯も無く、それこそ真っ暗で天の川や星々が怖いほどきらめいていた。
朝の雲。
夕方の雲。
そして、三日月と星。
撮り溜めた、朝と夕の雲を。
雲の形が好きで、時々、見つめている時がある。
一人でいる事が好きだった子供の頃、よく空を見上げていたな、と思い出す。
夜、カエルの無く田んぼで星空を見上げていた事もある。
子供の頃は、田舎は街灯も無く、それこそ真っ暗で天の川や星々が怖いほどきらめいていた。
朝の雲。
夕方の雲。
そして、三日月と星。
娘の家族と一泊の旅行に行った。
旅行を決めたのは、コロナが少なかった時。
とっても楽しみにしていたので、車だからいいかと、行って来た。
月火の平日だったので、行きはそんなに混んでいなかった。
まず海ほたるへ。
孫のゆうなは、温泉プールに入るのをとっても楽しみにしていた。
だから、着いたら直ぐにお父さんとプールに行った。
娘はマッサージへ、私は温泉に入ったりリクライニングの椅子に横になり、沢山あるマンガを読む。
チェックインして部屋に入ったら、窓の外は海。そのずっと向こうに富士山があるはず。
ホテルの中のトリックアートを楽しむ。
絵の中で一番大きな人は、真ん中。
夕食は、バイキング。
ゆなが、お座敷の方がいいというので、テーブル席ではなく座敷にした。
広い座敷の間に、大きめのテーブルがゆったりと並んでいて、「座敷で良かったね。お料理にはちょっと離れているけど」。
お座敷に座っての食事の方がリラックスする。
婿さんは、もう車を運転しないので、ビールを美味しそうに飲む。
7時過ぎに花火が上がる。ゆなは「おー!」とか「わー!」と大喜び。
その後、娘の友達が近くに住んでいるとの事で、車で会いに来て、ゆなと一緒に出掛けて行った。
私はまた温泉へ。
いろいろな湯舟があり、あっちに入ったりこっちに入ったり。
金と銀の湯舟があり、両方に入ったが、金の湯舟の方が湯が滑らかで(気のせいか)気持ち良く温まった。
帰って来た娘とゆなは温泉に。
翌日、海の向こうに綺麗な富士山。
翌日の朝食も、ゆながお座敷がいいと言うので、ゆったりとお座敷で食べる。
そして、もう一度、ゆなはお父さんとプールに入ってから帰る事にした。
そして帰る途中で昼食を、と娘がスマホで食事処をさがす。
「かもめ食堂がいいみたよ」と。
ところがよく分からないうちに通り過ぎて、あと探した所は満員だったりで、やっぱり戻ってかもめ食堂に行く事にした。
えっここ?
狭くどこかのお庭に入って行くみたい。
作業場みたいな所を通り抜ける。
本当に食堂って感じの建物。
マグロ丼にしたけど、とっても美味しかった。
隣の人が食べているアナゴ丼は、アナゴの頭としっぽが大きくはみ出ている。
後ろの人の天丼は大きく盛り上がっている。煮魚もお椀に入りきらないで、はみ出ている。
娘達と、いつかもう一度来て、違う料理を食べたいねと。
娘は夕飯にとアナゴ弁当を買った。車に乗って、皆で少しずつかじったら本当に美味しかった。
もう一度、海ほたるによって、誰でもピアノの演奏を聴く。
男性が「タイタニック」を。
外国の女性が「キメツのメドレー」を。
途中、事故渋滞があったが、無事に旅行は終わった。
楽しかった。
また行きたいけど、来年はどんな年になるのだろう。
早くコロナが収まって欲しい。
天気がいい日が続くので、用の無い日に一人で山に入り、笹刈りをした。
気持ち良く作業をしていると、保育園のお散歩の子供たちが来た。
隣の保育園の遊び場で、楽しそうにしばらく遊ぶ。
コロナ禍の中で、林の中で好きなように楽しく体を動かせて、思いっきり遊べる子供達は幸せだと思う。
楽しそうに遊ぶ声を聴きながら、作業する私も幸せな気持ちになる。
子供達は、帰る時も楽しそうに話しながら山を下りて行った。
私もお昼まで作業して、山を下りた。
冬の傾いた太陽に落ち葉が光っている。
まだまだ落ちていない葉がある。
今年最後の活動日。
集合場所の一の森の道具小屋の前は、もう何人かの仲間が来ていた。
快晴の朝は、富士山が青い空の中に白く輝いている。
そして、いつもよりも大きく見えるような気がする。仲間も「富士山が大きくなったように見えるね」と。
林の中は、風も無く太陽が降り注ぎ、下界よりも暖かい。
上着を脱いで作業していても、ポカポカと暖かくなってくる。
枯れ葉を集める人、笹刈りをする人、畑作業をする人、それぞれやりたい作業をする。
私は、笹刈り。冬は草も枯れ、低木の葉が落ち、虫やクモの巣も無く、とっても作業しやすい。
時々、ひょこっとキンランに巡り合い嬉しくなる。来年も、美しく咲いてね、と語りかける。
普段は、キンラン・ギンランは草や笹に紛れていて、花が咲いていない限り見付けづらい。
キンランは、それなりに咲くが、ギンランが少なくなったように感ずる。
去年も、10本以上咲いていた所のギンランが、2本くらいしか咲かなかった。
クヌギ林は、本当にギンランが数えられないほど咲いていたが、今は、花の時期にも見つけるのが困難なほどに、減ってしまった。
南山の2/3が住宅地に開発されたり、最近の気候の変化も加わったからではと思ったりする。
初期の頃、薮で足を踏み入れる事も出来なかったクヌギ林を、皆で薮を切り払い、生い茂った笹等を刈り、綺麗な林にした。
翌年の春、ご褒美のようにギンランが数え切れないほど咲き乱れた。
でも、クヌギ林の下の畑の向こうの里山が切り開かれてむき出しの裸土になった時から、だんだんギンランが芽を出さなくなった。
キンランの方が強いのか、キンランは所々に花を咲かせてはいるが。
一の森は、クヌギ林よりもキンランが多く咲く。
一の森は、クヌギ林から、ひと山(?)越えた西にある。
それでも、開発の影響はあるんだろうな、と思う。空気の流れや最近の夏の暑さ等で、里山の中が乾燥してきているのかも。
ランチタイムはいつも楽しい。
誰かが持って来たお菓子等が、回って来る。
林の中だけど、それなりに離れてのおしゃべりも楽しい。
午後も一時間ほど作業して、今年の活動を終わりにした。
小屋の中に掘り起こして箱に入れていた里芋を、全て分けて持ち替える事にした。来れなかった人には手分けして配る。
小屋に置いたままにしておくと、里芋が寒さで風邪をひいてダメになってしまうので。
今年の作業も終わり、楽しく山を下りた。
第一日曜日は南ちゃんの活動日。
暖かくいい天気だが、富士山は雲に隠れている。どうしても、富士山の頂上あたりは雲が出やすいのだろう。
この日は、午前中は堆肥作りの落ち葉集めを行った。
林の中は、落ち葉が厚く降り積もっている。
でも、上を見れば、まだまだ木々の葉は落ちきっていない。もっともっと降り積もるだろう。
落ち葉集めは楽しい。
落ち葉囲い。
その後は、お昼まで笹刈り。
お昼は、陽だまりで楽しくおしゃべりしながら食事。
午後は、お楽しみのオカリナ演奏会。
以前にも、何回か南ちゃんでオカリナの演奏会を開いた。私達だけでなく、他の人も聞きに来てもらったり。
今回も、散歩に来た親子が飛び入りで参加してくれた。
クリスマスの曲には、女の子が渡された鈴を振って楽しそうだった。
初冬の暖かい林の中で、まだまだ落ちきれていない、黄色や赤に染まった梢の葉っぱへ、澄んだオカリナの音が漂い上って行った。
その後は、おやつタイム&おしゃべり。
陽だまりの音楽会で、気持ちいい時間を過ごした。
たまに、こんな時間を持ちたい。
とうとう、今年のサッカーの試合の最終日になった。
あっという間の一年間。
コロナで起伏の無い平らかな一年だったなと思う。
電車に乗って行く所は、味スタか、近場の調布。
今年、一番遠くに電車で行ったのは、六本木の「鬼滅の刃原画展」で、本当に近場でウロウロしていただけだった。
娘の家族と車で遠くに行ったのは、新宿早稲田のお寺さんでの、夫の「祥月命日」の法要。
法要の時は、私達も息子も、いつも電車で行って予約していたレストランでランチを食べた。
でも、今回は、息子も車で来た。
アウェイの試合にも行かなかったし、サッカーが私の中で盛り上がらなかった。
パソコンのDAZNでのサッカー応援なので、いつでも見れるし、結果を知ってからになったりで気持ちが入らなくて、負けたのか・・・と見なかったり・・・。
コロナ前の、あの、どこへでも応援に行っていたのが、別世界のような気がする。
ホームそしてリーグ戦最終日は、昔からの友達に会えた。
4人分の席は私が取ったので、一緒に応援出来たし、もう二人はペアチケット席なので、試合が始まる前に私達の席まで来て、おしゃべりが出来た。
試合が始まった。
内容は、横パスが多い盛り上がらない内容だった。
サイドの長友がボールを受けて、前が空いているのに前に駆け上がらないで、ボールを受けて止まり、そのまま中に入って行き、パスしてボールを取られたり・・・。
私達は長友に辛口視線。だって、東京の唯一の現役代表なんだから。友達とリョウヤの方が攻撃的でいいね、と。
私は、ケントがいなくなってからずっとリョウヤを押している。
来年は、開幕戦からリョウヤを見たい。
シュートも少なく、コーナーキックもフリーキックも少なく盛り上がらない試合だったな。
監督達の挨拶もあるので、負けなかっただけいいかな。
ソウタンが挨拶に。昔、可愛かったな。
帰りは、調布で一年間、お疲れ様会で乾杯したけど、マスクをしてのおしゃべりは、すっかり日常になったな。
でも、目元だけを見ながらのおしゃべりは、年を忘れる。
初めて会った時は、私以外の友達は、ほとんど20代だったんだな、と改めて東京応援の歴史を感じた。
だからか、話は、あの時はああだったね、あそこに行った時はこんな事があったね、徳島観光は楽しかったけど、あのスタジアムには二度と行きたくないね、とか。
もう、楽しかった旅の思い出や、また、ACLで外国に行きたいね、とか、通り過ぎて行った選手達の思い出とか、話は尽きなかった。
今年、ウチでの恒例の忘年会が、私が忙しくて出来なかったので、年が開けてウチで新年会をしょうと決まった。
来年、コロナはどうなっているのだろう。今年と同じ一年が続くのだろうか。
それとも、コロナと共存しながら、以前のように日本の中だけでもウロウロ出来るようになるのかな・・・。
どんな新しい年になろうとも、
ガンバレ!! トーキョー!!
いい天気の日曜日、「里山プロジェクト南」通称南ちゃんの会で、恒例の芋煮会を行った。
コロナ前は、市の広報に募集を載せて、60人くらいの定員で芋煮会を行って来た。
初期の頃は、手品とか小規模のイベントも行った。
去年はコロナで、内々の芋煮会だった。娘の家族も来て、楽しく過ごした。
今年も、内々の芋煮会。
それでも30人近く集まった。
赤ちゃんの頃から、南ちゃんのイベントに来ている孫のゆうなが、1年生になったので、仲間たちが「大きくなったね」とニコニコ。
今回初めてお父さんが来なかったので、「お父さんは?」と聞かれたゆなは「サッカーに行った」と答えていた。仲間とのフットサルの日だったらしい。
今回は、ゆなが小さい子たちの中で一番のお姉さんだったので、年長さんの女の子や、もう少し小さい子たちと一緒に遊んでいた。
ハンモックに揺られたり、林の中を探検したり。
特に、隣の「里山義塾」の場所に作られた小さい子でも遊べるミニミニアスレチックで、楽しそうに遊んでいた。
そして、待望の芋掘り。
どの子も楽しそうに、掘り出した芋を一個一個、親芋から取り離して容器に入れて行った。
ゆなは、その容器を持って畑から出て、もう少し大きな容器に入れる作業もしていた。
子芋を取り外した親芋も、畑の隅に掘った穴に入れる作業も楽しそうにしていた。
大鍋二つッと小さめの鍋の芋煮は、お代わり自由。
ゆなは「芋が大きい!」と大喜びでお代わりして食べていた。持って来たオニギリもパクパクと。
おだやかな陽だまりで、皆で食べる芋煮は、最高に美味しい。
「お母さん、家でも芋煮食べたい」「いいよ、一杯作って食べようね」と。
食後も子供達は、楽しそうに遊んでいた。
娘が「あの、遊び場は誰でも遊んでいいいの?」
「大丈夫。誰でも遊んでいいよ」
「じゃ、今度、ゆなとゆなの友達と来るね」
冬は、虫もいないし、クモの巣もはってないし、足元はカサカサの落ち葉が気持ちいいし、何といっても天気の日の風の無い時は、下界よりも山の中の方が暖かい。
だから、山の作業も寒い冬でも苦にならない。
そして、娘とゆなと一緒に先に帰った。娘はお土産のサトイモをもって。